志村けんさんが、新型コロナにより亡くなって、沢田研二さんが代役となった映画です。
まず、台風の最中、月曜日の朝、8時半の上映という三悪条件にもかかわらず、館内には20人ほどの観客がいて驚く。
沢田研二さん演じるのは夢破れた元活動やで、酒とギャンブルに溺れる男ゴウ。そして彼の周りには、半ば諦めながら彼を支える妻と娘。馴染みの映画館主で、若いときに同じ釜の飯を食った旧知の友テラシンがいる。
これはゴウの生き様を描く作品であり、かつて映画全盛の頃には、こんな夢多き活動やは沢山いたんだろうな。と思わせるところは、監督山田洋次さんの映画創りへの思い入れが感じられる。
作品を見始めて、もし志村けんさんが演じていたらどんなゴウになっていたんだろう、と単純に考えた。
それは、沢田研二さん演じるゴウが、私が考えていた以上に、だらしのない、いい加減な男だったからだ。
こんなゴウをあの志村さんに演じさせたらいかんでしょう、とまでは思わなかったが、志村さんだったらもう少し愛嬌のあるゴウだったんじゃないか。どこか憎めないダメな男みたいな。
ところが沢田研二さんが演じた途端に、当初の憎めないダメ男は、憎むべきダメ男に代わってしまった。
これははたして監督の狙いか、或いは沢田研二の役作りか。
そして、話が進むにつれ、ひょっとしたらこの映画のゴウは、スーパースター沢田研二そのものなのではないか。とさえ思ってしまった。
志村さんの死によって、名匠.山田洋次の娯楽映画は、沢田研二にぜ~んぶ持ってかれたのだ。
正直なところ、あんな腹の出た、醜悪なジュリーは見たくなかった。
しかし彼はやってしまった。元スーパースター.ジュリーの殻を破り捨てて、初老の男.沢田研二の描くゴウを見事に演じぬいた。
見終わって、序盤で感じた志村さんだったら、という疑問は消えていた。
これは沢田研二のために作られた作品だ。それで良いではないかと。
さようなら志村けんさん
