四国鉄道博物館、続編!
クドくてすみませんが、続編です。 ↓前記事
http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10070780862.html
展示されていたDF50の後ろ、足下を見ると。
ン...
もしかして。
もしかすると。
・・・今、見ながら記事作成してますが^^;
なんか、あんなにノリ悪かったかな!?!? といったカンジです。
・・・ヤッターマン、ね。
ま、またいずれ。
して、もしかして、と外に出てみると。
コレは昼間にホームから撮った画像。
やっぱり、外に繋がっています。
DF50は時折、イヴェント等で活躍することがある様ですから。
でも、このアスファルトに埋めこまれたレール、て走らせる事はできるのでしょうか!?
明らかに、フランジ入らないです。
一応、本線とは"繋がっていてはいけない"、という法的上の措置でしょうか。
出入りする度に掘り返す!?!?
何にせよ、"路"が確保されていることは素晴らしい、ことです。
!!
新幹線の方は・・・
サスガにレールないですね、ソモソモ軌間が違う。
でも、在来線、走ってみてほしい・~・;
そして、もう電車の時間、急がないと!!
と伊予西条を後にしました・・・
そう、この十河元国鉄総裁の偉業。
新幹線の開業は、文字通り、日本を"狭く"できたわけです。
この館内にあった貴重な資料の数々、撮影してきたので、以後解析に邁進してまいります。
タダ、その資料の中に。
これjこそ、私が追求してゆきたいもの、それを端的に示してくれている資料がありました。
そう、新幹線敷設の偉業。
以前、大宮の鉄道博物館にあった「こだま」登場時のビジネスマンの歓喜、それをも半分に短縮。
そう、私がやたらと在来線を利用する理由。
この、鉄道黎明期がどんなであったかを垣間知りたい、のです。
さらに、ひいてはそこから近代史を掘り下げたい、のですね。
先日も、在来線で東京から下っていた時。
東海道線。
新幹線、との並走区間が多い、です。
それを見て思った、気付いたのですが。
阪神間に住んでいると、新幹線はトンエル区間が殆ど、ということもあり、何と云うか、ナジミが薄い。
その並走区間を見て、初めて"ああ、新幹線って「在来線の延長」なんやな~"と。
そういや、新幹線開業時の貴重な資料映像を見たことがありますが、「新幹線」ではなく「新・幹線」と、いってました。
その説明に"あらたに敷かれた路線に特急、超特急を走らせ、従来の路線には急行・鈍行・貨物列車しか走らなくなるのです!!"とノタマッておられましたが。
先の画像、かつての「つばめ」などの東京、大阪間の特急は停車駅を減らし、運転士さんも走る列車の石炭車の上を越えて交替、そんなこと迄して1時間程度の短縮なったものが超特急と呼ばれていた・・・
あらためて、十河氏の偉業の凄さに敬服しつつ、鉄道の偉大な発展をさらにもっと、もっと研究したい、と心にアツく思いながら帰路につきました。
次回、四国編オマケ、その帰路を少しだけ紹介させていただきます。
いつもにましての駄文記事、失礼しております。
では。
(了)






