愛と感謝
夏至が来て日が長くなりましたね。
夕方のあの時間が大好きです。
この世界の美しさをすごく感じる時間帯だなぁと思います。
朝陽が登る時間もそうなんでしょうけれど
だいたい寝てますからね~
自然の美しさを感じるその心が
皆同じであるように
人と人との繋がりで分かち合う心も
皆美しく同じなんだと思います。
私がなぜフラを教える事になんて
なったんだろう。。。
そんな事を考えていました。
そもそもダンスなんて苦手だし
リズム感もセンスもないのに
なんで?と思います。
ですが、それは「フラ」だったから
なんでしょうね。
フラは踊りだけれど踊りではない
と言うのかな。
踊りそのものよりも、心がなにより大事で
そこに心がなかったらフラにはならない。
その心の基本であり確信は
「愛と感謝」
もうそれだけなんだと思うのです。
もしかしたら
それだったら教えられるというよりは
一緒に学んでいける自信がある。
それは人生と同じだから。
だからフラはおばあちゃんになっても
ずっと学び続けるのかもしれない。
永遠に愛と感謝を学び続ける。
それは誰もが与えられた
人生のテーマではないかと思うし
その事を学び続ける努力を続ける事が
幸せに繋がり、更には周りをも幸せに
することが出来る。
ずーっと前にある人から言われた事があります。
いつ、どんな時も
「愛ならどうするか?」
と問い続けて行動する。
それを永遠に続けるのが人生だ。
それは、とても素晴らしい事で
どうしても感情が先立つ
私のような凡人には
そこで一度立ち止まって
自分に問いかけることの賢さ!
その時、自分のエゴを認める事が
出来るのです。
正しさだと思っていたエゴを
見つけ出し、引っ張り上げる事で
その感情は成仏される(笑)
フラはチームなんですよね。
皆でひとつなんですよね。
色んな人が集まっているんですよね。
そして一緒にフラを踊るんですよね。
フラは心があってはじめてフラになる。
その心が皆同じ心だったら
どれだけ素晴らしいフラになるか。
自然を見て美しいと感じる
その心と同じ心で
誰の中にも美しさを感じることが出来る。
愛と感謝に包まれる。
色んな人がいるからこそ
学び合えるし、協力し合える。
皆が自分と同じ意見だったり、考えだったり皆同じだったら何も生まれないかもしれません。
自分との違い。
それこそ成長のチャンスなんだと思うのです。
こうあるべき!とか
普通はこう!
みたいな自分の中の正しさなんて
飛び蹴りをして(笑)
もうひとつステージを上げてみた時に
今まで見えてなかった
新しい世界が見えてくる。
ステージアップは絶対に
自分でしか出来ません。
人が絡んできてくれて
学びのチャンスを神様が与えてくれるのは
日常茶飯事。(ありがたい)
その中で自分が正しさを主張している時には成長はないのです。
自分の中に原因を見つけた時に
謙虚になった時に
階段が用意されている事に気づく。
同じ感情をもしも繰り返しているなら
チャンスなんですよね。
だって、もう気がついてやめればいいんだよって教えてくれてるのだから。
その為に繰り返し起きてくれているのだから。
また同じ感情でざわざわしてると
思ったらチャンス
理由とか理屈とかそんなもの要らないから
ただ、そう思う事をやめればいい。
それだけなんですよね。
やめるのに理由が必要と思っている間は
その感情は癒されない。
成仏できない。
シンプル!やめればいいだけ!
分かります。
そんな簡単じゃないことも。
繰り返しますよ。何百回も!
だって人間だもん(笑)
それでも、それでも
愛ならどうするかの選択をし続ける
努力を続ける!
相手の中にいつまでも居座るのをやめて
自分の中で見つける。
そして
根底にあるのはいつだって
「愛と感謝」
それだけなんだって気づいていく。
シンプル!
ある自然療法家の方が
ご自分が修行に行っていた時に
毎日、玄米と味噌汁を作らされたそうです。
だけど師匠からは毎回「よし」とは
言われない。
そして、お風呂で師匠の背中を流す
というのを毎晩させられたそうです。
それも本音は嫌だった。
だけれど、ある日本当に心から
こんな素晴らしい師匠の元で修行させて
もらえてなんて幸せなんだろう。
と心から感謝が溢れたそうです。
その次の日また同じように
玄米と味噌汁を作ったら
はじめて「よし!」をもらえたそうです。
レシピも作り方も全く同じなのに
それがどうしてなのか
その仕組みが分かったのは10年後だったそうです。
愛と感謝というのは
そういうものなんですよね。
料理の味もフラも人との関係も
根底に愛と感謝があれば
何もかもうまくいく。
そういう仕組みにこの宇宙はなっている。
そして、フラや料理や人間関係というのは
わかりやすくそれが出る。
愛と感謝でいれば
それはある意味隠せない。
どうしたって隠せない!
溢れるものだから
留めておくことが出来ない。
周りに溢れ出し
それが優しい味になり
それが指先から全身から溢れ
素晴らしいフラとなり
溢れる愛と感謝の波動で
周りの人も幸せにできる。
ステキな人間関係を育むことが出来る。
のでしょうね。
なんて事を
考えておりました。。。
というのも
偉そうにこんな事を言ってる私こそが
必要だと感じたからです。
自分の今の立場、立ち位置
だからこそ謙虚さが必要だし
自分のエゴに気づく必要があるし
愛だったらどうするか?
の選択が必要で
いつどんな時も
愛と感謝を根底に置いていないと
この位置には立っていられない。
そして、本当の意味でフラを教える
なんて事が出来ない。
ただ、ダンスを教えるのなら
センス無い私はムリだけれど
愛と感謝を人生にしていくフラならば
教えたり、教わったりしながら
一緒に学んでいける。
一緒に踊っていける。
だから私はフラだったんだ。
納得!
今週の土曜日6月27日に
鎌倉芸術館であります
アロハステージに
ハラウで出演させて頂きます。
愛と感謝に溢れるステージになるのでは
ないかと今からワクワクしています。
当日券もあります。
鎌倉芸術館 小ホール
開演15時~
チケット3000円
自由席です。
どうぞお越し下さいませ。
本気の気づき!これホント!
またまたお久しぶりです!
季節はすっかり初夏。
というか、真夏日の連続ですね!
梅雨前にハーブを植えようと思い
今日やっと苗の植え替え完了しました。
夏に飲むハーブティーが楽しみです!
レモングラス、レモンバーベナ、レモンバーム、ペパーミント
全部ブレンドして飲みたい
黄金ブレンド!
最近、すごーく思うこと
それは、ありきたりな事だけれど
当たり前な事だけれど
こんなにも心底思うのは初めて。
こんな日常の中に全ての幸せがある
ということ。
今、全て持っていて
満たされていて
幸せに満ち溢れている。
新しいものや、新しい事を
求め続ける人生をやめて
今持っていることの全てに気づき
愛し、感謝し、ひとつひとつ大事にする。
全てあることの奇跡を本気で感じる。
外側に求めるのではなく
ここにあるものに
ここにあることに
全てあることに感謝する。
そう、本当は誰もが最初から全て持っている。
それに気づくことなく毎日を過ごして
でも、時々立ち止まって
あぁ、なんか幸せだな~って
感じたりする。
その時宇宙は喜んでいるに違いない。
木も草も花も虫も喜んでいるに違いない。
きっと、それが
ここにいる事の意味で、全てだから。
その時が本当の自分に還る瞬間なのかも。
あんまり、というか殆ど
過去を振り返らない私ですが
いい事も良くなかった事も
全てひっくるめて忘れる天才なんです(笑)
だけど、思えば
本当に守られてきた人生でした。
好き勝手生きている私なのに
それなのに
いつも守られていました。
こんな私を、こんなにも守ってくれる。
なんだろう?
と、ふと思ったのです。
いや、もちろん私だけではなくて
誰もが守られてきているのです。
それは間違いない。
その時、なぜか全てを持っているという
あったかい感覚に包まれました。
なにって言えないけれど
とにかくものすごく溢れてきました。
幸せな温泉が湧いてきて
心も身体も何もかも満たされました。
そうなんだよ、だから返していかないと
ダメなんだよ、って。
外側にばかり求めて、自分ばっかり幸せになろうとしてちゃダメなんだよ。
自分には何が出来る、出来ないじゃなくて
その感謝に溢れることそのものが
宇宙に返している事になるんだよ
ってそう思ったのです。
なんだか当たり前の事だけれど
これまでもそんなこと分かっていた
つもりだったけれど
自分の中ではものすごく大きな改革になったくらい本気の気づきでした。
この事の気づきはこれからの人生で
1番の基盤になるだろうと思ったから。
悩んだり、悲しんだり、不安になる必要が
無くなる。
今自分が在ることの感謝に溢れる。
言ってみればそれだけで
いつでもどんな時でも幸せに満たされるのだから。
これは、また~きれい事言って
とかそういうのではなくて(笑)
全ての人に当てはまる真理なんだと
思うのです。
そして、草も花も木もみんな分かっている。
私たちが今ここに在ることの素晴らしさを。
そう、そして
今自分が持っている全てを
もっと大事にしよう!
激しくそう思いました。
私は今まであまりにも大事にしなさ過ぎて
いつも通り過ぎていたのです。
これからの自分は
ひとつひとつ立ち止まって、丁寧に、大切にしよう。
そこに在るものの全てに
もっと気づいていこう。
目の前にあたたかいご飯があるその時
全てを持っている事に感謝しよう。
爽やかな風が吹いたそのとき
守られている事に気づき感謝しよう。
桜の木の新緑が
キラキラと輝いて見えるその時
そこに生きている事の喜びが溢れている
事に気づき感謝しよう。
今私たちはいつどんな時も
溢れる幸せに、豊かさに
満たされています。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
合掌!
春にて
なんて事かこんなにもブログを更新していないとは。。。
昨年お世話になったお礼も
今年の初めのご挨拶もなく
気がついたら春でした。
ホントごめんなさい。
まあ、元々気まぐれなブログなので
お許し下さい。
去年の暮れ辺りからしばらく
バタバタしていて
ブログを書こうなんて余裕が無かったのです。
だけれど、ようやく私にも春が来て
始動するエネルギーが湧いてきました。
春になってもしばらくは
世の中の全てが新しい命に生まれ変わる
そのエネルギーについて行けず
心は喜んでいるのに身体はまだだよと
言って動かしてくれなかった。
そんな感じでした。
そんな訳でしばらくは
今までにないくらいゆっくりと過ごす日を
作っていました。
春、景色ががらりと変わるこの季節。
色とりどりのお花が開いて
この世界に幸せを運んでくれる。
そんな自然の命の変化と喜びを
ゆっくり見て、感じていました。
つくづく四季ってなんて素晴らしいんだろうと、日本って国はなんて美しいんだろうと感動していました。
そんな時私がよく思うことがあります。
それは四季がないハワイの人に
日本のこの自然の変化を美しさを
見せてあげたい!と思うのです。
冬に初めて日本に来たハワイの人は
春のこの変容っぷりに驚くでしょう。
また、秋に来たら赤やオレンジ色の葉っぱに驚くでしょう。
見て一緒に感動したい!とよく思うのです。
私はとても恵まれていて
今レッスンに行っている場所が
海や山の中という自然に近い所が多いので
自然の変化をものすごく体感できるのです。
この四季がはっきりした日本で生まれた
食文化や伝統行事などを感じる事が出来ます。
ハワイももちろんシーズンはあります。
お花も同じお花が一年中咲いている訳ではないし
春には風が強くなるし
夏はやっぱり暑いし
冬は朝晩涼しくなるし
だけれど、やっぱりゆるいシーズンですよね。食べ物で言えば、そんなにシーズンで食べるもの、食べられないものというのは無いんじゃないかなと思います。
伝統行事で言えば
宗教的な行事はあるけれど
シーズンだからという伝統行事というのは
あるのかな?無いだろうな?
四季がないのだから多分無いでしょうね。
ただ、日系や中国系の人達が
母国での伝統行事をハワイでも続けているというのはありますけどね。
例えば、雛祭りや端午の節句など
ハワイでも鯉のぼりを見る事があります。
年末に、重箱に入ったお節のチラシとか
見た事もあります。
あと、伝統行事とは関係ないけど
トロピカル生花とか(笑)
とにかく、日本とハワイの決定的に
違うところはこの四季だなぁ。
日本には日本の素晴らしさ
ハワイにはハワイの素晴らしさ。
それぞれ違いがあるんですよね。
音楽で言えば
日本人はやっぱり
抑揚のはっきりした歌い上げ系?
好きみたいです。
でも、ハワイの音楽は歌詞の内容に伴わないくらい抑揚のないゆる~い、さら~としたの多いですよね。
Na Hoku hanohanoという
ハワイのアカデミー賞のミュージック版
のようなものがあるのですが
今年初めて日本でノミネートを発表するというイベントがあり
ハワイから何人もミュージシャンが来ていました。
私もそのイベントに行ってきましたが
今回ノミネートされた新人のミュージシャンがハワイアンにしては珍しいというか
なんと言うか
歌い上げ系で、演歌っぽくこぶしを効かせていました。
とってもソウルフルで素晴らしい歌でした。
終わった後に、CDを販売していましたが
とにかくこの人、大人気で
CDもあっと言う間に売り切れたそうです。
日本人はやっぱりこういう抑揚のはっきりした歌い方が好きなんだろうなと思いました。
私はというと、ハワイアン特有のあの
流れるようなゆる~いメロディが大好きなんです。
ただただ自然の中に溶け込むような。
もちろん
歌い上げ系も大好きですけどね!
どちらにしても、気候の違いというのは
やっぱり大きく影響されるのでしょうね。
ただ、ちょっと残念なのが
音楽をやっている人の中には
ハワイアンは単純で簡単過ぎてつまらない。と言う人がいるんです。
音楽の事はよく分からないけれど
でも、これだけは言えるのは
ハワイのような自然の中から生まれた音楽というのは、シンプルだからこそ奥深い。
という事。
ある時、あるメジャーなミュージシャンの人がハワイアンを始めたから
と言って演奏してくれました。
ギターのテクニックは目が点になるくらい
すごくて、よく分からない私にでも
とにかくこの人はすごい人なんだと分かりました。
だけど、なぜかハワイアンに聞こえない。
なんでだろ?
こんなに上手いのになんか違う。
そんな気がしてならなかったのです。
きっと、ハワイの音楽はどんなに素晴らしい技術やテクニックがあっても
それだけでは表現できないもので
技術やテクニックでは超えられない
「なにか」があるんだと思うのです。
そこだけは歌や楽器の練習を重ねれば
出来るというものではないから
だからある意味ものすごく難しいのかもしれません。
だけど、本来は練習なんてしなくても
誰にでも出来る、備わっている
元々持っている「自分の中の自然」
なのでしょう。
特別なものではないんですよね。
そこと普段から繋がっているか、どうか。
そこが根底にあって、そこが基準となって
音楽をやっているかどうかなんだと思うのです。
もっと言えば
その部分で人生を生きているかどうか
なんでしょうね。
それはもちろんフラも同じですよね。
自分の中の自然に気がついて
子供の頃に誰しも持っていた
あの感覚を取り戻して
大人になってから再び繋がる。
という体験は、あたたかい光そのものです。
きっと、多分
芸術家というのは
こんな体験は日常茶飯事で欠かせないものなんじゃないでしょうか。
と言うか、きっと当たり前に持っている
感覚なのだと思います。
そこが根底にある表現は
やっぱり人の心を癒すのでしょうね。
ハワイの音楽は基本がそこなんだと思うのです。
だから、
自然と繋がりやすいバイブレーションを
持っているのかもしれません。
自然と音楽と人と踊りと
全部がひとつで
そこに境界はなく
あるバイブレーションで
目には見えない確かなもので繋がっている同じもので出来ている。
のでしょうね。
この桜と私自身も
なんて事を
満開の桜を見ながら
のんびりしながら迎えた春でした。
生きるってなんだろう
ここのところ人生の中でも
大事な出来事が色々と起きていて
ふと思うことがあります。
フラってなんだろう
生きるってなんだろう
日々の暮らしは変わらずまたやってきて
目の前のことをただただ続けていく。
だけれど
何にも特別なことがなくても
本当は毎日がドラマで
本当は毎日が美しさと喜びに溢れている。
ある日
ふと見上げた空と山がものすごく美しくて涙が溢れてきました。
その時、私は思いました。
あゝこれだけで充分だな。
この山を見て美しいと思う
それだけでいいんだ。
心からそう感じました。
私達人間はもしかしたら
それだけで充分なのかもしれない。
歩いていたら
黄色やオレンジの落ち葉が
キラキラして
ものすごくキラキラして
本当に美しくて
その美しさに全身包まれるような感覚に
なりました。
自然がまるで当たり前のように
私達人間に与えてくれる喜び
惜しみなく与えてくれる美しさ
そのひとつひとつを受けとり
喜びに溢れていたら
どれだけ素晴らしい人生か。
生きるっていうのは
もしかしたら
そういう事なのかもしれない。
フラはハワイのものであり
伝統であり文化であり
歴史や言葉や背景や
学びが大事かもしれない。
けれど
学ぶことに一生懸命になり過ぎて
感じる心を忘れてしまいそうになります。
最も原始的な感覚に戻れば
そこにあるのは
自然の美しさを讃えること
それだけなんじゃないかと思うのです。
それ以上でも以下でもない
ただただそれだけなんじゃないかと
そして
自分自身もその美しい自然の中で溶け合う美しい自然の一部である存在なんだと
自然と反対の生活をしていたら
自然とは反対の存在になってしまう。
その美しさからどんどんかけ離れて
いってしまい
溢れる美しさと喜びに気がつく事なく
毎日が過ぎてしまいます。
私達は
美しい自然を感じ
讃える事の出来る存在です。
感じ、讃える事
それがフラで
それが生きるという事の
真の意味なのかもしれない。
宇宙から見た時に
日々起きている出来事や人間的感情は
全てどうってことのない事ばかりで
そんな事よりも
自然の美しさに感動している。
その心が、そう感じ思うその心が
全てを包みこむ宇宙なのかもしれない。
そして
フラとは本来そういうところから
始まり、できたものなんじゃないかと思うのです。
学ぶことはもちろん大事です。
だけれど時には知識を手放して
人間の原点に立ち返り
ただただ感動し、讃え
自然に身を委ねる。
そんな時があってもいいのかな
今とてもそんな気分です。
そんな大事なことを私に教えてくれた
ゆるぎない絶対的存在である大自然に
心から感謝します。
実はこのブログを書き始めた時
正直いい気分とは言えませんでした。
だけれど自然と
この前感じた感覚が言葉になり
文書になり
私を引き戻してくれました。
不思議ですね。
正しいその場所に戻る力が
誰にでもあるのですね。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
wailua
wailua
雨量が世界一多いカウアイ島では
雨が続くとふたつがひとつになる事もあるそうです。
それにしても雄大な自然です。
以前にNHKでカウアイ島の人々が自然と共に生きる精神をドキュメンタリー番組で
放送していましたが
とにかく雨が多いので、雨と共に生きるカウアイ島!といった感じでしょうか。
私達も同じような状況になり
雨が続いていたので
見る見る泥水がわーっと流れてきて
通れなくなった道路もありました。
こんな事もカウアイ島では普段よくある事。
自然に逆らず自然と共に生きるのが
ハワイアン。
太古の昔からの自然がそのまま残っているようなカウアイ島。
圧倒的な自然の中に人間がお邪魔させてもらっている。
そんな感じがものすごくします。
今もメネフネがいそうですしね。
そこには、自然と神と人間との暮らしが
仲良く調和して存在していました。

