今のところ、一番大事な人と、喧嘩をした。
今のところの一番大事な人。。。なかなかの言い回し。。。
長年付き添った妻であり、恋人がいて、すぐには離婚を決断していない。
僕にとっては「今のところ」、一番大事な人だ。
こうやって喧嘩をしたことがなかった。
喧嘩をするたびに、僕が謝り、収まっていた。
僕がそれほど悪くなくても、僕の非を探し出して、謝り、本当の謝罪をお互いに導き出して、謝った。
そうやってうまくは行っていた。
僕自身がいつも自己犠牲的な考えで、収まっていたのだが、
状況が変わり、僕自身も変わった。
自分の人生に主体を持たせた。
喧嘩が変わった。
僕も言いたい事を言うようになり、妻はいつものように言いたい事を言う。
ちゃんとした喧嘩になった。
でも、僕は、こういう喧嘩の落としどころを知らなすぎる。。。
経験値が少ない。
喧嘩した次の日の朝はどうすればよいのか。
今後も二人で歩もうという意識が大きければ、仲直りの努力はお互いするだろう。
僕は、今後も関係性を続けたいが、妻がどう思っているのかわからない。
何度も話したが、いつも妻は、全部を話さない。
本人もわからないのだろう。
その時々の気持ちを話してくれる。
それを紡ぐと、芯があるというより、ストーリーがある。流れている。
繋がっているが、細い芯。
「こうしたい」が見えない。
そんな妻は、この喧嘩からの仲直りを望んでいるのか。。。
妻の中に僕はいない。
すくなくとも、思いやりや気遣いを、考えて行動していない。
思いやりが無いわけではないが、自然体部分だけであり、考えていない。
それでいいのかもしれないが、、、
僕が望み過ぎなのだろう。
嫉妬や期待???なのか。
すべて消したつもりだけど、やっぱり残っている。
でも、僕は僕だ。
日々変わる。
喧嘩の先に何もなくても。
良くない何かがあっても、僕が起こしたもの。
これもまた、「主体性」だ。
この歳になり、初めて、「主体性」を持った人生を歩む。
歩み始めた。
行動している。
なので、なりたい自分にしかならない。
だから、なりたい自分の、この先の、イメージを強く持ち、信じるのだ。
これでいいんだよね???