こんにちは、RUNAです。
私が阿部祐也(通称ユーヤマン)を推すようになって、かれこれ12年ほど経ちます。
12年も経つと
もはや生活の一部のような存在ですが……
正直に言うと
彼が発する言葉の一言一句に同意できるかと言われたら、そんなことはありません。
その最たる例が「愛」に関することです。
以前のブログでも書きましたが
ユーヤマンのご家族は本当にお手本のような
温かく素敵な家庭です。
幼い頃からそんな「完璧な家庭」で育ったからなのか、彼が歌う愛はどこか純粋な「無償の家族愛」に基づいたものが多い気がします。
その「普通」は私にとってはファンタジー
ユーヤマンの曲で「普通の話」という曲があり
その中にこんな歌詞があります。
君のために生きてる。
君のために死ねます。
真顔で言うからさ
だいぶ怖かっただろ?
でも、大袈裟じゃない。
普通の話
初めて聴いた時
私はてっきり恋愛の歌だと思っていました。
でも、ユーヤマンいわく
これは“惚れた腫れたの歌”ではないとのこと。
「我が子のために生きているし、我が子が助かるならこの身を捨てることも構わない」
親子の無条件な愛を歌ったのだそうです。
もちろん
そんな健気な親もいるとは思います。
でも、私から見れば
それはどこか「ファンタジー」のような世界。
恵まれた家庭環境にいたからこそ描ける
眩しすぎる理想郷のようにも思えてしまうのです。
愛のカタチには色々あります。
でも、「正解がない」からこそ
言語化するのは本当に難しいですよね。
旦那さんに伝えた、私なりの「激重な愛」
そんな私がつい最近
自分なりの「愛の定義」を見つけました。
私にとって「愛」とは
「この人がいない世界を生きたくない」と思えること。
これが、今の私にしっくりくる答えです。
以前、旦那さんに
「もしもどちらかが死んだらどうする?」と聞いてみました。
彼は相変わらずのテキトーボーイなので(笑)
「しばらく寝込むかなぁ」
「生き返らねぇかなぁって、ずーっと見てると思う」
なんて、彼らしい答えが返ってきました😂
対して、私はといえば
「あなたがいない世界なんてつまらないから、追いかけて死ぬ」
と答えました。
……我ながら、激重ですね(笑)。
でも、これが嘘偽りない私の本心なんです。
誰かの理想や「普通」に合わせる必要なんてない。
重くても、いびつでも
自分の中にだけある確かな体温こそが
「愛」なのだと思います。
皆さんにとっての「愛」は
どんなカタチをしていますか?