虐待の後遺症を生きるというのはどういうことなのか。
最近になって真面目に考えるようになりました。
それは植物の種が腐っているのに気づかず、水をやり続けるということに似ているかもしれません。
ほら、種って一部の例外を除いて、土の中に埋まっているじゃないですか?
だから掘り返しでもしないと、種が腐っていることには気づけない。
腐りかけの種は、最後の力を振り絞って、弱弱しい芽を出すかもしれません。
でもその芽は弱弱しく、とても育てる気がしないので、たとえば切り取ってしまう。
そうして改めて、今度は元気な芽が出ますようにと土に水をやる。
その水により植物の種は完全に腐ってしまい、芽を出す力すら失ってしまう…
でもあくまでも種は土に埋まっているので、原因は種が腐っている事なのだということに気づけないまま、同じことを繰り返し続ける。
いつまでか?
それは、種が腐っているのだと気づくまで。
自分が虐待されていたのだと気づくまで…



