「なぁイクス、次はあっちに行こう!」
「別にいいが……、テンション高くないか?」
目の前にいる黒髪の少女は、俺の腕を引っ張って次の場所へ行こうと催促する。
子供か、と思ったが、よくよく考えたら年齢的に子供だった。
俺と彼女――ルライトは、結構大きな遊園地に来ていた。
今回ばかりは、あのオレンジ色の球体に感謝しないといけない。
アイツがフリーパスのチケット2枚を俺に押し付けなければ、多分一生来ることはなかっただろうから。
「なぁイクス、あれって何?」
「えーと、コーヒーカップっていうアトラクションだな」
彼女は遊園地に来たことがないらしく、アトラクションを見ては俺に聞く。
その時の表情が年相応で、思わず笑ってしまいそうになるのをこらえた。
「……?」
「……ん、どうした?」
目の前を歩いていたルライトが急に足を止めた。
どうしたのかと思い視線を追うと、そこには色とりどりの風船を片手に持っているクマの着ぐるみがいた。
クマは、子供を見かけては手に持った風船を配っている。
……それにしても、低クオリティすぎないか?
継ぎ目が見えてるし、チャックもかなり多いし。
「……おーい?」
とりあえず、足を止めたままのルライトに声をかける。
「……あのふわふわしてるのって、何?」
「………はい?」
だから、あれ。
そういって彼女が指したのは、クマが持っている色とりどりの風船だった。
「あれは風船だが……、知らないのか?」
彼女は肯定するように一回頷く。
さすがに驚愕した。
いくら遊園地に来たことがないとはいえ、風船をくらいは色んな場所にある。
この前は『デート』という単語を知らないと言っていた。
「移動王国で何回か見たけど、名前はわからなくて……。フーセンっていうのか」
王国で見たことがあるということは、元の世界では見たことがないのか。
一体、どんな世界に住んでいたんだろう。
今度聞いてみるか。
彼女はまだ風船を目で追っている。
……もしかして。
「風船、欲しいのか?」
「……うん、できれば」
やっぱりか。
遠慮がちに言うルライトを見て思った。
目は口ほどにモノを言う、というのはあながち間違いじゃなさそうだ。
クマのところへ行き、差し出された風船を取ってルライトに手渡す。
色は、鮮やかな赤。
少し彼女には似合ってない気もしたが、傍目に見てもわかるくらいはしゃいでいる姿に、何故か和んだ。
彼女にそっと何かを耳打ちした存在に、気付かずに。
―――――――――――――――――
遊園地とはいえ、やっぱり人混みはあるもので。
この前みたいにはぐれないよう、片手に風船を持ったルライトと手を繋いで歩いていた。
目的地は、『サナトリウム』という名の休憩所。
彼女と繋いだ手からは、優しい温もりを感じる。
出来れば、ずっと手を繋いでいたいと思っていた。
……だが、急にだ。
彼女から、繋いだ手をほどかれた。
また何か、知らないものでもあったのかと振り向き、
「なっ………!?」
凍りついた。
ルライトの瞳は、何も映していなかった。
さっきまで興味津々だったり、疑問に思っていたり、喜んでいたり、はしゃいでいたときの瞳じゃない。
どこまでも無機質で、空虚。
まるで、死んでしまったようで。
「ど、どうした!?」
肩を揺するが、反応なし。
このとき、「ごめん、ボーッとしてた」とか言って笑ってくれればどれだけ安心出来たか。
何も言わず、何も答えない。
片手に持っていた赤い風船は、ない。
「ルライトッ!?どうしたんだ!?」
「ムダだムダ。そこの少女に何言っても、もう何も聞こえやしない」
呼び掛け続けていたとき、彼女の背後から突如現れた人影に身構える。
一見すると、中性的で男か女かよくわからない『管理者』とでもいう感じの服を着た人間。
直感すると、人の皮を被った人外。
いつの間にか、人混みは消えていた。
「……ルライトに何をした」
「あぁ、気づくタイプなのか。……別にちょっと『人形』になってもらっただけさ」
人外は言う。
彼女は自分の言いなりだと。
「ふざけるな!元に戻せっ!!」
俺は迷いなく、護身用に持っていたデザートイーグルを引き抜く。
そしてルライトの手を引こうとするが……、いない。周囲を見ても、だ。
「少女には先にどっか行ってもらった。銃を降ろせ」
さもなくば、少女を殺すぞ。
言われ、銃を降ろすしかなかった。
「……何が目的だ。彼女を返せ」
「返しはしない。……私は雑用がほしい」
「………は?」
茫然とする俺に、人外は近づき紙を突き出す。
アラベールという紙でできたソレは、契約書。
悪魔との、契約書。
「少女は人質だ。……あの少女を助けたいのだろ?」
人外、いや、良い人を装って偽善だらけの笑みを貼り付けた悪魔はササメク。
「……あぁ、そうだ。その通りだ」
だから、俺は悪魔に魂を売った。
それこそ、文字通りに。
―――――――――――――――――
彼女が人質にとられて、数日。
正直、それ以上の時が立っている気がする。
俺のメンタル、精神面は早くも死にかかっていた。
仕事自体は、本当に雑用。たまに裏のゲームの審判。
死にそうな理由は多分、あの契約だろう。
あの契約が、俺のメンタルを削っている。
「ほーら仕事仕事。突っ立ってんなー」
あの人外、いや悪魔は思考にのめりこんでいた俺をせかして消える。
今は園内のゴミ拾いをやらされていた。
とは言っても、そんなにゴミは落ちていない。
楽だとは思うが……。
「……ルライト」
ずっと、彼女の姿を見ていない。
どこにいるのか、無事なのか、考えるたびに心が死にそうになる。
「……?」
ふと、あの日に行きかけた休憩所、「サナトリウム」を見やる。
そこには1人だけ、おとぎ話にでも出てきそうな白いドレスを着た少女がベンチに座っていた。
座っているだけで、動きもしない。迷子か?
「おーい、そこのお嬢さんどう、し……っ!」
凍りついた。あの日と同じように。
そこで座っていたのは、俺の前からいなくなっていたルライトだった。
服が全く違ったので、同じ黒髪でも気づかなかった。
けれどその瞳は、あのままどこまでも無機質で、空虚で。
死んでしまったような瞳だった。
「ルライト!大丈夫か!?」
すぐに駆け寄り、頬に触れる。
やはり、反応しない。
それどころか、ものすごく冷たい。
下手をすると、氷より冷たいんじゃないかと思うほど。
手を離して、改めて彼女を見る。
夜闇を思わせる黒い髪に、死んでしまったような同色の瞳。
来たときには全く違う白いドレス。
場違いなのだろうが、ハッピーエンドを待つ喜劇のお姫様か、バットエンドになりそうな悲劇のお姫様に見える。
「……待てよ?」
悲劇?バットエンド?お姫様?
いや、もっと前だ。
思い出せ、あの悪魔は何と言っていた?
―――別にちょっと『人形』になってもらっただけさ―――
「……ふざけるな」
拳が震える。
人形、それはつまり。
アキレバ、ステラレル。
「おーい、仕事はどうした」
例の悪魔は音もなく現れ、不満を言う。
俺は無視して、微動だにしない彼女の手をとって立ち上がらせる。
「手をつないだら、仕事が出来ないと思うのは私だけか?」
「俺も思った、それは」
「じゃあ、その人形の手を放して仕事しろ」
手を放す?
冗談じゃない。
鼻で笑ってやると、悪魔はさらに不機嫌そうに表情を歪める。
だから言ってやった。
「2度と手を放したりしない。貴様に魂を売ろうとも、絶対にルライトを助け出す!!」
手を取った彼女を横抱きにし、悪魔とは逆方向に向かって駆ける!
横抱き、つまりお姫様だっこにしたルライトが微かに目を見開いたのと、悪魔が素っ頓狂な声を上げたのはほぼ同時で。
―――――――――――――――――
彼女を連れて園内を駆け回っているとき、俺は少し後悔していた。
園内のほとんどが敵に回ったからじゃない。
数日とはいえ、悪魔の言いなりだったことだ。
あの時、すぐに彼女を探していればよかった。
今思えば虫唾が走る。
一度悪魔に屈した俺は、もう人間じゃないのかもしれない。
だが、それでもいい。
腕の中のルライトからは、ぬくもりは感じない。
でも、鼓動は感じる。つまり生きている。それだけで十分だ。
手が、心が冷たいのなら俺が温めればいい。
瞳に光がないのなら、俺が光を灯せばいい。
つまりは、そういうことで。
俺たちを取り巻く異常に気付かない客の人混みの中、誰かが呟く。
「悪魔をあざむくのなら、人間でいろ」
誰が呟いたか、確認する余裕がある訳もなく。
「……悪魔よりも、決意した人間の方が怖いんだぜ?」
―――――――――――――――――
「まーてー!」
「誰が待つか!」
悪魔の手先と化したクマの着ぐるみやウサギの着ぐるみ「だった」モノに追われながら吐き捨てる。
手下自体は少ないらしいが、何度振り切っても見つけて追ってくる。
結構広い遊園地のはずなのに、どういうことだ。
それと着ぐるみだ。
低クオリティだと思っていたが、見えていたチャックを全て外すと中からは異形の化け物が出てくるとか。
化け物が俺たちを追ってくるのに、周囲の客は気づかず、遊園地も通常運転。
ここは本当に遊園地なのか、頭を疑い始めそうになった。
「……イ、クス?」
すぐそばから発せられた声を、聞くまでは。
横抱きにして抱いている彼女は冷たいが、もう死んだような虚ろな瞳じゃなかった。
いつものように、温かい光を灯した瞳だった。
「っ、ルライト?俺が分かるか?」
「う、うん。わかるよ」
彼女は、最後に聞いたときより細い声で答え、頷く。
「……よかった。キミが元に戻って」
涙が出そうになった。
いや、涙でないけどさ。
悪魔が自ら手放したのか、奇跡なのかはどうでもいい。
とにかく、よかった。
「イクス?なぁ、なんで………っ!?」
ルライトが、俺の後ろを見て硬直する。
「まーちーやーがーれー!」
後ろからは、まだ化け物が追ってくる。
ちなみに今まで走りながら話していた。
「あ、あああああ、あれ………!?」
化け物を見て、彼女は青ざめて震える。
今までの記憶はないのか、理解が追い付いていないようだった。
「大丈夫だ、大丈夫」
強く抱きしめ、安心させるために耳元で囁く。
「絶対に、キミを助けるから」
きょとん、としたあとに嬉しそうに表情をほころばせた彼女を見てから顔を上げる、と。
「「いい加減にとーまーれー」」
さっき振り切った時計頭の手下が2人、両方から迫ってくる。
後ろからも化け物が追ってくる。
逃げ道は、前方の大きな城のみ。
「止まれるか!」
堂々と正面から駆け込み、城内へ。
いくつか部屋を通りこし、目の前には螺旋階段が頂上まで続いている。
「ルライト、つかまってろよ?」
「う、うん……」
彼女が俺の服につかまったのを確認してから2、3段飛ばしで駆け上る。
ちらりと下を見やると、手下どもは気づかずに他の場所へ行こうとしている。
このまま見つからなければ……!
「残念だったねぇ」
ぐるりぐるりと上った先、頂点のテラスにいたのは。
「人形、返してもらうよ?」
中性的で、「管理者」とでもいう感じの服を着た、偽善だらけの笑みを貼り付け人の皮を被った、
「……悪魔」
今まで横抱き(お姫様だっこともいう)だった、白いドレスの少女を降ろして立たせる。
「え、悪魔??」
まだ事態を完全には理解できず、困惑しているルライトの手を握る。
手はもう、冷たくなかった。
「イクス……?」
「このまま、繋いでいてくれ」
小さい声で言うと、「分かった」と言ってくれた。
意志の疎通ができることは、こんなにも温かいものなのか。
今回のことが無ければ、分からなかった。
「何してるんだい?……早く返せ」
イライラしたように、元凶の悪魔は言う。
対する俺は逆に笑ってあるモノを取り出す。
「サナトリウム」で奴から抜き取った、契約書。
期限の無かったそれを、宙に放り投げ……
パァン!
あのとき降ろした、デザートイーグルで撃ち抜いた。
1つの穴が開いただけなのに、一瞬でバラバラになって引きちぎれ、ただの紙くずになる。
そのまま照準を、悪魔へ向ける。
悪魔は、驚愕していた。
「……残念なのは、貴様の方だ」
彼女と繋いだ手をもう一度握り、人差し指に力を込め。
城の頂上にて、どこか軽い銃声と共に悪魔の断末魔が響いた。
―――――――――――――――――
「そうだったのか……っきゃ!?」
「おっと、大丈夫か?」
「う、うん………」
歩きながら小石につまずいてよろけたルライトの腕を引く。
いつもスニーカーである彼女にとって、踵の高いヒールというのは歩きづらいらしい。
悪魔を断罪したあと、数日間のことをすべて話した。
彼女の方は、風船を受け取ってからの記憶がないらしい。
でも、と彼女は続ける。
「冷たかったのは覚えてる。でも、急に頬と手がじわぁって温かくなって」
それで気が付いたら、あの状況だったんだよ、と言った。
「……ごめんな」
「何で謝るんだ?むしろあたしの方が、」
「いや、俺がもっとちゃんとしてればこんなことには……」
「で、でも……、イクスが助けてくれたから、大丈夫だよ」
このとき微笑んだ彼女の姿には、少し救われた気がした。
周囲を見ても、写真班とかはいない。
……ちょっとくらい、ハメを外してもいいか。
「……よっと」
「えっ、ちょイクス!?」
思い切って、お姫様だっこをもう一度してみた。
さっきは必死でわからなかったが、軽い。
「いや、歩きづらそうだったからな。服もそれっぽいし……ダメか?」
「ダメじゃないけど、ちょっとびっくりした……」
「そうか。……どこか行きたいところ、あるか?」
恥ずかしいのか、少し顔を赤くしたルライトに行き先を聞く。
もちろん、このままの状態で行くつもりだ。せっかくだしな。
「え、えと……、お城の頂上」
「城か。了解っと」
どうやら、あのテラスに行きたいらしい。
「……ねぇ、イクス」
城にお姫様か、とか考えながら歩を進めていると、不意に声をかけられた。
「なんだ?」
「……本当に、ありがとう」
ルライトは顔を近づけ、
「………へっ!?」
俺の頬に、キスをした。
―――それは、彼へのプレゼント―――
・あとがき
クロルラもといやりたい放題第2弾!
一応元ネタは、ボカロの『メアリーと遊園地』。聞けばそれっぽいと思います(
ナマコさんから、イクシオンさんもとい現在名クローディアさんをお借りしました。
つかこんなんで大丈夫なのか!?何で最後こうなった!?……と思ったら大丈夫そうでした、まる。
とりあえず、マジで爆ーぜーろー!(