「苦しいよ、苦しくてどうしようもない」
少女が言う。
それでもその声は届かず、サーカスの歓声に溶ける。
戦場というサーカスの、断末魔の中に。
story of wishes and collapse ~願いと崩壊の物語~
第6話 『灰の瞳』
『絶対機密事項(レッドコード)』
ルナヴィアース国家軍に属する兵士なら、一度は聞く単語。
『暴こうとした場合、有無を言わずに抹殺』とされ、それについて語るのは禁忌(タブー)とされている。
何しろ、実際に『絶対機密事項(レッドコード)』を暴こうとした者が軍から消えているのだ。それでも暴こうとする者はいない。
入って間もない新人や、敗北を知らない思い上がり以外は。
「レッド、コード……」
目の前の青年は、どうやら後者に当たるらしい。
『ジルト=アーバング』。
これは、ルナヴィアース国家軍の一握りの特殊系部隊の入隊時に与えられる二つ名だ。
苗字の有無は本人か上部の意思による。
二つ名を与えられる理由は、恐らく情報隠蔽と俺は見ている(何しろ興味がないから聞いたことがないのだ)。
『ジルト=アーバング』の本名は『レクイ=コーラクト』。
齢は十四。幼い部類に入るが、クロワ(俺の同輩の女)が連れてきたことにより入隊。
長剣による剣術の才能があり、ついこの間、この『特殊攻撃部隊』に配属されたばかり。
つまり、新人に近い若人というわけだ。
「その通りだ、『レクイ』。だから止めておけ」
「……了解っすよ」
脅すためだけの気配を抑えてやると、レクイは肩を落とす。
緊張が解けたのか、暗黙の了解と受け取ったのか。
特殊系部隊では、各個人の本名は上司や隊長しか知らない。一種の権力とも言える。
そのため、『本名で呼ばれた場合逆らわない』という暗黙の了解が存在するのだ。
だが、コイツは切れ者らしい。今までの発言を聞けば。
だったらもう少し、情報を与えてやってもいい。
要塞の中であの二人が暴れているせいか、最初と違い反撃がこないため暇だというのもあったが。
「……ジルト、『オーバープロジェクト』っていうのに心当たりはあるか?」
「……一応はあるっすよ。それっぽいのから、訳のわからないものまで」
「お前が言う子供、フラル=ホロウヴァードはそれに関わっている、とだけ言っておく」
案の定、レクイはそれきりで黙りこんで遠距離系銃火兵器(カベクズシ)の操作を再開する。
俺の言葉を吟味して自分らしい仮説を立てようとしているらしい。
『オーバープロジェクト』
『絶対機密事項(レッドコード)』の中にある、と言われる軍事計画(プロジェクト)。
但し、詳細は全くの不明。
『新たな魔導開発』や『新兵器開発』と言われるときもあれば、
『人の不死化』、『死体を新たな生物に換える』、『人工的な魔導精霊(マギフェアリー)開発』。
挙げ句の果てに『魔獣と人の合成物(キメラ)開発』と言われる。
つまり、噂の域を出ないモノであり、数多くの仮説がある。
俺は特攻部隊の上司だが、『オーバープロジェクト』について知っていることは多くない。正しくは殆ど知らない。
本当に上部の極僅かの人間達による軍事計画(プロジェクト)なのだ。
先程、レクイに言った情報も半年前に知ったことだ。
だが、コレだけは言える。
『オーバープロジェクト』は一般部隊以外、つまり特殊系部隊―――特攻部隊も含まれる―――が対象だ、と。
チリッ。
不意に右肩が焼けるように痛む。
この不意な痛みは、数える程しか起こっていない。
逆に数える程しか起こっていないが、この『兆候』は理解できる。
ドォォォォオンッ!!!
遠距離系銃火兵器(カベクズシ)の銃口が新たな火を吹く直前に響いた轟音と、
要塞の一部の壁が『内側』から崩れ去ったことにより、確信へ代わる。
レクイが隣で驚愕しているが、ほぼ無意識に俺は吐き出す。
「あの野郎、『暴走』しやがった……!」
――――――――――――――――――――――
一言、子供のような単純さで言えば、すごい。
単純さを無くせば、筆舌に尽くしがたい。
ぼとり、と俺の前に転がってきたのは人体の一部である腕。右か左はわからなかった。
何故ならすぐにもう一本と首が、自分の後ろの壁に血と臓物の臭いを撒き散らして、叩きつけられたからだ。
壁にぶち当たり、足元に跳ね返ってきた首についていた顔は苦痛と未練で歪んでいた。
吐きそうになり、口を押さえる。
自分も確かに、たくさんの兵士の身体をバラバラにして殺したし、これからも殺す。
だから、血や臓物が持つ特有の鉄臭さや生臭さ、断面から溢れるモノには耐性があるはずだ。
が、目の前の惨劇、いや殺戮は、その耐性を遥かに上回った。
顔を縦に真っ二つに泣き別れした断面から、びちゃびちゃと音が鳴りそうな脳や神経が撒き散らされた死体。
全身がひしゃげ、肉と肋骨とズタズタにされた赤い赤い心臓が胸から覗く死体。
腹の中心から、ぼたぼたと胃袋やピンク色でぶよぶよした腸が溢れている死体。
その他、さっきの隠密部隊(インビジブル)以上に生身の部分が多い、炭化した死体に、身体に大きな穴が空いた死体、身体の一部を潰された死体。
死体のグロテスクさも正直ある。
だが、俺が本当に吐きそうな理由は。
「あははっ、誰もいなくなっちゃった」
この殺戮を、俺より幼い、同じ部隊の少女が行っているという事実だ。
『壊したくなった』
数刻ほど前、隠し扉の先(武器倉庫)で言い、少女―――フラルが豹変。
一瞬、本当に刹那の瞬間。
武器を持って飛び掛った二名の兵士の首から血飛沫が噴き、後ろの三名が炎柱に飲まれて消し炭と化した。
その後、轟音。
奥の扉が開いていて、フラルがいないことに気づいて進んだのが運の尽きだった。
先は大きな廊下になっていたが、一部、いや片方の壁が廊下の端まで崩れ去り、
廊下は死体の山が積み上がっていた。
死体の山を踏みつけ、血みどろになった頂点に立つフラルは笑ったのだ。
「さて、次に行きますか。あははっ、あはははははっ!」
フラルが軽やかに死体の山から飛び降りた先、次の部屋である『第五広間』が今の現在地だ。
俺は見ているしかできない。
入った途端、振り回される剣の軌跡に巻き込まれるのは分かりきっていたし、なによりも。
左の瞳だけ。
左の瞳だけ黒から灰色に変化したその両目に見られるのが、恐怖以外の何物でもなかったから。