いつもありがとうございます。

クローバーセラピストのRie.Coです☆


今日から10月ですね。
今年も残り3ヶ月…。
早いな~。


今朝スクールバスのバス停で最近期間限定で私達のバス停を利用することになったお母さんに話しかけられました。


何度かちょこっとお話したことはあったのですが、今日は20分くらいおしゃべり。


普通っていうと変だけど、お互いに当たり障りない話から始まり、当たり障りない会話で終わる感じがするけれど彼女は違っていました。


家を立て直すことや家族のことお金のことなどを正体不明な私にあっけらか~んと話してくれました。


「あっけらか~んと」というと、空気を読まずにマイペースにって感じであまりいい意味じゃないように捉えることもあるけど彼女の場合は「潔い」というイメージでした。


息子さんも知的障がいがあり子育てしている時にお互いが正直どうにもならなくて「も~!!なんなの!!」ってキレる時がある。


ホントはみんな同じ思いをしていると思う。


でも、「そんな態度は親として失格」って自分で自分を責めるし、人にもそんな自分を悟られないように「そんな時ってあるよね~」って言いながら般若のような顔で叱っている自分を想像されないようにいい親のイメージが崩れない程度に話す。


これも大切なこと。


人と付き合う上で加減って必要なことだからね。


私は彼女に「嗅覚が長けている」ように思いました。


なんとなく「この人とならここまで話せるかも」っていう嗅覚。


この嗅覚が鈍い人だと「イタい人」になってしまう。


この「なんとなく」って感じはなんなんだろうね。


その人が苦労しているとかしてないとか、話がわかるとかわからないとかなんてわからないのに「なんとなく」だけはわかる。


たまには外れるこてもある。


でも、外れることもとっても大切。


「なんとなく」を「やっぱりそうだったんだ」に変える確率を上げる大切なプロセス。


そして、今日気づいたこと。


私はいつもアプローチすることが多かった。


でも最近アプローチされる側になってきた。


この差はなんだろう?


以前は自分から「変えなくちゃ」という気持ちが強く待つ余裕がなかった。


でも最近は「必要な時に必要なことが起こる」という不確かに思えるけど確かな確信が持てるようになったからだと思う。


心の余裕。


確かに突然のハプニングには驚くしビックリし不安にもなります。


でも、そう思う時間が短くなったと思います。


その目に見えない「心の余裕」が雰囲気として感じることができる人にはわかるんだと思う。


「人の話を聴く」って、共感することではなく相手の気持ちを包み込んであげることだと思う。


「どんなことがあっても大丈夫」って言葉ではなく、冷えている心をあっためてあげること。


私は人の話を耳でだけ聞いていて、聞いた分だけ聞いてほしいって思ってた。


「私も大変なんだよ」ってわかって欲しかった。


「でもがんばってるんだよ」って言葉でしか伝えることができなかった。


それしか方法がわからなかった。



でも今朝彼女と話をしていて私が話さなくても充分満足して彼女の話を聴くことができたと思うし、彼女もスッキリした顔をしていたように思う。


みんな、
話を聴いてほしいんだよね。


でも、「心に余裕」のある人は同じくらいいないと思う。


私は「引き寄せの法則」を私の夢を叶えることに使うのではなく、話を聴いて欲しい人のために使いたいと思う。


表現はヘンかもしれないけど、
「何があっても大丈夫なんだよ」ということを私も心から信じて、私の目の前の人にもいろんなカタチで伝えていく。


伝え方なんて決まっていない。


目の前の人と私にしかないカタチで伝えあえばいいのだと思う。


そのカタチが「あなたの心に寄り添う」ってことだと気がつきました。


いろんなカタチでこれから伝えていけたらいいな~ラブラブ



「なんとかなるよ、大丈夫」ってニコニコ



みなさまにすべての良きことが
雪崩のごとく起きます\(^o^)/


ついてるキラキラ

ついてる音符

ついてる~\(^o^)/ラブラブ