THE RUINS OF KOBE. -338ページ目

星人余話。

パ◎◎ツカイデー[・・;]

アメンバ様。

 最近、記事上がってないですね、申し訳ありません…

 ネタは溜まってます、@~@!?!?な看板とか^^;

 暫し、お待ち願います!
(了)

今日も雪。



 今日は裏六甲より。

 ちょっと止んだかな、でも日差しが出ても気温は上がらないから…

 北近畿は週末へ向けてゲレンデがベストコンディションになりつつある!!

 やはり世界は私の為に…

 頭が高い!!
(W良)

四国鉄道博物館、続編!

 クドくてすみませんが、続編です。 ↓前記事


 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10070780862.html


 展示されていたDF50の後ろ、足下を見ると。



 ン...


 もしかして。


 もしかすると。


 ・・・今、見ながら記事作成してますが^^;


 なんか、あんなにノリ悪かったかな!?!? といったカンジです。


 ・・・ヤッターマン、ね。


 ま、またいずれ。


 して、もしかして、と外に出てみると。




 コレは昼間にホームから撮った画像。


 やっぱり、外に繋がっています。


 DF50は時折、イヴェント等で活躍することがある様ですから。


 でも、このアスファルトに埋めこまれたレール、て走らせる事はできるのでしょうか!?


 明らかに、フランジ入らないです。


 一応、本線とは"繋がっていてはいけない"、という法的上の措置でしょうか。


 出入りする度に掘り返す!?!?


 何にせよ、"路"が確保されていることは素晴らしい、ことです。


 !!


 新幹線の方は・・・



 サスガにレールないですね、ソモソモ軌間が違う。


 でも、在来線、走ってみてほしい・~・;


 そして、もう電車の時間、急がないと!!


 と伊予西条を後にしました・・・


 そう、この十河元国鉄総裁の偉業。


 新幹線の開業は、文字通り、日本を"狭く"できたわけです。


 この館内にあった貴重な資料の数々、撮影してきたので、以後解析に邁進してまいります。


 タダ、その資料の中に。


 これjこそ、私が追求してゆきたいもの、それを端的に示してくれている資料がありました。



NEC_0446.jpg


 そう、新幹線敷設の偉業。


 以前、大宮の鉄道博物館にあった「こだま」登場時のビジネスマンの歓喜、それをも半分に短縮。


NEC_0445.jpg


 そう、私がやたらと在来線を利用する理由。

 

 この、鉄道黎明期がどんなであったかを垣間知りたい、のです。


 さらに、ひいてはそこから近代史を掘り下げたい、のですね。


 先日も、在来線で東京から下っていた時。


 東海道線。


 新幹線、との並走区間が多い、です。


 それを見て思った、気付いたのですが。


 阪神間に住んでいると、新幹線はトンエル区間が殆ど、ということもあり、何と云うか、ナジミが薄い。


 その並走区間を見て、初めて"ああ、新幹線って「在来線の延長」なんやな~"と。


 そういや、新幹線開業時の貴重な資料映像を見たことがありますが、「新幹線」ではなく「新・幹線」と、いってました。


 その説明に"あらたに敷かれた路線に特急、超特急を走らせ、従来の路線には急行・鈍行・貨物列車しか走らなくなるのです!!"とノタマッておられましたが。


 先の画像、かつての「つばめ」などの東京、大阪間の特急は停車駅を減らし、運転士さんも走る列車の石炭車の上を越えて交替、そんなこと迄して1時間程度の短縮なったものが超特急と呼ばれていた・・・


 あらためて、十河氏の偉業の凄さに敬服しつつ、鉄道の偉大な発展をさらにもっと、もっと研究したい、と心にアツく思いながら帰路につきました。


 次回、四国編オマケ、その帰路を少しだけ紹介させていただきます。


 いつもにましての駄文記事、失礼しております。


 では。

(了)