みなさんこんにちはウインク


乳がんを「無治療」で闘い抜いた姉の闘病記を綴っております。

今までの闘病生活について知りたい方は今までのブログを見てくださいね!



今日は前回の続きで45歳でこの世を去った姉の最期の最期の瞬間のお話をします。



土曜日の夜、救急車で運ばれて入院する事になった姉。


7月のコロナ禍真っ只中だったので、面会時間にも制限があったりしてましたが、次の日、母が行き、旦那さんと娘も行きましたが、私はタイミングを逃し行けませんでした。

行く余裕も行くつもりもありましたが、なんだか足がそちら向きませんでした。


昨夜の姉の


「家族には来てもらわなくていい」


という言葉と、手を払ったあの事が気になって引っかかっていたからです。


別に私は怒っていた訳ではありません。


最期の最後の姉の気持ちを汲んであげたかったのです。

「来てほしくない」というのは、多分これから

死に向かう準備として、最期ひとりで闘う心構えみたいな、

誰かを頼ったり、すがったりなどは意味がなく戦場へ向かう昔の人のように未練が出てしまうかもしれないし、

同情や哀れみなんかは何の役にも立たないから要らない

「ゴメン、もういいから放っておいて欲しい」という気持ちだったのではないかと思います。


この姉の最期の気持ちはしばらく分かりませんでした。全く分からない訳でもなかったのですが、なんとも上手く納得のいく解釈が見つからず、でもこれを書きながら、今不思議と、やっと納得の行く解釈が得られ、スラスラと指が動き、上手く言葉に表現できた気がします。


姉が代弁してくれたのかな⁇


そんな気もします。



旅立つ時は誰もが皆ひとりです。


旅立つ前の険しい山もひとりで登らないといけません。


アスリートが大きな大会の前に自分の世界に入り込み、外界をシャットアウトし、全集中するのと同じような感じかもしれません。


姉は、今から待ち受けるとてつもない大きな大きな「死」という山をひとりで乗り越える準備のため、外界を極力シャットアウトしたのだと私は感じました。


そう思うと、姉は実に強い人でした。

波動医学の病院の先生にも

「強いね、最期まで自分の生き方を変えずに、、、なかなかいないよね。尊敬します」

と褒められましたが、本当に強い人間というのはこういう人を言うのかなと思いました。



話を戻しますが、そん訳で私はその日姉の所には行きませんでした。

後で聞いたら、旦那さんと娘が2人で行ったら、3分で帰されたそうです。

「もういいから帰って」と言ったそうです。

お母さんにはそんな風には言わなかったようですが、ほとんど何も話さなかったようです。

母は主治医から言われた事を姉に伝えたりしていたので、姉も母には「帰って」とは言わなかったのでしょう。

胸水が溜まってるので、明日辺り抜きましょうか、と提案して下さり、姉も了承していました。 

結局胸水を抜く事はなかったですが…


そして、次の日の朝4時半の事でした。


母から電話があり、姉の意識が薄らいでいるから、早めに来て欲しい、との事でした。


私も予め、こんなこともあろうかと意識して寝ていたので、すぐに起き、ほぼ何もせずにすぐに家を出ました。

病院から実家の方がすぐ近くでしたが、私が1番につきました。


私がついた時、呼吸は荒かったものの、目はしっかりと見開いて一点を見つめており、意識があるのかないのか分かりませんが、着いたときは音のない呼吸でしたが、私が姉の名前を呼ぶと、それに答えるかのように、呼吸の吐く時のタイミングで「あー」と、言いました。


それからはずっと息を引き取る瞬間まで、吐く時に「あー」と言い続けていました。


何か言いたい事があったのではないかと感じ取りました。それがなんだったのかは分かりませんが、、、

もしかしたらこの期に及んでも、「帰っていい」と言いたかったのかもしれません(笑笑)


そして、その後私に続いて母と父、そして旦那さんと娘が来ました。


みな必死に呼びかけましたが、目は一点を見つめたまま呼吸も荒く、手を握っても反応はなく、もう意識は遠のいてほぼない状態だったのかもしれません。

看護婦さんいわく、身内に電話する直前に、呼び掛けに対し少し意識が遠のいてきていると感じたので、すぐに電話をしたそうです。


前の夜、辛そうだったので、先生がモルヒネを入れたそうです。先生のお話では、ずっと苦しみに必死に耐えてきたから、体もずっと緊張状態だったところに薬が入り、その効果で急にリラックス状態になって、それで意識がもうろうとしてきたのだと思います、とおっしゃっていました。


なので、気力だけで最期まで意識を保っていたというわけです。

人間の意識とは、実に大きく身体に影響するものだということが改めてよくわかりました。


ちょうど私が病室にきて1時間後に息を引き取ったのですが、息を引き取る10分から15分くらい前から、徐々に心拍計の電子音が早くなり、心拍数や血圧がみるみる下がり出しました。

でも相変わらず目だけはしっかりと見開いたまま一点を見つめ、姉が最期の最後まで、絶対に諦めない、投げ出さない、負けない、という意識の表れが【目】だったのだと思いました。それは執着ではなく、「最期までしっかりと生き抜く」という力強さが【目】に表れていたのです。


そしてアラーム音と共に心拍数はゼロになり、姉はこの世を去りました。

ヒカリの存在に戻り、帰る場所に帰って行ったのです。


本当によく頑張りました!


長かった闘病生活もこれでやっとおしまい。


やっと重たい肉体を脱いで軽い存在となれたんだと、私の思いも軽くなりました。


「もう病気の辛さを経験しなくてもいいんだよ!」

って、

「お疲れ様!」

って、

「良く頑張ったね!」

って

「やっと終わったね!」

って、

「良かったねー!」

って泣きながら何度も言いました。


姉がもうこの辛さから解放された事に私は安堵し、「死を悲しむ」よりも「解放からの安心感」の方がとてつもなく大きかったのです。


この物質世界に存在がなくなる寂しさはありますが、私があの世へ行ったらきっとまた会えます。

私が生きている間だって、私が意識すれば姉の存在はいつでもどこでも感じられるのですから。


ここを離れるだけです。

旅立ちというより、元の場所へ帰るだけ。

きっと学ぶべきものを学び、体験すべきことを体験し、決めてきた「役割」を終えたから帰るだけ。

こんなに闘病という大変な体験を通して、おそらく魂が立派に成長して帰って行ったのです。


45歳という短い年月でしたが、それもここに来る時、自分で決めてきた寿命。

地球上のここの時間では45年という年月は短いかもしれませんが、宇宙的に考えたら45年も90年もどっこいどっこい、さほど変わらない短さです。


だから、私たちよりほんの少し先に戻っただけの話。


姉も私もスピリチュアルが大好きでよく本も読み、よく語っていました。

そのおかげで、姉はここまで強くいられたのです。

私も同じです。


スピリチュアルを知っているのと知っていないのとでは大きく違います。

知らなかったら私もきっと、姉の死を

嘆いて悲しんで哀れんで

やり切れない気持ちを抱いた事でしょう。


乳がんについていろんな知識を得て、それに対しての生き方の多様性を認識し、そこにスピリチュアルな知識や感覚がプラスされたので、普通の人が抱く後悔や悲しみの感情が私や姉にはほとんどなかったのです。

これを「冷たい人」と捉える方もいるかもしれませんが、違います。

私の父親みたいに、ガンに対する知識はマスコミで聞いた程度のおおざっぱなもの、そして深い学びも、人それぞれの生き方の多様性も理解出来ない人は

「乳がんは早く見つけてればほとんどは治るんだ」

とか、

「病院に行くのが遅すぎたんだ」

とか、

「抗がん剤も放射線もしないなんて馬鹿げてる」

とか、

「45歳だなんて早すぎる」

とか、

後悔や非難や批判、哀れみや悲しみばかりが残るのです。


それは遺族だけでなく患者本人もそうです。


自分で治療方針を選ばず、流されるがままに行けば、のちに来る辛さを他人のせいにしがちです。


スピリチュアルな事を知らなければ「死」や「病気」も受け入れ難いものとなります。


病気になるのも、その病気に気がつく日も、死ぬ時も、全ては「偶然」ではなく、必然のタイミングであり、それは気づきであり、学びでなのです。

それを分かっていれば悔やんだり、責めたり、自暴自棄になったりはしません。


家族もそれを分かっていれば、患者本人の意見を尊重し、多様性を認め、「早すぎる死」などと悔やむことはないのです。





進行ガンを告げられた時も、決して悲観して嘆く事もなく、絶望して自暴自棄になる事もなく、自分の信念を曲げる事は一切なく、周りが何と言おうと最後まで自分の生き方を貫き通した姉。



普段は頼りなく、周りが心配してしまうような所も多々あった姉ですが、実は誰よりも凄かった!



そしてよく一緒に話していたのは、
「これが最期(終わり)ではないし、また元の場所に帰るだけ。長い魂の時間の中で、ほんの少しみんなより先に帰るだけ。あっちでまた会えるし」と言っていました。

それを娘にも話していたらしく、姪っ子に

「寂しくない?」

と聞くと、


「寂しくなくはないけど、また会えるから」


と、中学2年にして母親を亡くしたのに、なんともこの頼もしい返答‼︎


姉が死んだ後も、姪っ子は精神を崩すことなく、むしろ今までよりもたくましく、楽しく笑って生きています!(笑笑)




この世は学び、経験。

「今の」「この世の」「この人生だけ」が全てでないこと、

「死=全ての終わり」


ではないことを知って生きた方がいいに決まってる!そう信じて生きたって何も悪いことなどない、むしろその方が生きている間の時間をより良く過ごせる。

だって、「そんなことは馬鹿げてる、死んだら全て終わりなんだ、くだらない」ってスピリチュアルな事を馬鹿にして生きてもいいですが、どちらが心穏やかに過ごせるか、どちらが最期の時を強い気持ちで乗り越えられるか…。


要は気持ち次第です。


魂の成長を遂げにこの世に来てるんだと、経験をしたくて来たんだと思えば辛いことにぶち当たっても乗り越えられます。


ガンの方、そしてそのご家族には特にそう思って過ごして欲しいです。



では今日はここまでにしておきます。



最後まで読んで頂いてありがとうございました照れ