渋谷へ。

金曜にできたばかりのhikarieに人が群がっておった。



国連大学前でfarmers' marketに寄りつつ、

原発反対のデモに道を阻まれつつ、

青山の岡本太郎記念館へ、歩く。



冬に大阪の国立民族学博物館へ行きまして、

まぁそこは万博記念公園なので、当然、太陽の塔がいらっしゃる。

しかし、ああこれがあの、という感じで、実はあんまり感動がなかったんである。

みんなが大好きな岡本太郎なのに、わたしが彼をこれまで知ろうとしてこなかったのが、

このうっすいリアクションの原因だ。

そんで、どっかひっかかるものがあって、

最近では通勤中、氏の著書「今日の芸術」を読んでいる。

ただ、芸術と関わることのなかったわたしにとって、やっぱりなんだかよくわかんない。

だったら実際に目で見てみよう、と言うことで、行ってみた次第だ。




とはいえ、自宅兼アトリエだったところを記念館にしたものなので、

そこまで多くの作品に触れられるわけではないのだが、

公開用に改装されてもやはり生活感が残ってるもんで、

なんていうか岡本太郎の芸術家としての面にプラス、人としての面も見られる、

そんなところ、て感じ。


(青山のなかなか良いところにあるのだけど、ほんとに外見が普通の家ぽいので見つけにくい。)


エントランスは、人んちの玄関よろしく靴脱いで上がるため、スリッパが用意されている。


1階のアトリエ跡。


留美子の箱庭@ameba


2階まで吹き抜けで、ここで巨大な造形物や絵画が作成されていた。

カンバスや画材がそのままなのはもちろん、

「岡本」と名札の付いたゴルフバッグまで残されている。

匂いも独特。

吹き抜けを上がったところにたくさんの本が並んでいて、

これらが彼の作品にも少なからず影響していたであろうに、

上がることが禁止されていて、蔵書のラインナップは残念ながら知ることができなかった。



2階にはいくつかの彼の作品が展示されていて、

廊下を渡るとスクリーンで映像が流れてる部屋へ繋がる。

映像は、芸術、太陽の塔、伝統などについて、

彼の生前のインタビューを交えて構成されている。

あまり彼の動いている、しゃべっている姿ってのを見たことがなかったんで、

(当然である、彼が死んでしまったのはわたしが6歳のときだ。)

目が鋭い人、と思った。そして本当に極端とも思われる大胆なことを言う人ね。

ただ、家庭用8ミリフィルムの映像なども交じっているので、

多くの他人から注目され続けるエモすぎな芸術家としての彼と、

気心の知れた人と過ごすときの精神の弛緩した彼との両面があったのでは、と思われた。

また、伝統は新しく作り直すことだ、というような旨の話もあって、

彼の意図はすべてはわかんないけど共感するところはあった。



そして、お庭へ出ると、オブジェたちがいらっしゃる。


留美子の箱庭@ameba


お顔ー。

留美子の箱庭@ameba


たくさんのお顔ー。

留美子の箱庭@ameba

太陽ちゃん。



ちう感じで、おうちにお邪魔した風情でなかなか楽しかった。




歩いて渋谷駅東口まで帰ってきまして、人人人、ごった返しのhikarieへ。

普段なら最新スポットなんて敬遠してますけど、今日は用があった。

8階にできた複合アートスペース8/に用があった。

D&DEPARTMENT、ナガオカケンメイ さんのプロジェクト、

d47 MUSEUMならびにdesign travel storeがここにはある。

ほんで、今日はナガオカさんと中原慎一郎 さんのトークイベントが、しかも無料!

というわけで勇み足で混み混みのエスカレーターを上がってく。(冗談抜きですげー混んでる!)


先にトークイベントの整理券をもらって、開場までd47 MUSEAMへ。金欠故、入場料800円はちと痛かったが、

なかなかに興味深かった。ガイドブックには載っていない地域の面白いスポット、

地域を面白くしようとしている人を知ることができる。これは地道に足で稼がないと得られない情報だろう。

また、何が一番面白かったかって、当然わたしの地元の香川のブースもあってね、

18年も住んでたのに知らんことがあったことよ。東京で、香川の人じゃない人から教えられるなんてね。

MIMOCAが紹介されていた、でも知らなかったのは、NISHI NISHI さん、ジョージ ナカシマ記念館

帰省時、時間があれば行ってみたい。


また、同じフロアのギャラリーでデミアン・ハーストの作品観たりも。

すっごく、ドットでした・・・


さて、トークイベントはというと。

テーマが「日本と地域とデザイン」。

ご両人ともアプローチの方法は違えど、地域へのアプローチを続けてらっしゃる。
というわけで、地域のあり方、その中でのデザインの役割などについてお話をしてくださって。

(すごく後悔してるのは、手帳があったのにペンを落としちゃっててメモが取れなかったこと!

懸命に記憶しようとして帰りの電車で携帯にキーワードを残そうとしたけど限界があった・・・)


中でも印象的だったトピックをあげると。


トークの終盤が質疑応答で、若い女性(学生さん?)から

「地方の伝統工芸などの衰退などが危惧されているが、何か取るべき対策や、

あるべき人のすがたは?」という旨の質問があった。

それに対して、ナガオカさんが危機に思っていることのひとつに、

「地方の人は東京にもってけばいいと思っている」というのがあるそう。

つまり、地域の工芸や食、東京にそのまま持っていけばビジネスになると思われている、と。

数年前、宮崎県知事に「どげんかせんといけん」でおなじみ東国原氏がなった後に、

アンテナショップが話題になった時期があった。でも今ってちゃんと運営できてる店舗は少ないんじゃないかな。

実際、補助金の切れ目と同時に撤退を余儀なくされるケースも多いそう。

最初は物珍しさが先に立ってるけど、

その物品が、東京でライフスタイルを持つ人の”おなじみ”になるのは難しいんだろう。


東京と地方(地域)の関係性をうまく利用すべき、とも。

最近は、以前に比べ、東京の一流と言われるブランドで修業をし、

地方でものづくりに携わっているデザイナー?クリエイター?が多くいるそうで。

もともと地元にあったものを、東京の水準で、

でも地域で受け入れられる形でバージョンアップさせられている、と。


また、東京のデザイナーやプロデューサーを起爆剤として呼び、

その後の経営を地元の人々がやることで持続性を持たせるべきだ、とも。

それは納得できることで、やっぱり地方のことは地方の人しかわからないし、

地方の人が運営したほうが地元に密着しているので現実味があるんである。

例として、旧鹿児島三越をマルヤデパートとしてリノベーションした際のことが触れられていた。

中原さんは「モノを売りやすい環境の整備が仕事」、とおっしゃっていて、なるほど、と。



別の人の質問で、「グローバリゼーション」についても触れられていて。

ナガオカ氏は、”クール”、”グローバリゼーション”などの単語に、日本人はすぐ食いついて、

でも結果を残すに至らないケースが多い、ということを皮肉ってらっしゃった。

また、大量生産大量消費型であった製造業はすでに国内で衰退していることは明らかで、

(そんなの20年前から言われていることだし、)

だから高付加価値化が求められる、と。

なんだか大学のゼミで習ったこと、こんなところでも聴くなんて。それを期待してもいたんだけど。

というか、日本企業、例えば車や家電なんかのメーカーに、商品の高付加価値化を求めているのは

日本人だけで、国際市場ではシンプルさや安さにニーズがある。

だから日本人が一生懸命付け足した高機能は、“大きなお世話”とも言われかねない。

少子化が進みまくってる日本において、国内市場が縮小する中、

国際市場で通用するコスト、性能、ブランド戦略が求められるというわけだが、

はたして実際のところは・・・。などと思いを巡らせた。


あとね、物流もどうにかなんないとね、どうにもなんないよ、と中原氏。

卒論で地域の(まぁ香川のですが)中小企業経営について考察したんですが、

こと四国は物流について、他の地域との格差が甚だしい!と熱く論じさせていただいた。

これは田中の角栄ちゃんのやらかし!と。度重なる国土計画の改変の甲斐なく、

日本は21世紀に突入しても未だ東京一極集中の形をとどめている・・・。


なんだかんだ、やっぱり地域には東京に頼り過ぎない自立の精神と経営ノウハウが求められ、

さらには消費の面でも地産地消(という言葉はあまり好きではないですが)を意識したほうが良い。


結局、地域の経済は地域の中で循環している。

分かりやすいのは、香川のうどんだと思っている。

うどんは香川の人が打つ。原料はオーストラリア産かもしれんが、とにかく香川の人が作って売る。

そして、観光客は増えてきたものの、結局その多くを香川の人が胃袋におさめる。

こうしてお金が循環しているのが目に見えていて、うどんってそういうところでも面白い産物だと思う。



やっぱりどうしても、地方出身っていうコンプレックスがずうっとあって、ハングリー精神もあって、

でも地方には地方の良さがあって、東京の人にはわかんねーだろうな、って思ってるところもある。


卒論を通しても感じたことだけど、

地域の頑張り(ほんとに結構すごいことが起こってたりするの)を、都会の人、他の地域の人は

思いのほか知らないことが多い。

(わたしは、あんな小さな町の商工会が、あそこまで頑張ってるなんて知らなかったよ・・・)

発信する力は、今日日どこの地域にだってあるはずなのに情報が浮上してこないということは、

情報が一方通行であるってことである。

ナガオカ氏みたいに、プラットホームみたいな機能をしてくれる人がいてくれたら、

どれだけ情報の広がりが見込まれ、さらには発信する側の地域の人も心強いだろう、と。




とってもお勉強になりました。

直接、仕事には繋がんないかもしれないけど、

地方出身者のわたしの心にはいつも、”地域”があるもんで、

これからも両氏のプロジェクトには注目していたい。




やっぱり外を歩くといろんな人がいて、いろんなことを知れる。

読みたい本も出来たし、収穫のある日だった。



社会人になってからの土日はいつも曇天か雨降り。

そんなわけで今日は久々の晴れ休日だったのだ。

また、気候ももう初夏のようで、なんと言っても新緑が良い季節になった。

さかんに光合成しようとキラキラしてる姿は健気よね。



まず、荻窪駅から歩いて数分、ギャラリー・カフェ「6次元 」へ。

デザイナーの田中千絵 さん、セキユリヲ さんによる「やわらかい(紙の)はなし。」を聴きに。

紙って製紙会社が作って、商社の役割である代理店、卸商へと運ばれ、ユーザーの手に渡ってるわけで、

わたしは4月から、その流れの中流、卸商(一部代理店)にお勤めを始めまして。

紙の会社に入ったからには紙に対して、自分からアプローチしてかないと面白くないな、てことで、

昨日のお昼休みにツイッタで見つけたこのイベントに、急いで申し込んで、行ってきたの。


ファンシーペーパーがお得意の紙商社、竹尾さんと、田中さんがやってる

「takeopaper.com+田中千絵」ていう1年がかりの企画商品のお話から始まって、

デザイナーさんが、どういった観点で紙を選んでるの?って話に。


▼意外性

手に取ってみて、“お!”と思わせる紙選び。

見た目よりも軽い、みたいに。


▼目的によって

表紙には、表紙のビジュアルを活かせる紙選び。

紙にはそれぞれ、印刷との相性も当然あって、条件かけて選定。

ページはめくりやすくしたり、手触りを面白くしたり。



紙ってそれぞれに性質が異なって、それに、

用途や製作者の意図、それにコスト、印刷の工程、なんかのたくさんの条件をかけ合わせて選んでいくです。

紙のプロになると手で触っただけで商品名がわかるそうな。


あと、お話の中でわたしがメモしたものをピックアップすると、


●ソフトバンクのペーパーレス化

孫正義氏が社内でのペーパーレス化を推進しているそうな。

昨今、電子メディアの台頭によって、紙は衰退しているのでは?

という憶測もされがちだが、単純にそういうわけでもないと思われる。

新聞や書籍の電子化によって紙の市場は縮小するかもしれないが、

簡単に紙がなくなるってことはないのでは。

もし今の生活からすべて紙を排除してしまうと、困らない人がいないくらいの混乱に陥ると思う。

それに紙にもいろいろあって、医療や食品パッケージなんかの

目に見えないところで使われてる紙もたくさんあり、その可能性は今後も期待できるはずだ。


●こどもと紙

先日、年端もいかぬこどもがiPadを難なく使って遊んでいるところがテレビで伝えられていた。

生活様式は徐々に変わっているのは当然のこと、目の前にある面白いものにこどもが飛びつくのもまた然り。

しかし怖いと思うのは、たくさんのもの、を、こどもたちが液晶を通じてしか扱っていないという点。

人って、手を動かすことでいろいろ記憶するんだと思うのだけど、iPadで遊んでちゃ人差し指しか使わない。

画面上では多くの情報には通じても、大きな印象を得るには繋がらないのでは、と思えてしまう。

とはいえ電子媒体をこどもに与えることを全否定するわけじゃなく、

昔ながらの手遊びも上手く取り入れてバランスを保ちつつ、ものとの実際の接触を図ればいいと思うの。

あと、日本には紙の種類がたくさんあるのにこどもに触れるものは少ないね、って話を聴いて。

そういえば、昔、学校なんかで切り貼りに使った紙は決まった色の折り紙や画用紙、上質紙だったな、と。

変わった紙が高いってのもあるかもしれないけど、もっと触れる機会があってもいいのにな。


●五感と紙

上のこどもと紙の話にも通じるんだけど、紙っていうひとつのありふれたものをとっても、

いろんなカテゴライズができるってお話があった。

分かりやすいざらざらした紙とつるつるした、珍しいとこだと紙温度を伝えやすい紙、伝えにくい紙、

っていうように、触感を使っていろいろなことを受け取ることができる。

また、視覚だと色や風合い、聴覚は紙同士の触れる摩擦音なんかが関係してくるかもしれない。

嗅覚をとると匂いの付いた紙なんてのもあるし。味覚は・・・。

とにかく、紙っておもしろいんですよ。



こんな感じで、紙のおはなしから、デザイン、海外でくらしたはなし、子育てのはなしなど、

やわらかいテンポでいろいろと聴けて興味深かったなぁ。

デザイナーさんの紙の見方もなんとなく感じられたし。

田中さんがあんまり紙のお名前覚えてないのが印象的で、

やっぱり感性で選んでるんだなーと思った。





そんでそのまま東西線・竹橋駅で下車、東京国立近代美術館。

「ジャクソン・ポロック展」に人が群がっとりましたわ。
でも私は「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの」を観に!
いちばん興味をひかれたんは、パリ万国博覧会時の写真壁画。1937年のデザイン、古臭いと全然感じない。

やっぱりグラフィック、印刷、全然知識はないけど面白い、残る印象が面白い。

同じチケットで、所蔵作品展も観て、この美術館に来たんは数回目で、

同じくお目にかかるんは数回目やけど、やっぱ和田三造の「南風」には惹きつけられるね。

また、萩原碌山の「女」。碌山が恋い慕っていた夫子ある女性、相馬黒光がモデルであると言われるブロンズの像

(出来上がったその像を見た黒光の子が「母さんだ」と口にしたほどであったそうな)、

その表情たるや!切ないことこの上ない。

その表情が起因するところが、恋慕なのかそれ以外のものなのかは本人たちにしか分かんないんだろう。

あと、北脇昇の「クォ・ヴァディス」、

留美子の箱庭@ameba


これを目の当たりにして何故だか、鳥肌が立った。

閉館までゆっくり鑑賞し、また東西線で西荻まで帰る。


ご近所にある、“紙から広がる デザインを楽しむギャラリーショップ”西荻紙店 」、

知ってたものの、初めて寄ってみた。

いろんな紙製プロダクト!かわいい!おもしろい!

明日までやってる「紙と貼」展のグッズのシール、買ってしまった・・・。

やっぱり大人になっても貼ることは楽しい、わくわくする。




夕方の西荻を久しぶりに歩いた気がする。

どう考えても西荻は、初夏から晩夏の夕方の似合う街である。

18時、まだ明るく風は涼しくなった夕方、「戎」の雰囲気。

夕陽が沈むとき、飴色に染まる街。西荻はほんまにいいところよ。





そんなわけで出歩いた休日。とてもいいリフレッシュに。

昨日出た仮配属の辞令、(希望調査はされたものの)人事の決めた配属先と、自分の思う自分には

たぶん差異があって、これについて追及してしまうと仕事がつらくなる。

どうせやるなら楽しくやらないと、と思う。頭が悪いなりに足掻かなければ、とも。

なんだか中高の部活のことを思い出してしまった、次元は全然違うのに。

そのころはつらいことがあっても帰宅するとおばあちゃんのつくったご飯があり、

制服はじいちゃんにシワを伸ばされハンガーにかかってた。

かあさんはグチを聴いてくれたし、とうさんの風呂で歌ってる歌(熱唱)に苦笑した。

けど今は、飯は自分で調達し、服のアイロンももちろん私がかける。

グチは吐かずに飲み込んで、静かな家に帰る。

これが私の選んだ道だから文句は言わないが、強くならなくてはなーと、改めて感じている。

社会人は孤独だ。孤独と仲良くならなくてはいけない。


留美子の箱庭@ameba
Amazon.co.jp:ナガオカケンメイの考え


「ロングライフデザイン」でおなじみD&DEPARTMENT(株)の創業者、

ナガオカケンメイさんが、同名で書いていたブログを本にしたもの。

今から数えると、だいたい10年くらい前の日記にはなるんだけど、

書かれていることは、なるほどなー、と納得、共感、はたまた気づかされるようなことばかり。

ロングライフと唱えているだけあって、シンプルで普遍的なトピックばかりなの。

会社を興して経営しているなかで、都度ナガオカ氏が考えたことが書かれてる。

ナガオカ氏の会社は、従業員40名。

大きい会社は、ブランド力、設備や人材への投資力、市場でのスケールメリットなど、持つものは多い。

そして、そうだからこそ、高慢になることもある。

イエスマンが役職を牛耳って、ユーザーの意見や世論が汲み上がってこないっていう面もある。

その点、小さい会社、人数の少ない会社は、創業者の意志が、従業員に波及しやすい。

そして、ひとりひとりが会社に対して持つ責任が、大企業よりリアルに感じられるのでは。


わたしも、東京のその業界では中規模の専門商社にお勤めを始めましたんで、

ほーなるほどなー、と、従業員としての心得を確認できたんである。


なかでも、以下の3つはいつも忘れず大事にしておきたい。


「会社を『自己実現の場』と言ってくる社員は、実はとってもやっかいだ。」

ナガオカ氏に言わせると、多くの経営者が言う「会社は自己実現の場」ということばは、きれいごとである。

氏によれば、会社は「創業者の目的にいかに近づき、自分の才能をマッチさせるか」の場である、と。

会社は誰のものか。会社にとってのお客さんのものか、経営者のものか、社員のものか、社会のものか。

たぶん、自分の描くビジョンの到達点に上るための、通過点、と捉え、利用してやろう、と考えて働いている人も多いんだろうけど、そういう人はゆくゆく起業でもなんでもするだろうし、

そういう体力とか野望のないわたしは、果たして、、、と考えた。


実はまだ、会社での配属先が決まってなくて、入社式のあとはずっと研修してる。

今週から各部署を巡って仕事を体験させて頂いているわけだけど、

入社前に持ってた、自分がこの会社で「何をしたいか」っていうビジョン(というほどたいしたもんではないが)っていうふわふわしてたもんを放り投げて、

同期と比べてわたしの能力はどうか、部署の仕事内容、難易度、雰囲気がわたしの性分と合致するかなど、実際は・・・のことをずーっと考えている。

そしてなにより、この話を読んでから、会社が利益を出すために「わたしをどう使いたいと思って採用したのか」、も加味しなければと思うようになった。

採用活動にも、就活サイトへの掲載料、説明会場の確保などなど大量の会社のお金が投入されている。

お金と時間と労力を使って、”選ばれた”わけだから、それには必ず目的があるはず、と考えるのが自然でしょう。

どの部署で寿退社による欠員が出ていて~、新規営業への人員が欲しくて~、と、人事が、もしかすると社長が誰をどこで、どう使おうっていう思惑があっての採用だったはず。


でもそんなん言ってくんないし\(^o^)/

たぶん、じっくり研修をしてくれているのも、わたしたちに考える時間を与えてくれ、同時に人事も配属先を吟味してんだろうな・・・と。


わたしは、どこの部署なら仕事を好きになって、売上に貢献して、会社の利益になる人材として働けるんだろう・・・とものっそい(物凄い)悩んでいる。

もう悩む時間もあんまないので、白黒つけなくてはいけないのだが。


そしてふたつめ、

「本当に連絡が取りたければ、メールなんかで連絡は取らない。」

当然のことじゃん、という人も多いだろうけど、こういう当たり前と思ってることを疑っていくことは、実はとても大事だと思うの。

社会人になって、慣れがでると、きっと定型文や記号でお客さんに接してしまうことがある。

そこに心がこもってないっていうのが当たり前になってる風景は、とても異常。

相手あっての商売だから、忘れちゃだめよね、まごころってね、と。


みっつめ、

「任せると言われてのびのびとやりたければ、以下の2点に注意する。1.任せられた着地点を確認する 2.連絡報告をおこたらない」

「任せる」ということは、「本来は自分(上司)がやることだけれど、やってみてほしい」ってことだ、と。

上司は、丸投げしてしまってるわけじゃなく、任せた部下の仕事の進め方、方法論を見たいのだ。

結構、任せられたー!てことで「結果さえ出せば」という考えに陥りがちだが、上司の意思を汲めば、結果へ導く過程、それの報告が求められておる。

天狗の鼻はへしおらねばならん。会社は個人の集団ではあるが、集団と”組織”は異なるんである。



これらのほかに、

名刺を見て顔が思い出せない人の名刺は捨てる、ていうエピソードも戒められる思いであった。

印象に残る人になるには何をすべきなのか、と考えるキッカケに。




日記って形なのに、わっかりやすい例を引き合いに出して、そのうえでシンプルで普遍的なメッセージが読者の心に残る。

一度読んでも、時間を開けてまたよんでみると、前とは違った感想を持つかもしれない。

そういうわけで、この本はわたしの、バイブルのひとつになったんである。


大学は家から徒歩で通ってたんだけど、就職したらそうはいかない。
毎日地下鉄で通勤してて、中吊り広告にはついつい目が行く。

で、今日その広告のなかに、べらぼうなイケメン見つけたわけ。






え、旭なん?www
小林旭の若い頃ガチでイケメンやんwww













渡wwwりwww鳥wwwシリーズwwwwww

昭和30年代に世の女性を魅了したマイトガイwwww

整ったスマートな顔で、でもちょっとやんちゃそうな表情、たまらんやろwwww



現代的やし、今なら伊勢谷友介とかそういうポジションかなー、

て、ちょっと興奮してたのが、その後すぐ冷めた。



だって








今、こんなんなんだもの…
(もったいない音頭…とは?)






カッコつけてこれである…

渡り鳥は98キロまで大きくなり、飛べなくなってしまったんである…



若さって、仮そめね…
若いうちに小綺麗にしとかないと、皆、平等に老いてゆくのは、旭の事例もあって必至ということで、こんな身成に無頓着なわたしでも、少しは執着しようかなーなどと思ったくらいだ。




入社して、結構出来ない事って多いなーって感じる。
それは自分の力が至らないっていう意味と、
もうひとつ、社会の構造とか誰かの圧力なんかの外的要因によって、出来ない、という意味。

そうやっていろんな人の思惑と、自分の意思によって、社会に組み込まれていくんだねーって、身を持って理解した(`・ω・´)

と、言う点で、加齢もなかなか自分を分かるためには良いことなのかもしれない(`・ω・´)









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ここ数年、おばあちゃんが自分のアクセサリーの類を孫たちに譲渡し始めている。
数年前には、わたしも金のネックレスをもらったし、
今回の帰省では、指輪2つにフォーマルなネックレス2本をもらった。





(この手は、おばあちゃんの手ではなくわたしの手です。)

指輪のひとつ。
なんでばあちゃんがこんなハートの指輪持ってたのかマジで謎だけど、激ラブリーだったので有り難く頂いておいた。
もういっこのほうは、シルバーのシンプルなリングに石が散らされているもの。


箪笥の肥やしだから、って言って、譲ってくれるわけだけど、
もしかすると、いつか、“誰のものでもなくなる”時がくる前に、誰かの所有物としておこう、という気持ちが働いているのではなかろうか、と考えられもするし、少し寂しい気持ちがした。

そういうわけだから、たぶん、わたしからばあちゃんに、は、どんな高価なものを差し上げるか、といった物質的な観点よりも、一緒にいるときにどう過ごすか、とか、そういう精神の面がが大事になってくんだろうなーって。



そんなこと考えたところで何が正しいか、なんて誰にも分かりっこないのだが。
とにかくわたしは、この頂いたもの達を、すごく自然にわたしのものとして身に着けることに徹底したい。
ばあちゃんが一緒にいてくれる気持ちが、わたしの日常に馴染めばいいと思うからだ。

こんなに離れたくない、みたいなこと言うなら、なぜ香川に帰らない?という感じだが、どうしてだろうか、まだもう少し、自分が東京にいるイメージがあるのだ。
家族みたいな唯一無二、絶対的である存在ですら、離れていたほうが美しく感じられることも多いものだし。

わたしは指輪をはめる度に、自分のアイデンティティを改めて確認し、未来を思いあぐねるるはずだ、という点で、これらの品は振り返りのツールとして有用である。





モノって毎日得ては捨てて暮らしているわけだけど、やっぱり身に着けるモノや、暮らしに根づいたモノは、ロングライフという観点で、選んで、使って、譲っていきたい。そういう所有の在り方のほうをわたしは追求したい。

ばあちゃんのアクセサリーの類を見ていても、流行り廃りのあるデザインは、今となっては使い難いと感じる。
シンプルこそ。シンプルこそなのだ、と。

モノの選び方ひとつにしても、これは立派なライフワークだわ。





ともあれ、
共働きでいつも家にいなかった親よりも、素直に甘えられる存在である、そんなばあちゃんにもらったこれらを大事に扱うための、アクセサリーボックスをわたしは手に入れなくてはいけない。





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やっぱり、香川に帰ったからには、うどんを避けて通ることは出来なかった…。



祖父母のお気に入りの店で。
平日の昼間に、仕事の昼休みらしき人、家族連れまで席が埋まるほどの客足で、当然、全員うどんをすすってる。
あんな子供にまで日常的に食べさせるんだから、香川の人がうどんを愛してやまなくなってしまうのは、幼少期からの刷り込みであるようだ。
家族の出身はどうであれ、わたし自身は生まれも育ちも香川という生粋の香川人である、が、うどんは自ら好んで食べるほどのものとは思っていない。
ただ、帰省したら食べに行かないと帰ってきた気がしないし、何と言っても家族がうどん屋へ連れて行かないといけない使命感みたいなものに駆られがちで、何としてでも口にしてしまうのだった。



香川の人だから辛辣なことを言うけれど、香川にはこれといった観光資源がない。いくつかの史跡なんかはあっても、香川の外の人に魅力的なものってあまり見当たらない。強いて言えば、直島なんかのアートプロジェクトくらいだ。
第一次産業の規模で全国の他の地域よりも優位性を持たない土壌があり、気候や土地面積を見ても第二次産業も地域を牽引するほどの力はないだろう。ところが、第三次産業、特に外貨を獲得できる観光の面でもなかなか振るわない。
うどん屋はそこかしこで繁盛していても、大概は地元民のマネーなので循環でしかないようにも見える。

外に出てみて香川を思えば、おそらくいろいろリンクさせなければ観光の面で魅力ある土地にならないという答えが出た。
観光客は、プランを練る際に旅の目的をまず置いて、それに付随する交通手段、所要時間を割り出す。

それがうまく連結しないことには、どうにも面倒くさい気持ちになって、楽しみも萎えてしまうものだ。

この点、香川は交通の便が観光客に不自由である。これは、どうにかするべきだ。

多くの観光客の用いる鉄道っていう手段から観光地までのアクセスをスムーズにする。


例えば、その旅の目的を「うどんを味わう」、とする。

いくら「うどん県」なんて言って全国から茶化されて注目を集めたとしても、

うどん屋だって県下に点在していて車を使おうにも運転免許のない人には不親切だし

(「うどんタクシー」呼んでまで巡るものなのか、うどんって、とも思う)、

そもそも、ガイドブックに載っている有名なうどん屋は、鉄道の駅の近くにないことのほうが多い。

そうなると、「うどん食いたいな、そうだ、香川行こう」ってなって、ガイドブックを買ったものの

・・・やっぱやめとこうかな。という結果を招きかねない。

うどんっていう資源をうまく生かせていない。香川に観光客がすこぶる少ない要因のひとつである。


高松市街地は都市機能がコンパクトに集中し、且つ、レンタル自転車の制度や広い道路が敷かれていて

動き回るにはもってこいの造りをしている。
なので、わたしが大学2年の夏に観光客気分で香川に参った際には、


岡山まで新幹線

児島からフェリーで島(アート巡り)

フェリーで高松着

市街地観光(高松城、商店街、北浜アリーなど)

(建築を観たい人なら、香川県庁舎も丹下健三の設計だし、)


というルートを使った。

これだけでも、なかなかに楽しめた。

フェリー内の店でいただくうどん、なんていうのも、そう味わえるものではないので思い出になる。

瀬戸内のアートを巡る旅、にリンクしてうどんが在る。こんな香川らしい風景を観光客にはわかってほしい。

他の目的(アート巡り然り)があったとしても、そのスポット毎にうどん屋情報を噛ませていくくらい押しがないと、

「うどん県」を外部の人と共有できないと思うのだ。


つまりどうすべきかって、もうちょっとうどん以外の、アートなり、市街地なりの魅力を発信するのに注力することと、

上記の通り、「うどん目的」、「アート目的」など様々な目的を持つの人をスムーズにそこまで導く体制が必要なのではないか。

ほんでも「うどん県」言いだしてから県の観光サイト見たけど、なかなかわかりやすくてグーってのと、

「地元ガイドと巡る~」ていう企画がすごく良い。

観光客って地元民との交流を求めているものなのよ。

島行ったとき、観光客に排他的な視線を送る人も少なからずいて(しょうがないところもあるけれど)、

なんとて、も少し県民が観光客にウェルカムなテンションでいいと思ってたので良い傾向と思う。


あと、もう少し注目してくれてもいいはず!と思うのは、丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館である。

JR の駅を降りてすぐにあんな現代建築の巨大な美術館があるのはなかなかめずらしいはずだ。





留美子の箱庭@ameba


猪熊さんの常設展だって面白いし、企画展も毎回いいと思うの。

で、企画展の度にワークショップも意欲的に催されているし、併設されたCAFEだって落ち着けて良い。

香川にお越しの際はぜひ、って。

(ただ、丸亀って他に見所ないなー・・・っていうのはあるんだけど。城も・・・だし、それこそ、うどんとか?)




と、なんだかんだでわたし香川のこと結構好きなんじゃないのか、ってくらい、いろいろ思いを巡らせてしまった。


なんせ、18歳で東京に出てくるまで、香川の場所だったりモノだったり、全然知らずに暮らしていたものだから、外に出てみてようやくいろいろ見えてきたんである。


ちゃんと香川のことを外部の人にお話しできるように、今後、帰省の際は意欲的に出歩こうと思う、

の、だ、が、

実家から最寄駅まで6キロメートル、車を10分以上転がさなくてはならないという、

とんでもない障害が立ちはだかっている。







留美子の箱庭@ameba




香川に帰省しています。

お昼に着いて、両親と再会、
その足で、



丸亀の一鶴へ。
香川の人だけど、うどんとか骨付鳥とか、地元の名物には疎くて、
一鶴へ行ったのもたぶん今までで3回目ということで、どんな味だか忘れているくらいだったのだけど、
一口食べたらまぁ、しょっぱいヽ(´ー`)ノ
こんなんだったかなぁ。


しかし、

これはビールがほしくなる…。
でも車で連れてきてもらっている手前、ドライバーに申し訳ないので
おにぎり食べて塩気を緩和。

油をたっぷりかけてカリカリに焼かれたひな鳥、満喫いたしました。

今回の帰省は家族とずっといようと思って、ゆっくり買い物に行ったりもしたし、食事もほぼ家で摂ったし、昼も夜もテレビを観ながら何でもないことをたくさん話した。

あんまり長く居てしまうと、だらけてしまうし、
甘えてしまって自分がもっと嫌いになりそえなので、
いい加減で見切りをつけて東京へ戻ります。

みんなそうだと思うけど、
たくさん迷いながら生きていくんだろう、って怖い気持ちが日に日に大きくなっている。
でも、いざ日常が回っていくと、それにかまけて恐れを忘れてしまうんだろうな。
大切なものは失ってからしか分からないとよく言うし、いろいろな出来事を、自分本位に勝手に解釈して、乗り越えていくんだろうな。


と、
香川に帰るといっつもセンチメンタルになるヽ(´ー`)ノ
だって夜が静かすぎるからヽ(´ー`)ノ
アナログ放送終了をもって自室のブラウン管テレビはお陀仏となり、
とっても暇な夜は、小学生の頃に買ってもらった少女マンガを読むんだけど、
大人になって読んでみて何が面白いかって、本編のディティールもさることながら、帯の漫画家さんのコラムだな。結構、小学生には分からないようなこと書いてたんだなぁ、って、楽しいヽ(´ー`)ノ


東京帰ったらブックオフ行こうヽ(´ー`)ノヽ(´ー`)ノ



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吉祥寺バウスシアターは、水曜、皆さま1000円デーなの。


まじでほんとに中島らもって人について、え、作家?だよね?

くらいの知識しかないわたしだったが、

まぁ1000円だし(製作者や関係者の人には失礼かもしれないけど

少なからずこういった客もいるわけで)

吉祥寺にはロヂャーズで、もみのり、買わなきゃ、てことで行く予定だったし、

ていうわけで、20時35分の上映を観に。




留美子の箱庭@ameba


ドキュメンタリだと思ってたんだけど、ちゃうかった。

構成は、中島らも氏にゆかりのある人々へのインタビューと、

氏の短編をオムニバス化した3つの物語が交互に、という感じ。


しつこいようだけど、中島らもって人のことをまじで知らないわたしが感じたのは単純に、

語る人、語る人ほんとうに面白そうに氏のことを話すなぁっていうこと。


みなさん口を揃えて「やさしい人」と。

こればっかりは、死の亡き後の今となっては、

面識があった、劇場に足を運んだ、ライブを観た、というような

実際に温度のあるふれあいや接点を持たない人には理解しかねるものだろう。


だからわたしみたいになんも知らん人には観るのあんまりお勧めしない。

とりわけ、氏のことがよくわかる、っていう内容じゃないからだ。



昨今、中島らものようなある種「どうしようもない人間」をあまり見かけない。みなクレバーに立ち振る舞い、個々の利益や価値を侵犯しない程度に外界に対して臆病に対応しているように感じられます。
一方で、中島らもには全てを肯定し、受け入れてしまう度量の大きさがある。それも、本来ならば手を出さなくてもいい物、無視できるほどの小さな事象、どうしようもないほど堕落した人間でさえ優しく抱き込んでしまう。
それが結果的に彼自身を「どうしようもない人間」という格付けに陥れようとも、彼はそれをも笑い飛ばし、飛び越えてしまう強さがある。
世の中の決まりきった規範のなかで「勝ち組」や「負け組」という概念が暗黙の了解としてまかり通る時代。そんな中で「もっと違う生き方があってもいい」「もっと色んな考え方や表現、色んな人間がいてもいい」と身を以て投げかけてくれる中島らもの存在は未来への一筋の光のように思えてなりません。

(「らもトリップ」を制作した東京芸術大学の大学院生の方のコメントを引用しました)



こういう、言い方が凡庸になりがちだけど、「独特な人」、

人にはできないことができる人、てのは、

多くの人に好かれ、憧れを抱かれるってことはよくある話だ。

「勝ち組」とまでは言わずとも、”全うな”生き方っていう範疇から外れることは、

多くの日本人にとっては安心とは正反対の恐ろしいものとも思われている。

サブカルな人々の紡ぐものというのは、観る分には大いに素晴らしいけれど、

結局わたしみたいな”普通の”人間にとっては、憧れたところで

自己を投影できるほど自分にこれといった引っ掛かりもないってことで

ないものねだりに終わってしまう。

というわけで、彼らとはどこまでも相容れないのだろうぁという捻くれた思いもある。


この映画の製作者である芸大生なんて最たる例だけど、

一芸に秀でた人、感性が豊潤でそれを形にする術を持つ人っていうのは、

社会に生きる人の中ではほんのごく一部にすぎない。


芸に精通した人々にとったら、独自の感性のままに創作活動を死ぬまで貫いた氏は、

そういった人々や、彼らの器量を解する人々にとっては素晴らしく面白い人なのだろう。




こういう、たくさんの人に愛された”変わった人”を認めるたびに、

なんて自分はつまらない人間なのだろう、と思う。

彼らのことは、振ると良い音がなったり宝石が落ちてきたりする鈴みたいに思えて、
反対に自分のことは、振っても音も何も出てこなければ光沢も何もない、ただの塊のように感じる。


そうやって卑屈になってしまう癖をどうにかするのに目下奮闘中なのであるのだが。

生来持った気質に反することは、なかなかにアレルギーを伴う作業なのだが、

自分の身の丈を認め、自分とは違う”豊かな人”のことは素直に賞賛する、そういった寛容さが、今のわたしにはないのだ。そして必要なこと。




ともあれ、、、

エンディングで流れる氏の楽曲、「いいんだぜ」、聴く人にそれぞれの思いを持たせるだろうシンプルな歌詞である。


(ネットで拾ってきたのを転載するけど、放送禁止用語とか差別用語とかのオンパレードなので

読むのは自己責任です。)



~~~~


いいんだぜ
いいんだぜ
いいんだぜ
いいんだぜ
君がドメクラでも
ドチンバでも
小児マヒでも
どんなカタワでも

いいんだぜ

君が鬱病で
分裂で
脅迫観念症で
どんなキチガイでも
いいんだぜ

君がクラミジアで
ヘルペスで
梅毒で
エイズでも
おれはやってやるぜ
なでであげる
なめてあげる
ブチ込んでやるぜ

君がいいヤツで
だからダメなヤツで
自分が何をしたいのか
全然わからなくても

いいんだぜ

君が黒んぼでも
北朝鮮でも
イラク人でも
宇宙人でも
いいんだぜ
おれはいいんだぜ
HEY, BROTHER & SISTER
君はどうだい


~~~~



氏も精神疾患を持ってたようなんで、そういう要素とか被差別なバックグラウンドとか持ってる人に

”HEY BROTHER & SISTER”って言ってしまっても説得力あるんだな(言い方悪いかな)。

だって、何も知らない人に歩み寄られても「あんたにゃわかるまい」と突っぱねてしまうでしょうから。


斯く言うわたしは、平凡も平凡な人で、バックグラウンド云々で侮辱を受けたことはないので、

繰り返される「いいんだぜ」には、癒されるというよりも戒められた気持ちであった。

なかなか自分の負い目や欠損を認めて、受け入れてくれる人はいないものであるから、

自分で自分のことを「いいんだぜ」って抱き留めてやる強さも必要なんだぜ、て言ってるよな気がしたのだ。








けどやっぱり、どこまでも相容れん、相容れんよ、っちう気持ちが残った(^O^)

ただこれだけは言える、小島藤子ちゃん超かわいかった(^O^)


原宿のEggs'n Things、初めて行ってきたねん。
ハワイ発の、パンケーキがごついとこやねん。
1時間待ってようやく入れたねん。



で、











噂には聞いてたけどやばい。
生クリーム天国ってやつやで。






デカイことでお馴染みのわたしの顔と比べても
見劣りしないこのサイズ感…!

手のひらくらいのパンケーキ5枚(!)に、
ブルーベリートッピング、
生クリームもりもりにマカダミアナッツが散りばめられてる、
いわゆる天国ってやつやで。

でもまぁ言うて、
むつごくてかなわん(香川の人しかわからんニュアンス)、やろなー、という心配は杞憂に終わった…。

ほんのりしょっぱい味付けのパンケーキ、
生クリームも甘さ控えめだし、
散らされたマカダミアナッツもピリリと塩味。



ぺろっと平らげたりました。

むしろ終盤は、
「生クリーム足りねぇし…」とほざく始末。
もしまた行く機会があったら生クリームはW(料金200円増で量が倍になる)やなー…、と。



こんだけ甘いもん食って、
お店出た後は「しょっぱいもん食べてー…」って。
帰宅後、魚肉ソーセージを頬張るに至った。




原宿とかひっさびさに行ったけど
おしゃぴー(お洒落ピープル)ばっかで疲れたわい。
でもきゃわわ♡なパンプス買えたしハッピー。韓国の明洞にあるフラットシューズのお店がキャットストリートに出来てて、ヒョウ柄パンプスを半額でゲット。ワンサイズしか残ってなかったのに、このわたしにジャストフィットだし、ジャストミートだし、
うってつけすぎた。

これでおしゃぴーの仲間入りやで。




と、意気揚々とパンケーキの画像を加藤に送ったら、
わたしの大の好物となった、神戸にあるカフェのチーケー(チーズケーキ)の画像送りつけてきやがって、
ふんぬー(嫉妬)!!!!、となった。


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自転車が届いた。ん、だけど。

佐川さんが二人がかりで三階まで持ってきてくれたものの、
玄関前に放置、のち、「ありがとうございましたー(^_^)/」、でぽつーん。ぽつねーん。



引き摺って部屋まで入れたはいいが、






玄関を塞ぐ箱…。


(ここでしばしの爆笑ののち、)




中身、出してみたらば、








分かっちゃいたけど…
これから組立てなのヽ(´ー`)ノ



で、しばらく組立てに奮闘してたんだけど、
まぁしんどいヽ(´ー`)ノ



てことで早々に折りたたんじまったわ。

一応一回跨ってはみたんだけども、ままいい感じ。







説明書が不親切すぎるし部屋狭すぎるし、

後日、防犯登録の際に自転車屋さんで調整してもらうことにする。

だって自力じゃハンドルをボディの部分と結合させることすら

ままならなかったんだもの。




ていうかたたんだときの大きさが思ってたより大きくて

(実際にメジャーなんかを持ち出して採寸しないところが大雑把なわたしだが、)
置き場に困るなー。泥んこになるから玄関に置きたかったけど、

もしかするとレジャーシート敷いてお風呂の前に鎮座させることになるかも。










先日、大学を卒業しちゃって、もう学生証も学校に返しちゃったんだけど、

この前レイトショー観に行こうと思ったとき、

映画館も美術館ももう学生料金じゃないんだなーって、

こんだけのことで気持ちが萎えちゃっておうちで大好きな「雨に唄えば」観て過ごしたの。



年齢だけどんどん膨らんでいっちゃって、

中身はほんといつまでも幼稚だわっていうところでも落ち込んじゃった。



でもこの前、テレビで小泉今日子が

「大人になることを楽しむようにしてる」って言ってたのに少し勇気づけられた。

老眼っぽいなーって感じ始めて寂しくなっちゃうんじゃなくて、

「お!ついに来たな!」て構えるようにしてるんだって。

加齢ってついつい悲観的に捉えちゃうけど、

その都度、訪れる変化を通過儀礼みたいに粛々と受け入れることで、

自分の生きてきたことを実感するのも素敵な生き方ね、と。


それで、そういうときに自分のそれまでの行いの良し悪しを顧みて吟味するんだろうけど、

その際に後悔を少しでも減らせるようにしないと、すごく情けなるだろうから、

もう少しわたしは、将来のわたしのために真剣に生きたほうがいいな、これから、

なんて柄でもなくまともらしいことを考えたの、キョンキョンのおかげでね。




『論語』によると、孔子たんは、

四十才で戸惑うことがなくなって、五十才で天命を悟る。

六十で何を聞いても動じなくなり、七十になってからは、

心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった、って言った。


こういう先人の言葉によると、

どうやら人生ってのはすごく長くていろいろ分かるようになるには

ある程度の歳を重ねる必要がある。


そう思うと、長いスパンで人生設計を立てないと、

思い描いていた自分と異なる自分を、まぎれもない自分が完成させてしまう。



興味の赴くままに、あちらの花こちらの花と蜜を吸いに飛ぶのではなく、

今後の自分のためになるエッセンスを採取していかなくてはならなかった、

と、今更になっていろいろと情けない思いである。


でも孔子たんみたく歳とってから分かるいろいろもあるってことで、

まだどうにかなるだろ、とも楽観もできたわけで。



やっぱり昔の人のシンプルな言葉って

今に残ってるだけあるわね。



もう一回読み返してみなくちゃいけない。

そして教えを乞いに行くことにも抵抗を失くす決意をしたわ。






ヽ(´ー`)ノ