rulaのダイエット日記 -3ページ目

ダイエットヒストリー6 一念発起! ダイエットで成功したのに、見事にリバウンド(T_T)

最近、下の娘が大変なことになっておりまして…。


中学校はもとより、地域でも伝統のある演劇部が廃部の危機なのです。

小学校の頃から、演劇部に入ると決め、昨年は精力的に活動をし、初舞台を踏んだ娘。

2年生になって、ますます精力的に活動をしようと、台本を作ったりしながら頑張っていたのに…。


  「顧問の先生がいないから」


たったこれだけの理由で、廃部になるなんて、納得できないですよね!!

演劇部出身、元部長の長女もエキサイト。断固、闘いますよ。ええ、一緒に闘いますとも(--^)


さてさて、次女が4ヶ月になるころ、我が家の台所事情も怪しくなってきまして、私も働きに出ることに。

うちの近所に某有名な書籍関係の事務所があり、そこで募集をしていたので面接に行き、見事合格!

9月半ばより、次女は無認可保育園に預け、働きに行くことにしました。


その頃の私、自分で言うのもなんですが(^^; 最悪の状態。

いくらお金がないからといっても、子育てで時間がないからと言っても、あまりにひどいお姿でした。

それを快く思っていない人達は、陰で私の悪口を言い、ちょっとしたいじめにもあいましたが、

経済的な事情でやめることもできず、なんとか頑張ってきた私でした。


が、せっかく転職したパパも、当時は考えが甘かったのか、あることが原因でリストラされてしまい、

当時、借り上げ社宅だったこのマンションも名義書換だの、なんだのと、ものすごいお金が必要になり、

いろんな人に頭を下げて借金し、ますます私は仕事をやめられなくなり……。


そんなどん底の中で、私は新しい部署に移ることになりましたが、ストレスと栄養バランスの悪いものを

食べ過ぎていた私は、どこに行っても「妊婦」に間違えられるほど、立派な体格になっていました。


移動になった部署でも、いろいろあって、私的にはもう限界かも…というところまできてましたが、

やっとパパが仕事が決まり、これからという時、私が辞めるわけにもいかず…。

子供が病気になってどうしてもお休みがちになる私に対して、上司の冷たい言葉に胸を痛めながらも、

陰で悪口を言われ続けながらも、なんとか頑張ってきたのでした。


今思えば、言われるのも分かります。それだけ、私の姿があまりにもひどかったってことなんですよね。

ただやっぱり人格を否定されるような、ありもしない噂をされた時は、悲しかったですけれどもね(T_T)


救いだったのは、私をいつもかばい、心配してくれた、お姉さんのような存在の人がいたこと。

落ち込む私を時に優しく、時に厳しく、時に突き放したりしながらも、ずっと側にいてくれたんですね。

どれだけ励みになったか…。


そんなどん底の日々の中でも、なんとか年末に家族4人、帰省することができました。

その時、2歳下の妹が住んでいるマンションで数日、お世話になることにしましたが、当時の私を見て、妹は即座に服装から体型から食生活にまで、鋭いチェックを入れてきました。

もちろん、私のことを思ってのことなんだろうけどね。

その頃の私は、もうヤケクソで、27歳というのに、既に女は捨てているわ、人生そのものを投げてしまっているほど、すざんでいたんです。その中でも、


  「姉ちゃん、そんなことばっかしてたら、いずれ糖尿病になるよ!」


の言葉は非常に強烈でした(^^;


でも当時の私は、家族に糖尿はいないからって、たかをくくってたんですね。怖かったけど、妹の話に耳を貸さなかったんです。

まさか自分が今、その病気になるなんて夢にも思ってなかった。妹は正しかった!さすが看護師! 


その時の脅しはすごくて、病院で「糖尿病」と診断された時、私の頭によぎったのは「死」の言葉でした。今でも、その時の説教はトラウマに…(^^;


そんな私でも、その帰省の中で、ちょっとだけ「女」を意識する感覚が戻ってきたんです。

その日は、まだ健在だった母方の祖母に孫を見せに行き、その足で既に廃校になった私達の小学校や、

冬休み中の中学校に行ったのですが、その恰好じゃあまりにひどいからと、妹が洋服からヘアスタイルから全部をコーディネートしてくれたんです。体型がかくれるようなだぼ服で、全体的に可愛くしてくれました。


その姿を見たダンナと娘が


   「ママ、そのほうが可愛い」


と言ってくれて、初めて自分が「女の子」であることを忘れていたことに気付きました。

まだまだ27歳。決しておばさんではない年齢。おしゃれも十分、楽しめる年代なのに、妹がチェックしてくれなかったら、その事すら、気付かなかったかもしれません。

そして家族も、そんな私の姿は、正直、いやだったのかも。


それに気付いた私は、やっと自分が着る洋服や、髪型などを意識するようになったのでした。

東京に戻り、初出勤の日から、私は髪型をセットし、洋服も可愛い系のものにチェンジ!

あまりの変わりように、またまた陰で何か言われていた様子ですが、もう気にしません。


これだけ意識が変わったのですから、当然、自分の体型も気になり…。

ここでやっと一念発起! 私の本格的なダイエットが始まりました。


当時の私のダイエット法は、

 ★ご飯の量を減らす。

 ★炒め物は油を少なくする。

 ★子供達の残飯は食べない。


この3つだけ。これを確実に実践しました。それで5kgの減量に成功。

まだまだ肥満体でしたが、下の娘を妊娠する前の洋服は着れるまでになり、大喜び。見た目、全体的に細くなったようで、


  「痩せた? 痩せたよね?」


と、皆さんに聞かれる度、嬉しくて嬉しくて、もっともっとと、つい頑張り過ぎてしまったんですね(^^;

実はこれが、ダイエットの大きな落とし穴だったりするんですよ。


頑張りすぎると、絶対に、どこかでつまづきます。フッと力を抜いた途端、歯止めがきかなくなる。

反動も手伝ってか、とまらなくなってしまうのです。「まっ、いっか。明日があるさ」と…。

でも加齢のせいで、一度ついた肉は今まで以上に体にこびりつき、今までのダイエット法では

効果はなくなってしまうのに、当時の私は気付くことはなかった。


ある日、たまたま同僚と入ったお店で、今日ぐらいはいいっかと思って食べたアップルパイ。

あまりにおいしくて味が忘れられなくて、しばらく通ったファミレス。夕飯の前に食べる友達とのパフェ。

子供とのマック通い。加えてまたまた営業事務の部署へ配置転換となり、半ばやけくそ。


  「ご飯を減らせばいいのよ。頑張ることだったら私はできるんだから。頑張ればいいのよ」


など、自分に言い訳をしながら、気付けばまた、ぐんぐんと体重はうなぎ登りに。

せっかく5kgも減量したのに、一気に6kg太ってしまって、悲しいかなリバウンドしてしまった私。

でも、なぜ自分がリバウンドしてしまったのか、気付いてなかったんですよね。

多分、ダイエットを繰り返している人は、なぜリバウンドするのか、頭では理解できていても、


  「なんで? 食べてないのに何で太るの?」


と思ってる人が多いんじゃないのかな。私もそうだったから。でもしっかり、食べているんですよ(^^;

食べている量に気付いていないだけなんです。ご飯を減らすだけじゃダメなんですよね。


結局、なぜ太るのか、分からないまま、新しい部署で新生活を送り始めた私でした。

ダイエットヒストリー5 第2子出産 地獄から天国、そして体重増加。。。(T_T)

さっき書き上げたのに、見事になくなってしまいました(T_T)


さてさて、やっとゲロゲロなつわりとおさらばし、家庭の事情を考えたダンナが転職し、借り上げ社宅として引っ越してきた今のマンション。快適なシティマンション暮らしに、私はやっと楽しいマタニティライフを送れると、意気揚々としていました。年の瀬も迫った1991年12月のこと。


しかし、その喜びもつかの間、またまたつわりに悩まされてしまったのです。

ゲロゲロはなくなったものの、食べた後に食道に残る違和感と、猛烈な背中の痛みに耐える毎日が始まったのです。毎日が苦しくて、また食べることが恐怖になる私。


そして迎えた臨月健診で、尿糖が出ていることを先生に指摘されました。


 「ご家族で糖尿の方はいらっしゃるの?」


私は首を横に振り、うなだれてしまいました。


 「今度は一体、なんなんだよ!」


そんな気持ちのまま、先生がカリカリとカルテに何かを書き込む音だけを聞いていました。


 「まぁ妊娠後期には、よくあることだから、ちょっと様子を見ましょう」


結局、それほど重要なことではなかったのか? ちょっとホッとする私。

(でもこれが、後の私と直結してたんですよね~(T_T))


結局、そんな日々が続いた1992年3月27日。規則的なお腹の痛みに、私は病院へ行きました。

2人目ということもあり、とりあえずは入院決定。翌日には破水もし、さぁ、いよいよねといった矢先、


 「えー、これで赤ちゃんを産ませるの? そりゃ無茶だよ」


と、当直の先生の甲高い声。私にはなにがなんだかサッパリです。

だって、もうすぐ生まれてくるって思ってたのに、なに?って感じで…。

結局、様子を見ましょうということになったものの、一向に赤ちゃんは降りてこず、私は退院するはめに。


「なんか恨みでもあるのか!」


と娘にあたりつつ、絶対に4月4日には生まれて来ないでと願いつつ迎えた待望の出産。


 「おめでとうございます。2916グラムの元気な女の子ですよ!」


やっと対面できた娘。全身から喜びがわき出てくる。頬にキスをして、思い切り頬ずりをする。

その間、娘は泣きもせず、回りをきょろきょろ見渡している。私に似ているなぁ…。


しかし、生まれてきた日はなんと1992年4月4日。そうなんです。平成4年4月4日でした。

一番、生まれてきてほしくない日だったんです(T_T)


嬉しかったのに、お誕生日で落ち込む私。いくらなんでも語呂が悪すぎる。

そんな落ち込みモードを察知した、同じ日に生んだ同室のママは


 「まだいいじゃない。うちなんて男だよ。絶対に言われるんだから。

 『やーい、おかま、おかま。お前はおかまの日に生まれたおかまだ~』」


確かにそうだけどさ。やっぱり落ち込んじゃうよ。


この病院では、母子同室制をとっていたので、食事は交代で食堂に行くことになっていました。

が、私は落ち込みムードで一人、食堂に迎い、食事をしていると、後から入院してきた同室のママが隣に来ました。


 「どうしたの? 元気ないね。 気分悪い?」


彼女は母親学級で一緒だった人。私より少し年上の、品のある素敵な女性でした。

優しい言葉に、私は涙ながらにお誕生日のことを相談しました。すると、彼女は笑いながら、


 「なーんだ。違うよ。逆だよ。ラッキーだよ。私だって4日に生みたかったんだよ。ぜいたくだよ~」


私は、彼女が最初、慰めで言ってくれてるんだと思ってたのだけど、よくよく聴いてみると、


 「4日は「よい、よい、よい」って4が3つ続くでしょ?語呂合わせでいくと幸せの日なんだよ。うらやましいなぁ~」


彼女が言っていることに、嘘はないみたい。本当にうらやましいと思っているみたいだった。

それを聞いて、私は霧が晴れたみたいに悩みが吹っ飛んでいきました。 


それからの私は、反動も手伝ってか食欲が旺盛に。妊娠中はあまり増えなかった体重も退院の頃には、逆に増えている状態(^^;


 「あんたも珍しい人だね。いないよ、出産後に体重増える人。。。」


先生に、ありがたい嫌味を言われて、恥ずかしいやら、情けないやら。

結局、退院健診の時の尿糖は正常。妊娠時によくある症状だと聞かされて、一安心。


そんなこんなで退院し、2人の娘の世話に明け暮れる日々。当然、自然にダイエットもできるはずだった。

ところが…。


風疹の免疫のなかった私は、保育園からもらってきた長女の風疹に感染してしまい、あえなく母乳を断念。

唯一、ダイエットの近道だった母乳をたたれた私は、結局、またまたダイエットには失敗してしまったのでした。その後、いろいろなストレスと残飯整理にあけくれた私は、加速度的に体重は増えていく一方でした。


しかし大人になってからの「風疹」は本当、悲惨でしたよ。母親の「風疹もやったし、注射もした」って言葉を信じたばかりに…。まだ出産後で良かったけど、やっぱりちゃんと注射はすべきですね。


ダイエットヒストリー4 第2子妊娠1 ひどいつわりで体重はマイナスに…

1991年の夏。私は2人目を妊娠。前回のことがあったので、今回はすぐに病院で検査。

たまたま夏休みだったパパと長女と3人で産婦人科へ。


「おめでとうございます。8週目に入ったところですよ。赤ちゃんの心音も確認できました。

 次は4週間後に来てくださいね!」


ずっと欲しい、欲しいと思っていた2人目だったので、先生の言葉を聞いて、待合室にいるパパに思わずVサイン。

本当に嬉しくて嬉しくて、家に戻ってからも友達に電話をしまくったものです。


その夜は、お祝いにパパがエビフライとポテトサラダを作ってくれ、私はぺろりと平らげたのです。

その時までは、全然平気で、


 「今回はつわりがないかもね~。楽かもしれない」


などと、楽勝宣言をしていたのです。ところが…


夕食後、テレビを見ていたところ、急に胸焼けがしはじめ、トイレに入った途端に最悪な状態に…。

とにかくトイレから一歩も出れないほど、私はずっと嘔吐し続けていたのでした。


 「ごめん、ごめん。やっぱりフライはきつかったよな」


そう言いながら、背中をさすってくれるパパに、トイレでゲロゲロしている私を心配そうに見つめる長女。

2人に大丈夫だよとほほえみかけるも、全く嘔吐がとまらない。本当に苦しくて苦しくて、涙を流しながらトイレにしがみつく私。


この日から、私の辛く苦しいつわり生活が始まったのです。

当初、一瞬だけだろうとたかをくくっていたつわり。でもそれは甘かった。日に日につわりはひどくなり、座っていても、立っていても、寝ころんでいても、気持ち悪いのが直らない。食べ物はおろか、飲み物さえ受け付けない。唯一飲めるのが温かい烏龍茶だけ。


しばらくは病院に通い、点滴を打ってもらっていた。点滴をしてもらった後は、絶好調で、ハンバーガーでも、オムライスでも、スパゲッティも食べていました。ただフライだけは、怖くて食べられなかったけれども…。でもそれもほんの一瞬。数時間後には、私はトイレにこもって、ずっと嘔吐し続けたんです。


何を見ても、何を聴いても、気持ちが悪い。当時、「101回目のプロポーズ」という番組をやっていたんだけど、チャゲ&飛鳥の「Say Yes」を聴く度、気持ちが悪くなって。(今でもイントロ聴くだけで。。。(T_T))


やっと4ケ月目に入る頃には、季節も涼しい秋になり、夜は過ごしやすくなってきたのか、少しずつ、食べ物がのどを通るように。が、それも本当に一瞬のこと。数時間後には、やっぱりトイレにこもる私。


ある日、ちょっと気分が良かったので、久々にシチューを作り、miku(長女)と一緒に食べたんです。しばらくは大丈夫だったのに、パパが戻ってきて、ご飯を温めようとした瞬間、またまた気持ち悪くなってきて…。

が、トイレまで間に合わなくて、少しだけだったけど、夕飯のシチューを戻してしまい(T_T)


よりにもよって、シチューはパパが大嫌いなもの。それなのに、文句も言わずに、その汚物を拭いてくれて、結局、ご飯も自分で作って食べてました。よくもらいゲロしなかったなぁと今でも思うのですが……(汚くてすみません!)


結局、5ヶ月に入る頃にもつわりは収まらず、食べられず、飲めず、1日の大半をトイレで過ごす日々。


 「いっそのこと、薬を飲んで…」


などと、いつもいつも、楽になることばかりを考えるほど、辛い日々。

当時、千葉に住んでいた高校時代の友人が心配して、しばらく家に泊まりに来てくれた程、重傷だった私の妊娠ライフ。食べないのに、吐き気だけが次から次へとやってきて、胃液もなくなって、最後に血を吐くところまでいっても、吐き気は全くなくならず。今思い出しても、本当に生き地獄でした。


何かをしながら気を紛らしていないと、気持ちが悪くて仕方がなかったんですよね。

だから1日、テレビばかりを見ていました。でもテレビのドラマやCMで食べ物をやろうものなら、それだけでトイレに駆け込むほど、敏感になっていた私は、当時、何を食べていたのか、全然記憶にないんです。


そんな状態だから、体重は一向に増えず、逆にマイナスに。病院の先生も心配して、


「食べたい時に、食べたいものを、食べたいだけ食べていいのよ。もう少し、体重が増えてもOKよ」


と言って頂いたものの、食べたいものがないんです(T_T) 考えただけで、気分が悪くなるんです(T_T)

そんな状態が6ヶ月頃まで続いたでしょうか。ある日、大嫌いだった茄子の入った野菜炒めが、無性に食べたくなり、パパに作ってもらって、あっという間に平らげてしまったんです。


それだけじゃなく、見るのも嫌なほど、大嫌いな牛肉が無性に食べたくなり、お給料が入った翌日、パパに


 「モリナガLOVEへ行こう」  (当時、まだあったんです。ここは安くて好きだったのに…)


と家族でお店に行き。私は安いステーキを注文して、またまたぺろりと平らげてしまったんです。

不思議なことに、この日を境に私の「ゲロゲロ」なつわり生活は終わりを告げ、やっと楽になると思って

安心していたのです。ところが…。


この時の症状が、まさか今日の私の病気に繋がるとは夢にも思っていませんでしたが、結局、まだまだ、私のつわりは続いているのでありました!  (……つづく)

ダイエットヒストリー3 長女の妊娠から始まった「肥満」との戦い(T_T)

今日からまた、私がダイエットに苦悩していた日々を振り返りつつ、お話ししたいと思います。


1987年12月。私は思いもかけない言葉を病院で聞かされました。


「おめでとう。6月ケ目に入ってますよ。今まで気付かなかったの?」


突然の言葉に私は一瞬、耳を疑ってしまいました。えっ


確かに最近、体調がすごく悪くて、電車の中で貧血起こしたり、なかなか目が覚めなかったりで、何度も何度も病院に通って、検査までしてもらっていたけど、「妊娠」なんて言葉はおろか、お薬三昧だった日々。

もともと生理不順で、3~4ヶ月、生理がこないこともザラだったので、疑ってもいなかったんです。


私は中学時代、「急性胃腸炎」にかかったことがあって、つわりの症状が胃腸炎と全く一緒。

当時、まだ21歳になったばかりの私にとって、妊娠も出産も全然、知識がなかったのです。

今思うと、本当に怖ろしいガーン


というわけで、遅ればせながらの「妊娠ライフ」を送ることになった私。

自分でもビックリするぐらい、食欲が旺盛になってしまいました。


「赤ちゃんのため。栄養をしっかりとらなくっちゃ!」


なんて、自分に言い訳しながら、とにかく食べる、食べる。半端な量じゃありません!

だって食べなきゃ、気持ちが悪くなるんだもん。時間があれば、とにかく食べていました。

一緒にいたダンナが「気持ち悪い」ってぐらい、とにかく食べていました。


ただ不思議とジュースや、あまーいアイスクリームよりも、お茶やお水、ヨーグルトを好んでいて、

あれほど嫌いだった「チーズ」や「グラタン」「ピザ」が食べられるようにチョキ


実は、これが長女の時のつわりだったんですね。食べなきゃ気持ち悪くなるタイプのつわり。

こんなつわりがあるなんて、全然、知らなかった。でも食べると楽になっていたので、気持ちが悪く

なるのが嫌で、ただひたすら食べていた記憶があります。


結局、出産直前の健診では、体重が64Kgと、今まで見たことも聞いたこともないような数字。

腹囲は96cmと、これまた想像を絶する太さへと成長。(昨年の私の腹囲と全く同じなのが笑える…)


「こりゃ、相当大きな赤ちゃんが生まれるかもね」


と先生が言うぐらい、立派な体型に変わっていた私。


そして1988年4月12日午前3時55分、待望の出産。無事に生まれてきた子供は



「2872グラムの可愛い女の子」


ガビーンガーン 3000グラム、なかったのねん(T_T)




妊娠前の私は45kg。20kg近くも太ったわりに、お腹の中から出てきたものは、わずかに5kg弱(T_T)

これには助産婦さんも苦笑い。私は悲しいやら、恥ずかしいやら…。


病院に入院中の10日間は、慣れない赤ちゃんのお世話(母子同室だったのです)で、多少の減量はあったものの、結局、退院時の体重は57kgのまましょぼん


1ヶ月健診の時も、53kgまで減量できたものの、育児の忙しさや、仕事を始めたことにより、きちんとしたダイエットもできぬまま、時間だけが過ぎてゆき…。


加えて、仕事でストレスを感じていた私は、前以上に食べ癖がついてしまい、ストレス発散だぁとばかり、食べてばかり。せっかく53kgまでいった体重もぐんぐんうなぎ登り。気付けばあっという間に58kgにまでなってしまいました。


子育て中の人は分かると思うけど、子供がご飯を食べるようになると、どうしても「もったいない」って、食べちゃうんですよね。ただでさえ食べているのに、まるで残飯整理をするように食べているから、ダイエットなんて、あってないようなもの。見事なまでに、私の体型はペンギンになってしまいました。


まだまだ21~22歳だというのに。友達は楽しい学生生活を送り、さぁ就職だぁなんて騒いでいる中、私はいつも疎外感を味わっていて、それがますます拍車をかけたのか、もうやけくそになり


「ダイエットなんて、してられっか! 子育てに体力は必要なんだよ!!!」


と開き直り、いつの間にか、健診結果の欄には「要注意、肥満」と書かれるようになってしまいました。


とはいえ、確かに保育園のスリムなママを見るとうらやましかったけど、まだまだ若さがあった分、筋肉が勝っていたから、体が重く感じることはなく、長女が成長するにつれ、私の動く範囲も広がってきて、ダイエットを考える時間さえ、なくなっていってしまったのでした…。


それから月日は流れ、長女が3歳の夏に2人目を妊娠していることが判明。その時の体重なんと58kg。

最初から「肥満」の状態での、第2子妊娠ライフは、本当に辛いものでした(T_T)

昨日は定期検診でした。結果は…(T_T)

本当は昨日書こうと思っていたのですが、多忙&疲れにつき撃沈。爆睡してしまいました。

それも今日は、なかなか起きられなくて、気付けばもうすぐ9時だよ、オイって感じ…。久々だぁ。

今回も、私の太った頃のお話しはお休みして、現在進行中の話題にさせて頂きます!


さてさて、昨日は定期検診の日でした。病院

本当は2月に行くべきだったのですが、仕事とお金の関係もあり、昨日に延期してもらいました。

くしくも昨日は下の娘のお誕生日。逆にラッキーといえばラッキーだったけど。。。


かくして、検診結果は…???


もちろん見事クリア! 血糖値もヘモグロビンも正常値でした。祝日

(ちなみに血糖値は食後3時間というよりも、空腹時血糖95、ヘモグロビン5.3%でした)

だけど、だけど…。


見事に体重は増えていたのでございました。ガビーン。ショック!

まぁ、ここのところの不規則&超夜おそ夕飯に、ストレスも加わって、太る原因はい~っぱい。

まして便秘気味だったし、体重が増えないほうがおかしい状況だったんだもんね。

病院の先生に話をしたら、


「それぞれライフスタイルがあるからしょうがないわよね…」


なんて、珍しく同情されちまっただよ。いつもは超こわ~い先生なんだけど(^^;

なんだか、とっても拍子抜け。てっきり、こってりとしぼられるかとおもったけど…。

やっぱり数値が正常だった分、先生も心配ないと思ってくれたのかな?

ただ、これじゃダメだよね。また初心に戻って、ダイエットしなくっちゃ!


体重の増えなのか、それとも疲れがたまっているのか、血圧はちょっと高め。

まぁ疲れている時は、血圧も高めになるから、大丈夫じゃないと言ってもらって、

ちょっとだけ安心なんだけど、先日の竜介さんの件もあるし、私の父も高血圧だったから、

用心しなくちゃね!(普段は決して血圧、高くはないんだけどね。。。)


結局、今回も薬はなし。糖尿病も、もしかしたら、どっかへ逃げてくれたかしら?

一番最初の時に、先生の言っていただいた「あなたのケースは治るわよ」を信じて、頑張ろう!


昨日、病院から戻ったら、安心したからなのか、急にトイレに行きたくなって、便秘も解消。

もしかしたら、病院の結果が気になって、それが便秘に影響していたのかも。今日は超順調。

いえ、順調すぎて困っています。。。ガーン


でも、なんだか闘志が燃えてきた! 次の健診は6月。それまでに絶対に目標体重クリアにするぞ!

糖尿病なんかに、負けるもんか! オーッ!!!


(でも、やっぱり甘いものは、時々は思い切り食べさせてね!ソフトクリーム

私のダイエットフーズ1:広島風お好み焼き

こんばんは!

今日の東京は、夕方からものすごい風と雨でした。途中、雷様までピカピカ光って、怖かった。

その後、雨も止み、やっとパソコンを立ち上げたら地震がきて、ビビリました!!!

こんな日は、ノンビリとクラシックでも聴きながら、ブログを書きたいと思います。


でもって、自分の太った頃の話ばかりでもつまらないので、今日はちょっと一息入れて、

私がカロリーを工夫しながら食べているもの。ボリューム一杯、カロリー低めで満足できる

メニューをお教えしちゃいます!ちょっとした意識でできるし、私でも出来ているんだから、

きっとみなさんも実践できると思いますよ(^^)


今日の我が家の夕食は久々、広島風お好み焼きを作って食べました。

私は広島出身なので、お好み焼きにはうるさいですよ~(^^;

家は、いつも焼きそばと焼きうどんを入れます。私と下の娘はうどん派、ダンナと長女はそば派。

いやぁ、いつ食べてもおいしいです~。


お好み焼きと聞くと、めちゃくちゃ高カロリーなイメージありますよね?

ギトギトの油に、肉に焼きそばにソースたっぷり…。それが本当にダイエットフーズなの?って。


確かに見た目はそうなんだけど、広島風のお好み焼きは意外とヘルシーなんですよ。

野菜タップリだし、重ね焼きでボリュームもあるから、揚げ物を食べるよりも、全然ローカロリー! 


私は病気のため、1日に摂取するカロリーが決められています。

特に炭水化物(ご飯や麺類、穀類のこと)は、今のところ1日に8単位(1単位80キロカロリー)。

わずか600キロカロリーを1日で分けて食べないといけないのです。


広島風のお好み焼きの場合、小麦粉や麺類を使うので、その分を計算して焼かないといけないの。

だいたいうどん1玉が3単位なので、それをまるまる食べちゃうと、たちまちカロリーオーバー。

でも自宅で焼けば、この問題もなんなくクリア! 余裕で2枚いけちゃうんです。

お腹は満腹だし、カロリーは超えないし、私にとって、これほどありがたいダイエットフーズはなし!


これはあくまで自宅で作った場合ですが、お好み焼きをダイエット・フーズにする秘訣は


「量を減らして、2倍食べる」


ことです。


要は1人前のお好み焼きを2枚に分けて作ることなんです。

焼きそばと焼きうどんの量を、3分の1玉ずつにして、野菜をタップリ入れて、大きめのお肉を乗せて、

卵も1個を2枚に分けて使う。野菜はキャベツ以外に、もやしやえのきを入れてもGOOD!

特にエノキはカロリーゼロだからね。いくら食べてもダイエットには影響なし。


ねっ! これで使っている材料は1人前でも、立派に2枚作れるでしょ?


人間は見た目である程度、判断するもの。どうしても1枚じゃ物足りなく感じちゃうじゃない?

それも見事クリアして、 満足できるのですよ。

ちょっと手間はかかるけど、でも我慢するダイエットより、ずっと健康的でしょ?


何気なく、普段から作っているもの、食べているものでも、ちょっとした見直しで、いくらでも

ダイエットが可能になるんですよね。今回、改めてそれを知りました。お腹が満足することも。


太る原因は「満足できない」状態にあるからで、それは「頭のストレス」からくることだとか。

確かにそうなのかも。お腹がすいているわけじゃないのに、食べなきゃいられなかったもん。


とはいっても、私もまだまだ目標体重までは達していません(T_T) あと一歩なんだけれど…。

「食事はほどほどに」と言われても、やっぱりついつい食べちゃうものよね(T_T)

私だって、気付いたらチョコをつまんだり、デザートを食べちゃったりしてますよ、今でも。

前ほどではないけど、食べたい時は我慢しないで食べるようにしています。


ただ前のように食べ物に固執したり執着することもなく、ちょっとの量で満足できるようになりました。

脳が満足するからなんでしょうね!でも「我慢」してしまうと、余計にストレスがかかって、

暴飲暴食に走ってしまうのです。


ダイエットって、ただがむしゃらにやるんじゃなくて、しめるところと、ゆるめるところのバランスが大事。

結局、これがダイエットの一番近道なんじゃないかなと思うrulaです。


次回は、私が本格的に「ダイエッター」になったお話しをさせて頂きます!

私と同じような経験、体験をされた方は、きっと共感していただける内容が多いかもしれません(T_T)

(仕事が多忙につき、次回はいつになるか…。気長に書いていきます!)

ダイエットヒストリー2 改めて知らされた、自分の「太さ!」

ここのところ、仕事がヘビーで昨日は書けませんでした(^^) 


さてさて先日は私が太った原因をお話ししました。今日は東京に出て来てからのお話しをします。

もう東京に出て来て、かな~り長いので、私のダイエット遍歴もかなり長くなります。

だから気長に書いていこうと思っています。


東京に上京した当時、私は昼間は大手レストランチェーンの社員(厳密には学生社員)、夜は学校に行ってたんです。

住まいはレストラン所有の寮で、三鷹台というところに住んでいました。(結構、好きだったんですよ!)

近くに井の頭公園があって、吉祥寺にもよく寮の友達と遊びに行ったものです。


東京に出て来た頃は、「一発で地方出身と分かるダサダサの女の子」だったんですよ、私。でも若さがあった分、肥満体には見えなかったらしいんです。


女の子同士、いろんなお店に行って食べたりするでしょ? その時に、必然的に男の子の話か、洋服の話かダイエットの話になるんですよね。そんな時、必ず私の体重を聞くと、みんなが唖然としてたの。

今思えば、これってラッキーだったのかな?


でも勤務先のお店では違ってた。

私は中華料理店へ配属になったんだけど、そのお店は渋谷の東急にあって、当時は東急自体がリニューアル工事中。

それに伴い、お店自体も若くて可愛いイメージを打ち出したらしく、制服は超可愛い系の服だったんです。白のブラウスにピンクのサスペンダーに黒のフロアースカート。

一見、チャイナではなく「アンナミラーズ」系、いや、「もえ~」系だったかも(^^; 


でも私達新入社員達は、とりあえず「事務系」のおばさまが着るような、ちょっとダサめの洋服を用意されてたんですよ。暫定的にとは言われていたんだけれど。最もチャイナ服よりはましだけどね。

それで寸法を測ることになり、そこに配属された全員がロッカールームへ移動。

ウエストを測ってもらった途端、「あなたは既製服では無理。別オーダーだね」と言われてしまい、大ショック!

どうやら私のウエストは当時で70cm以上もあったらしいのです。

それには時間がかかるから、それまでどうしようって話になって…。


結局、LLサイズがかろうじてあったので、それを着て「レジ」に立つことに(T_T)<私はレジスターだったの>

ただでさえ、おばさんちっくな制服なのに、私が着るともうおばさまそのまま! あまりのショックにうちひしがれてしまったのでした。。。

このときほど、ダイエットを意識したことはありませんでした。


ただ幸いなことに、この当時の私、やはり慣れない都会生活のためか、気やせしたらしく、1ヶ月で2kgづつ、自然とやせていってくれたんです。何もしてなかったんだけどね。

お陰で6月には50kgを切ったんです。

お店と学校の両立っていうのも、痩せる要因だったかもしれないけど…。


その時期同じくして、結局、そのダサ服はお店の雰囲気に合わないとなり、私も晴れて、かわいい「もえ~」系の服に変わったのでした。その時は「既製服」で十分、OKでした!


ダイエットは意識したものの、この頃は自然にダイエットできたし、食事やおやつを規制したわけでもなく、やはり若さがあったから、何もしなくても良かったんでしょうね。


その後の悲しい「肥満体」生活を送るなんて夢にも思っていない、毎日がハイカラーな日々のrulaなのでした!

ダイエットヒストリー1 なぜ太ったのか? それは食べ癖が原因

昨日はサクサクっと、なぜ私がダイエットをしたのか、成功したのかを書きました。

今日からは、私がどうして太っていったのか、挫折を繰り返したダイエット遍歴を、少しずつお話しします。


もともと私は太りやすい体質だったんですね。でも子供の頃はスリムだったんですよ。

というよりも、元々私は食が細かったんです。ものすごい偏食家で、食べられるものが少なかった。

小さい頃は、お茶碗にご飯3粒だけ入れてもらって、喜んで食べるぐらいの子でした。

だから小学校の頃は平均よりいつもマイナス。小学6年生の時点で体重は38Kgでした。

(最も往復13kmの道のりを通ってたから、太るわけがないんだけど…)


それが中学に入り、部活も音楽部という腹筋しか使わないクラブに入り、運動は体育以外、ほとんどなし。

おまけに私は、もんのすごい田舎に住んでいたので(どれだけのとこだよっ!当時は中学校の

寮に入っていました。その寮というのが学校の目の前。徒歩1分以内という好立地にあったものだから、

通学で消費できるであろうカロリーもほとんどゼロ。おまけに夜食とおやつが毎晩あったんですよ。

おかげで私の体重はうなぎのぼり。気付けばあっという間に50kg台に突入したのでした。早かった~。


そりゃあね。年頃だもの。気になりましたよ。どうやったら痩せるのかなとか、スリムな友達がうらやましかったり。でもダメ。食欲が止まらないの。今にして思えば、この頃から食べ癖がついたみたいです。最もおやつばかりで、偏食は相変わらずだったけど…。でも、この頃はまだダイエットはしなかった。


高校生になって、自宅通学になってから消費カロリーはあったものの、食べ癖は直らず、体重は増えることはあっても減ることはなし。確かに同世代のアイドル達の体型がうらやましかったけど、高校生の頃はまだ、ある程度の運動ができてたから、中学の頃ほどの変動はなかったので、私も特に気にしませんでした(これじゃダメだよね!)


そして私の高校卒業時の輝かしい体重は56kg! その大きな体を引きずりながら、私は一人、新幹線に乗って東京の地へと向かっていったのでした。


私の悲しくつらく苦しいダイエットは、東京に来てから始まったのでした、、、(つづく)

ダイエット成功の秘密はズバリ!「治療」だから

昨日はメール便を思い切りやってきました。体力仕事なので、さすがに疲れた(>_<)

本当はやること、いっぱいあるんだけど、眠気には勝てず、結局、仮眠のつもりが2時間も爆睡でした!


私のダイエットとの戦いは、長女を出産した時から。

その後、全然痩せなくて、何度も何度もダイエット、リバウンドの繰り返し。

せっかく痩せても、我慢している分、反動がすごくて、結局ドカ食いしちゃって、ダイエットの意味がなし。

特にここ2~3年は起きている時間で、食べてない時はないぐらいの暴飲・暴食でした。


そんな生活が続いた昨年の6月。ものすごい体調不良で「これはおかしい」と病院へ。

最初は風邪か何かと思ってたら、先生のまさかの一言。


「血圧は正常だし、腎臓は異常ないけど、糖が4も出てるの。血糖値も高いし、

 糖尿病かもね。明日、専門外来で見てもらいなさい。」


うすうすは思っていたことだけど、自分の家族に糖尿病はいないし、糖尿病は遺伝する病気、

糖尿病=死に繋がる病気という認識しかなく、ものすごくショックを受け、自宅に戻って

「糖尿病」について、調べまくったんですよ。覚悟を決めるためにね。


翌日、専門外来へ行ったら、体重が65kg弱で体脂肪が34%。お腹周りがなんと96cm。

血糖値は空腹時で108、ヘモグロビンは7。完全に「2型糖尿病です」と診断され…(^^;)


その他、「高脂血症」「脂肪肝」「高血圧症」の病名までがしっかりとカルテに。もう笑うしかない。

(たまたまこの日は待たされて、疲れていたから血圧が高く出たのです。普段は正常ですよ~)


先生は半ば、あきれ顔。何を食べたらそんなになるのかしらとブツブツ独り言の後、


「原因は一目瞭然。とにかく痩せなさい。1年かけて13Kg痩せなさい。

 途中、停滞期があってもあきらめず、栄養士の先生にちゃんと指導してもらって。

 栄養バランスはちゃんと守りなさい。 特に野菜は多めにね。」


結局、私は食事と運動療法で「ダイエット」治療を行うことになったんです。

「病気」と言われなきゃ、本気になれないのが悲しいけれど、その日から1日1360Kcalの食事と

1日30分以上の運動が日課になりました。


運動はメール便で日々、5Km程度は自転車で走っているので問題なし。寝る前にはピラティスをして、

食事もスケールできっちり計り、慣れない頭のなかで「1単位80で、3単位だから…」と考えながら、

徹底した食事療法を開始したのです。完璧主義の私はきっちりやりましたよ!


そして1ヶ月後には、60Kgで体脂肪が27%に減っていたんです。血糖値もヘモグロビンも正常値。

ダイエットに成功して、久しぶりに達成感を実感。


確かに最初は「やっていけるかな?」と思ったけど、寒天を使ったおやつを作ったり、カロリーハーフの

マヨネーズやマーガリンを使ったり、カロリーゼロの砂糖やジュース、炊飯時に寒天を入れたりなど、

少し多めに食べられるような工夫をして、どうしてもおなかがすいた時は「焼き海苔」を食べて、

なんとか切り抜けました。(糖尿病に関連したメルマガを近日、公開予定です!)


現在の体重は54Kgで体脂肪は22%。お陰様で、若干の変動はあるものの、リバウンドはなしです。

なんか「痩せ体質」に体がなってくれたみたい。自分でもビックリです。


結局、切羽つまらないと「ダイエット」できなかった私なので、逆に病気になれて良かったのかも。

だってダイエットって、最後はやっぱり「食事なんだ」って分かったし。いい経験だったと思います。

もちろん、病気を受け入れるまで、相当の心の葛藤と時間が必要だったけれどね。


でも私みたいな人が少しでも減って、健康なままでダイエットができるなら、それが一番!

くれぐれも、無理・無茶なダイエットだけはしないでくださいね!

初めまして!

はじめまして! rulaと申します。

前から書きたかった「ダイエットブログ」をやっと、やっと、や~っと立ち上げることができました。


昨年の6月からダイエットを始めて、現在は14Kg減量に成功し、リバウンドもありません。

でもまだまだ目標体重には達していないんです。あと一歩のところがなかなかね~(T_T)


ダイエットと言えば、女性にとって永遠の課題ですよね~。

私も本当に10年以上もダイエットに悩み、苦しみ、リバウンド…の繰り返しでした。


雑誌の「楽ヤセ」記事に飛びつき、テレビで見た体操を試み、友達に誘われて健康食品に手を出し…。

でもどれもダメ。確かに健康食品では痩せましたけど、1年後には見事にリバウンド。それも倍(T_T)


「痩せたい」と思って、意気込んでダイエットを始めてみても、やっぱり長続きしないんですよね。

「我慢しなきゃ」って思うと、それだけでストレスになっちゃうから、逆に太っちゃう。


「痩せたい。でも食べたい」


から


「どうせ人生一回きりなんだから、我慢して死ぬより、たらふく食って死んでやる!!」



に変わるなんて、あっという間。ほんの数秒で心変わりしちゃうんですよ。

去年の夏頃まで、こんな感じで1日4000~5000Kcalは食べていました。

そんな意思の弱い私でも、ちゃんとダイエットができたんですよ。


このブログでは、なぜ私がダイエットができたのか。続けられたのかご紹介すると共に、

同じダイエットで悩み、苦しんでいる人達と情報交換しながら、楽しくダイエットができたら

いいなぁと思っています。


私と一緒にぜひ、ダイエットを初めてみませんか?

やっぱりダイエットって、一人でやるより、大勢でやったほうが励みになるものね!

(レシピとか、体操とか、いろいろ…)


たくさんの仲間ができるといいな(^^)