非日常でしか存在できぬ「愛」がある。
「愛」と呼んで良いのかわからないけど、、、焦がれる気持ちは「愛」そのもの。
非日常性「愛」は、非日常の中にあるから成立している。
日常の中に食い込んでくると、それはもう、、、罪悪感の肥やしにしかならない。
罪悪感、、、
罪悪感は「慣れ」とともに収束する。
正直、そう思う。
良くないことだとは思うが、そうなんだ。
そうやって人は、良くない方向へ幅を広げるのだ。
いくらでも正当化は出来る。
正当化する理由が、自分の中だけの問題であれば、それでいい。
相手が存在すると、、、その時点で、制御不能。
正当性は相手に委ねられる。。
相手に委ねられた正当性は、言い訳でしかなく、、、信頼と引き替えに、とりあえずの現状維持が得られる。
そんなことをして得られる「現状維持」など、、、、、、、、、、、
大事だよなぁ。。。。
僕は、、、あらゆる能力を絞り出し、「正当化」する。
自分自身を騙しきるくらいの勢いで。。。
思い込みの激しい僕は、僕自身に騙され、、、「正当化」されていく。
何が真実で、何が嘘なのか、、、
とりあえず、正当化されたものだけが、真実として積み重なっていくのだろう。。。
そんな風にして積み重なっている人生は、、、、、、、、、、
やれやれ。。。
さぁついておいで。
しっかりついておいで。
僕を抜かしてもいい。
抜きつ抜かれつのデッドヒートだ。
一緒に目指そう。
一緒に進もう。
一緒に歩こう。
今だけは、、、
手を繋ごうか。
僕は手を離さないよ。
後は君の問題だ。
僕からは手を離さない。
約束する。
って、言っても不安だよね。
僕の約束は、今の想い。
昨日と明日を含んでるんだ。
昨日は約束を守れてるでしょ。
今日だってね。
明日も大丈夫。それくらいなら約束できる。
だから、明日も明後日も大丈夫だよ。
だって、僕は、、、
君を愛し続けているんだ。
一緒に歩こう。
心だけは、、、心だけでも、、、
なんてことを、大人的会話遊戯で言える仲になれると、面白いね。
少しでも本気色が混じると、、、領域侵犯になりかねない。。。
僕たちは、僕たちが思う以上に大人でなければならない。
笑顔ですか?
君の笑顔に逢いたい。
君はいくつもの笑い声を持っている。
僕は3番目の笑い声が好き。
いつ逢えるのか、、、なんて大した疑問でもない。
本当に逢えるのかが、何より、気になる。
僕の片想いがコチコチになっちゃう。
君が僕の柔らかいところに植えた、花言葉『いついかなるときもなんびとの挑戦を承ける』という、思想花。
僕のいろんな養分を吸って元気なんだ。
少し、たしなめとください。
そうしないと、、、
君が溢れてしまうよ。
つべこべ言わずにやればいいのに。。。まったく。。。
どんな言い訳をしても、やらなくてはならないのだから。
なぜやらない。
やる気がない???
タイミングを待ってる???
今は休むのだ!
まったく、、、
それでもいい。
そうやって少しずつ人生の中身を薄くしている。
時間さえあれば出来るいろんなこと。
時間をかければ、それだけ出来なくなる。
ひとつのことに時間をかけるのも素晴らしい。
だが、なんだ!
まったく。。。
やる気の無いヤツは、誰も助けてくれない。
誰も相手にしてくれない。
素敵な人に出会いたい。
尊敬できる人が周りにいない。
そんなもん、やる気を出せば、集まってくる。
そういう環境になるのだ。
悲観ばかりして、、、目の前のことに悲観ばかりして、、、まったく、、、
その悲観的現状は、君が、自分が、作り上げているのだ。
気付け!
まぁ、休みたいなら休めばいい。
休むことのメリットとデメリットを理解しているなら、よしとしよう。
休むことに対して、やる気があるなら、よしとしよう。
しっかり見てる。
僕が僕を見てる。
自分に降り注ぐ事件は、気付かぬ予兆の後、抜群のタイミングでやってくる。
人は嫌なことには目を背けてしまう傾向にある。
予兆は、その中にある、、、いや、その中にもある。
まぁ予兆を見逃すのも、気付かないのにも、多分理由があるのだろう。
すべてを含めて、僕は事件解決をしなくてはならない。
時には、時効や迷宮入りも視野に入れて、、、
2分先の未来を見れる男の映画を想う。
僕の問題解決時のイメージがあの感じだ。
あの映像には、驚きと共感と賛美と憧れを抱いた。
経験を背景とした想像力。
想像力はある種の予知能力。
精度はあらゆる経験の反省、分析、応用と、感性による。
ふぅ。。。
他人の事件なら、冷静な んだけどなぁ。。。
まだ、冬を名残惜しんでいるような3月の寒い夜に僕たちは出会った。
君と歩いた溜池の沿道。
君にあげた飴。
その包み紙をもてあそんでる。
うつ向き加減で歩いてる君は、マイナス思考に光を見つけようとする会話を続ける。
僕は、時々触れる肩に神経を研ぎ澄ませ、触れた瞬間に愛情を送る努力をしている。
半分に満たない月が、僕たちの中途半端性を象徴しているようだ。
大好きな曲にも終わりがあるように、沿道にも終わりがあるし、飴も無くなる。
僕たちには様々タイミングが用意されている。
ほんとはタイミングなんていらない。
与えられるタイミングなんていらない。
いや、今の僕たちには必要ない、、、だな。
なにせ、僕たちは、タイミングの渦中にいる。
多分、沿道を歩いている間は、その中。
多分、飴が形を成している間は、、、
ねぇ、キスをしよう。
君とのキス。
これから何万回もするだろう。
最初のキス。
君と僕の道が重なる瞬間。
道の先に永遠性はない。
でも、2歩先くらいなら見える。
それくらいが調度いい。
いつまでも君を待っている。。。
なんて、未練たらたらなことを言っているわけじゃない。
君に出会えたのは、紛れもないキセキ。
そのキセキを、忘れてしまう記憶になんか置いておきたくない。
僕は、いつでも君を受け入れるキャパだけは残しておく。
いつでも、僕のところにやってくるとよい。
僕は、その時の僕で、君を受け入れるよ。
未練じゃないんだ。
待っているわけじゃないんだ。
ほんとにそうなんだ。。。
僕は、、、、、、
やっぱり、君が恋しい。。。
なんか、いっぱいいっぱい。
ため息をたくさん吐いても、減ってかない。。。
溢れそうな感じ。
そんで、もう詰め込めない、、、
いっぱいいっぱい。。。
たくさん捨てよう。
いろんなものを捨てよう。
既成概念、固定観念、、、余計な知識。
知識がいっぱいあったって、そんなもん必要なときに調べればいい。。。
それよりも、注ぎたいことがある。
いっぱい過ぎて、入らない。
捨てなければ、、、
頭が固くなっている。。。
空き容量が無ければ、重たくなるし、整理もできない。
減らそう。
だいぶ前に聴いた話しで思ったことを、先ほど思い出したのでメモ的に書きます。。。
アフリカ系の人が、テレビ番組で言ってたこと。
「日本人は時間を守らない!」
真意を聴くと、僕はとても共感し同調した。
で、その意味は、、、
「日本人は約束した時間の5分前にきやがる!!」
そうなのだ。
日本人はそう教育されている。
約束の時間の15分前には到着しましょうとか、5分前に入りましょうとかとか、、、。
どうせそうやって教育するなら、迎える側の立場も教育しなさい!!
迎える側は、約束の時間に合わせて用意するのだ。
仕事に例えると、10時の約束の時。
相手は、僕のことを知っている。
仕事ぶりも、忙しさも、、、、
だったら、5分前にくるな!っちゅうの!
準備が色々あるのだ。
意識も10時なのだ。
9時55分から待つほど、暇じゃない。
って思ったりもする。
まぁ余裕の無さを指摘されると何も言えないけど・・・。
でも、5分前に来る人より、5分遅れで来る人の方が、話しは弾む。
まぁ、すべてに適用できる話しじゃないけどね。
相手の立場を考える。。。この思想があれば、「必ず5分前に」なんて、おかしいでしょ。
そう思いません???