市川のバーしろばしゃです
 
先日、ふと目にしたネットの書き込みに、興味を持った。
 
竹内まりやの曲「駅」、これは当初中森明菜へ提供された作品であるが、「明菜のこの曲に対する解釈に憤慨した山下達郎が、改めてまりやに歌わせた」という内容のものである。
 
書き込みの彼曰く、「かつての恋人に対する思いを、切々と語りかけるように歌い上げる明菜の歌こそ
本物であり、朗々と声を張り上げるまりやの歌唱には、気持ちを感じることは到底出来ず理解しかねる。    ましてや、一度は他人に提供した作品を、自分の女房可愛さに、まりやに歌わせる山下はけしからん。」と。
 
ほほーう、である。
 
 
 
「駅」は、当ブログでもかつて取り上げたことのある作品で、私にとっては少なからず思い入れのある曲なので、
読み捨てるわけにはいかない。
うんうん、切々と語りかけるように、歌ってますねぇ。
別に悪くないんじゃない? ・・・それに可愛いし。
 
一方、竹内まりやの歌は。
 
 
 
 
 
いやはや・・・ご本家、自信たっぷりに歌い上げております。
曲の解釈だって間違える訳がない、自分のだもん。
 
二人共それぞれ個性があっていいんじゃん?
可愛さの明菜、歌唱力のまりやということで引き分け!
おいおい、それでは山下の言っていた言葉はなんだったの?  ちゃんと考えましょう。
 
もう一度明菜を聞いてみることに。
 
1コーラス目、ん?
2コーラス目、ありゃ?
ラストのサビの部分、・・・・?  
 
山下氏の「憤慨やるかたない」の訳が分かりました。
 
 
明菜は、かつての恋人との思い出、情愛、つらい別離、を切ないほどに訴えかけます。そこには未練、或いは別れたことへの後悔、といった念をも感じさせ、そして最後は「無情」で締めくくります。
あの得意の冷めた目で「愛は無情なものなのね」と、訴えかけるのです。
 
聴く者に、そして別れた恋人に向かって。
 
竹内まりや。
 
流石「不思議なピーチパイ」、元祖不倫ソング歌手、別れた男を見かけたぐらい屁でもない・・・  冗談です。
 
こちらも明菜に負けず劣らず、切ない気持ちを見事に表現します。    
 
それでは、明菜との違いは?
 
決定的なのは、かつての恋人との、「よみがえる苦い思い出」と表した、いわゆる負の思い出を、現在の自らの人生へと昇華させていること、或いはそうしようと前向きに生きていることである。  
そこには、「愛は無情なものなの」などといった、諦めの感情は微塵もない。 
 
雨が上がった街に「ありふれた夜がやってくる」のを、日常として受け止めているのである。
 
何度も言うが、歌の表現力は、明菜もまりやも素晴らしい。  可愛さなら明菜の方が上(笑)。
山下氏が「駅」に求めていたものは、辛い別れを現実と受け止め、したたかに強く生きようとする女性である。
 
発表当時、明菜は21歳、無理もないか。
 
 
 
今の明菜がこの曲をどう歌うのか、機会があったら是非聴いてみたいものだ。
 
中森明菜・・・それにしても、可愛いし。