今回はメンタル的なお話で、ちょっと重めの内容になります
ちょっと色々あって、そこから気づいたこと。
他人の機嫌取りをしてもなんの得にもならないと、今更ながら気づいた。
その他人は、自分の人生に今後、ずっと死ぬまで一緒にいる人なのか
答えはノー
他にもっと大切にしなくてはならない人がいる。
それは、自分である。
自分自身とは、生まれてから死ぬまでずっと付き合っていかなくてはいけない存在なのだ。
そんな自分を一番蔑ろにしてはいけないのだ。
死ぬまでずっと一緒にいるわけでもない、ましてや自分の人生の責任を取ってくれるわけでもない他人の機嫌なんかをとるより、自分の機嫌を取るべきなんだ。
でもこれが一番大切なことで、一番難しいことのように思う。
特に私もですが、幼少期から問題を抱えていた人、ADHDやASDを抱えている人には、これが本当に難しい。
昨今よく聞く言葉のヤングケアラー、アダルトチルドレンと呼ばれてる人たちは他人の機嫌取りをする傾向が強いように思います。
そして、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム)の人も、過去の失敗からこのように他人の機嫌取りをするようになる人も多いように思えます。
どれも一概には言えないけれど、そういう傾向にあるように私は思っています。
何故なら、自分自身が経験者だからというのもあります。
今日はふと他人の機嫌取りばかりしても、空回りばかりで、結局無駄だったなと思うような出来事があり、そんな出来事から、この気付きを得ました。
子宮筋腫のことも書いていきたいけど、前にも触れたこともあると思いますが、私のもう一つの特性というか、抱えているこのADHD関連のことも書いていきたいと思っています。
久しぶりに重たい内容となってしまいました。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます🙇
そして、いつもいいね下さる方、本当にありがとうございます
とても嬉しいし、励みになります
ありがたいことに、時々の更新なのに、アクセス数を見ると、たくさん来て頂いていることを知り、本当に本当に感謝しています
少しでも同じ病気、同じ辛さを抱えてる方に届きますように
私の経験譚を気の向くまま、ここに書いていきたいと考えてます。
また見に来てくださると幸いです
ここで少し余談を。
私はADHD、ASDと診断名がついています。
最初は嘘だーとか、さすがに大袈裟すぎない?とか、なかなか受け入れられずにいました。
というか、直近までちゃんと自分で受け入れ受け止められてはなかったのです。
心のどこかでは違うと思いたい自分がいました。
ですが、色々なことを経験して、やっぱりそうなのかなと。
腑に落ちる出来事があり、自分なりに、ADHDとは、ASDとはどんなものなのかを、これから少しずつ学んでいこうと思えるようになりました。
学んで、そんな自分と向き合い、この特性とどう付き合っていくかを考えていきたいと、今はそう思っています。