みなさま、こんにちは。
どうやら、日本では未公開の映画「Io sono Amore/I am Love」とビスコンティの映画について書きましたら、思わぬたくさんのアクセスをいただきました^^。
この映画、「New Yorker」誌のアンソニー・レインも、昨年のTop10に入れているほどですので、きっと岩波ホールあたりではウケると思うのですが、公開されないままだとしたらとても残念です。
この映画のだいたいのあらすじと問題のお食事のシーンについては、ぜひこちら
をご覧くださいませ。
さて、その問題のお食事のシーンです。
映画の中で、主人公の上流階級の妻としての生活がターニングポイントを迎える、まさにその瞬間を、
ビスコンティ並みの微妙さで、
監督は、お食事のシーンを逆手にとり見事に描き切っています。
それはもう、分かる人だけ感じてくれればいい、という微妙さですが、
アップや引きのカメラアングル、エマにスポットライトを当てるライティングを駆使して表現しており、
わたしの深読みしすぎではないことは間違いないと思うのです。
そのお料理に出会い、五欲を刺激されたエマ。
本当に美味しそうに、幸せそうに一瞬我を忘れて食べる姿が、まずアップで映し出されます。
その演技たるや、こちらもつられてよだれが出そうに迫真に迫っています。 笑
そして・・・・、問題のシーンは次。
カメラアングルは、彼女の左後方からあたかも彼女にだけスポットライトを当てたようなライティングで、引きに変わります。
そこに映し出されるエマは、気をつけてみないと見逃してしまう程度にですが、猫背なの。
そこに映し出されるのは、まさに、我を忘れ、恍惚とした表情で、
せっかく体に叩き込んだであろう上流のマナーもひとしきり忘れ、夢中で食べる姿。
片や、骨の髄までミラノの上流育ちのお姑さんの背筋はしゃんと伸びている一方で、
エマの背中は、対照的に少しだけ前のめりで美しくない。
それも、斜め後ろから撮っているので、どうぞ背中のラインにご注目くださいといわんばかり。笑
そしてだからこそ、この監督は、エマがかつての野放図なアイデンティティを取り戻した瞬間をここで描きたかったのじゃないかと思ったのです。
そしてそれは見事に表現されている。
今でこそ、食事のマナーも大変にカジュアルなものになってきているし、そもそも世界的に、階級差というものが戦前にくらべれば雲泥の差で縮んでいるはず。
かつては全盛だったフィニッシングスクールも世界的に廃れ、今やマナーを学ぶには、それなりの本に頼ればそれで十分ということになってしまったのだと思います。
が、それでも、「お里が知れる」と年配のうるさ型のオババさまたちにいわれたくなければ、以下の基本中の基本だけは注意したほうがいいかもしれませんね。
1)食事中も、背筋は努めてしゃんとのばしていること。
2)食事中はテーブルにひじをつかない。
3)咀嚼する際、口を閉じたまま噛む。つまり音を立てて食べない。
4)他の方と同じペースで食べる。
このお話もう一回だけ続きます^^
最後に日本にお住まいの方、映画のプレビューをお楽しみください!


