前回の続きを書きます。

 

 

祖父が亡くなって約1週間後、やっと火葬することとなり、火葬前日の1月24日、納棺式を行った。

この1週間、火葬場に祖父を送るなどと話が出ていたけれど、寒い時期だったので

保冷剤とクーラーをして、祖父は自宅に1週間いました。

 

その期間、祖父のことが大好きな祖母はこの1週間寒い中、夜は祖父と一緒に隣で寝て、祖父の近くにいたそうです。

愛だなと、、。

 

納棺師さんが来て、ベットから出た祖父は、いつでも出かけられるような格好をしていました。

祖父は私服で棺の中に入るのです。

 

実感が無いわけでは無いのですが、祖父の姿を見ても本当に、ここにいるのは祖父なのか?と正直、目を疑うほど顔が違うのです。

それもそうで、1年前の祖父はとてもぷっくりした顔をしていたからです。

祖父の面倒をみていた従兄弟であったり、祖母や私の父は頻繁に祖父に会っていたから痩せていく顔に慣れていたかもしれませんが、私は、んーーー、、本当に祖父か?と思ってしまいました。

 

納棺式が始まり、

 

顔を見て最後のメッセージを送りました。

「ありがとう」と言いながら、祖父の手を握りました。

何回か会いに行く中で何回も祖父の手を握っていました。

最後に触った祖父の手は冷たかったです。

 

祖父を棺桶に入れ、私から手紙も入れました。

「お手紙読んでね」と耳元で囁きました。

祖父の周りにたくさんのお花を隙間もなく入れ、お花畑にいるかのような本当に顔だけしか出ないほどのカラフルなお花で埋まり、祖父もお花に囲まれて幸せだろうな〜とか三途の川を渡るまでゆったりお花摘んでそうだな〜なんて話していました。

祖父は趣味でガーデニングをしたり、お花をわざわざ遠くから買ってきたりするほどお花が大好きだったのです。

 

この日は終わり、明日もあるので私と母と弟は最寄りの近くのホテルに泊まりました。

夜中、やはり色々と考えてしまって寝れなかったのですが、目をつぶっていてもわかるぐらいに豆電球がチカチカし始めたのです。

もしかしたら祖父が来てくれたのかなと思いました。

 

 

1月25日

朝起きて、弟が夢で祖父の声が聞こえたと言っていて、驚きながらも私も夜中の話をして

やっぱり〇〇(祖父)来てくれたんだね!とまとまりました。

 

その後、祖父の家に行き、

棺桶に入っている祖父を見たら、祖父の頭の近くの百合が咲いていたのです。不思議な気持ちになりました。

 

出棺が始まった時、

多くの方に見送ってもらいたかったな、、という気持ちもありましたが、このご時世本当に家族だけの家族葬ということで家族以外の方は呼びませんでしたが、近所の方々が出棺の時に見送りに外に出てきてくれて(6〜7人ほど)その方々の涙を見たら釣られて涙が出てきてしまいました。

 

そこで改めて祖父は愛されているなと実感しました。

誰にでも優しく、みんなに愛されていました。

 

 

火葬場について、

最後の対面で本当に5分ぐらいでしたが顔を見て、中に入って行きました。

 

亡くなった祖父を見て。本当に祖父なのか?と、この時、未だに実感は湧かなかったのですが、祖父を火葬

している時間に祖父の遺影の写真の写真を見ていたらだんだんともう〇〇(祖父)は居ないんだと実感が湧いてきました。

 

終了したと呼ばれ、出てきたのはもちろん祖父の骨でした。

 

太く、しっかりしていて、ガンでなければ間違いなくまだまだ生きていられたのではないかと思うと悔しい気持ちになりました。

 

最後、骨上げしてくれた方がとても丁寧に行ってくれてありがたかったです。

 

お寺に行き、和尚さんに唱えてもらい終了しました。

最後に、いろんな思い出があると思いますが、きっと祖父は幸せな人生であったでしょうと和尚さんの言葉に涙を流しました。

 

全然関係ないのですが、かなりイケメンの和尚さんでした。

(こんな時にこんなこと言っていたら祖父に怒られますね(?))

 

そして私たちは一旦、落ち着きました。

 

3月7日に49日で終わりです。

 

 

祖父は、私が生まれた時に仕事場から一番に駆けつけて私を抱っこしてくれたのです。

本当に人に優しくて、誰かのためにと思いやりを持っている方で

切り絵であったり、トイレットペーパーで作るお城だったりとても手が器用な方でした。

 

自分のことよりも他人のことを心配するような人だったので、

去年、私の母が乳がんになってしまい、祖父は末期の癌で余命宣告までされて、自分のことで一杯一杯のはずなのに私の母がかわいそうだ、、大丈夫かな?と死ぬ寸前までずっと母のことを心配していたらしく、、どこまでも優しい祖父でした。

 

前のブログで書いたように、祖父は私の成人式まで生きるという私との約束を守ってくれたのです。

祖父とテレビ電話繋いだ時、私たちには全くいつもどうりの会話ができていたのですが、やはりせん妄はひどくなっていたらしいです。しかし、私の顔を見たときだけは一瞬、自分に戻ったらしいです。

 

そんなこと聞いてしまったら泣いてしまいました。

 

おじいちゃん今までありがとう。。

たくさんの愛をありがとう、

おじいちゃんの孫でよかったよ

 

お空で見守ってください。

 

 

 

 

 

またね。