今回取り上げる深名線ですが、もちろん廃止になるわけではありません。今回、夏休みを利用して乗りに出かけたので、レポートしてみようと思いました。ちなみに、深名線を訪問するのは、今回で3度目になります。
鉄道時代の深名線は、JRきっての赤字ローカル線でした。代替道路の不備を理由にこれまで廃止を免れてきたことが、まさにこの地が置かれた環境の厳しさを物語っています。逆を言えば、周辺道路の整備によって廃止に追い込まれたわけで、地元の人にとっては何とも皮肉な話です。
廃止当時、私は大学院生でしたが、熱狂的なレールファンでもなく、北海道を訪れようとは思いませんでした。ただ、関心は持っていて、廃止記念の入場券セットを通信販売で入手しました。まさか、バス転換後にこの地を訪れる日が来ようとは、当時は夢にも思いませんでしたが。
バス転換後の本数は、深川・幌加内間10往復、幌加内・名寄間6往復(このほか区間便あり)と、それまでの鉄道時代にくらべて倍増します。しかし、充実の便数とは裏腹に、利用者は激減。沿線住民がバス化を嫌ったというよりは、高校生の減少や高齢者が亡くなるなど、人口自体の減少が背景にあるように思えます。
そしてついに、2002年4月のダイヤ改正で、大幅減便が実施されます。深川・幌加内間7往復、幌加内・名寄間4往復と、鉄道時代の水準に近づいてしまいました。さらに同年12月、道北バスへ運行委託が行われます。一時期、深川市内の路線を担当する北空知バスに委託との情報が流れましたが、結局、実現しませんでした。名寄市内は名士バスが路線を運行しており、なぜ名寄に都市間路線しか持っていない道北バスへ委託されたのか、よくわかりません。なお、この改正以降、バス停の新設やわずかな経路変更があるものの、現在まで減便は行われていません。
まず、ジェイ・アール北海道バス深川営業所におじゃましました。営業所は、鉄道の機関庫をそのまま使用しています。事務所はこの中にあります。
このときはたまたま、バスが外に止められていました。ふだんは、屋内に入れられています。
深川駅から見える、というか線路のすぐ脇にあります。まあ元機関庫なので、当然といえば当然ですが。しかし、距離的にはすぐなのですが、駅改札から直接は行けません。改札を出たあと、南北連絡通路を渡るのが近いでしょう。
さて、再び駅前へ戻り、10時10分発快速幌加内行きに乗ります。快速便は、深川・多度志間がノンストップで、利用者が少なそうな便を中心に設定されています。ちなみに乗客は、私以外、おじいさんがひとり。
ソバ畑に囲まれた道路を、バスはひた走ります。ところどころに、空知中央バス(旧北空知バス)のバス停はありますが、深名線は停車しません。鉄道の廃止代替ということで、従来駅のあったところにバス停を設置するのが基本。他社路線との競合区間では、新たにバス停を設けることが難しかったようです。とはいうものの、年々、少しずつ増えてはいます。
道路ですが、さすがに新しい(とはいっても大部経ちますが)だけあって非常に立派な道路なんですが、通行するクルマはまばら。バスは途中での乗降もなく、終点幌加内へ到着。おじいさんは、乗り放題パスで降りていきました。この後バスは、車庫へと回送されていきます。
待ち時間は幌加内交流プラザの2階にある、深名線資料室で過ごします。展示自体はすぐ見終わるのですが、駅に置かれていた記念ノートみたいなものが興味をそそります。ボールペンで書かれた字も、かなり色あせて見づらくなっており、時代を感じさせます。ふと、ビデオ「さようなら深名線」を視聴するべく、ボタンを押したのですが…。これが長かった。NHK制作かと思われるこのビデオ、全部見終わるまで1時間ほどかかりました。中でも廃止直前に、ファンが詰めかける様子は印象に残りました。しかし、部屋は空調機能が働いておらず…暑かったです。
ジェイ・アール北海道バス幌加内車庫です。旧幌加内駅跡地です。夜間はここで3台が泊まります。昼間時、この深川駅10時10分発の便以外は車庫へ入りません。
さて、続く13時08分発名寄駅行きは、ネット上でも話題になっている新車メルファが来ました。運転士さんによれば、固定運用なので毎日この便に入るとのこと。それにしても、てっきり予備車の3953が廃車になったかと思いきや、それより新しい5970(トイレ付中型ニューエアロ)の代替とは驚きました。何でも走行距離が倍以上違うようで、説明を聞くと納得です。トイレ付が廃車されたので、同じくトイレつきが納車されたということでしょう。
幌加内までの乗客お年寄り3人は、全員がここで下車しました。みなさん、おでかけパス利用のよう。札幌地区と同じ条件ですから、かなりお得です。そして、代わりに乗車したのはというと、私ひとり。まあ、名寄方面は、深川方面とくらべてさらに利用者が少ないですからね。
ここからしばらくは貸切状態か、と思われましたが、添牛内郵便局前で小学生がひとり乗車。朱鞠内小学校まで乗って行きました。小学校は基本的にスクールバスですが、この日は夏休みのため深名線を利用したのでしょう。ちなみにバス停名の由来となった郵便局はすでになく、そば屋へと姿を変えています。
続いてバスは、夏期のみ一部の便が乗り入れる「湖畔」バス停へ入ります。日本最大の人造湖、朱鞠内湖が目の前に広がります。
湖畔を吹き抜ける風は爽やかで、8月にもかかわらずむしろ寒いくらいです。
風光明美なところですが、いかんせんアクセスが不便です。もっとも、バスの本数を多少増やしたところで、どうしようもないでしょうが。
朱鞠内地区を過ぎると、しばらく人家はなく、クマが出そうな山の中を進みます。母子里地区に入ると、ふたたび集落が見えます。しかし、相変わらずだれも乗りません。ついにこの日は、名寄駅まで乗降ゼロでした。
翌日は、深川駅発朝1便で名寄駅まで抜けようかと考えましたが、名寄駅で下り列車への接続が悪く断念。名寄駅着11時22分なのに、ここから新千歳空港着が17時過ぎとはちょっとかかり過ぎ…。もっとも、こんな乗り方をする乗客は、マニアくらいなんでしょうが。実際、深名線から鉄道へ(逆も含めて)乗り継ぐ一般の利用者を、私は見たことがありません。
というわけで、深川駅・幌加内間を往復してから帰ることにしました。が、8時10分発のバスに乗り込むと、以前訪れたとき、お世話になった運転士さんがいました。話をしているうちに、名寄駅行きに乗り継いで、添牛内郵便局前までなら行けることが判明。何しにこんなところ(失礼!)へ行くのかというと、JR深名線
添牛内駅跡を見るため。そう、このとき初めて知ったのですが、駅舎がそのまま残されているらしいのです。私が知っていたのは下幌加内駅くらいだったので、ほかにもいくつかあることを知ってびっくり。
ちなみにバスは、女性ひとりが乗っただけで発車。幌加内まで乗降ゼロでした。バスは幌加内でそのまま名寄駅行きに変わり、引き続き女性ひとりを乗せて発車。この方は政和で降車して行きました。私は、例の添牛内郵便局前で下車。
ということで、添牛内駅跡です。
添牛内郵便局前バス停から、すぐのところにあります。どうやら、隣の家が倉庫として活用している様子。詳しく観察したかったのですが、草むらがすごい状態で、さらにブヨもうようよしており断念しました。ただ、「駅前」はすごく整備されていて、今でも使われていそうな雰囲気です。
さて、今回が3回目の訪問と書きましたが、何だか訪れるたびに乗客が少なくなっているような気がします。
手許に興味深い資料があります。『バスジャパン・ハンドブックシリーズ⑧北海道旅客鉄道』です。このなかに、種村直樹氏の「道央横断鈍行バスの旅」という記事があります。内容は、1996年11月に氏が深名線を訪れた時の話ですから、バス転換後まだ1年目のことになります。利用したのは深川駅発13時05分発とのことです。バスの車内を写した1枚の写真が掲載されており、何と車内はお年寄りでいっぱい。15人近く乗っています。現在、これに該当する便はありません。が、逆をいえば、これだけ乗っていた便ですらカットされたことになります。
現在、もっとも乗客が多いのはの幌加内発6時30分と、深川駅発16時45分発かと思われますが、多くは高校生です。お年寄りだけでこれだけ乗るとなると、幌加内発8時00分くらいでしょうか。昼下がりの便で、10人以上乗っていたなんて想像もつきません。
深名線は、バス転換のいきさつから、簡単に減便・廃止とはならないでしょう。が、しかし、年々利用が減少する事実を目の当たりにすると、いささか不安になってきます。何とか頑張ってほしいですね。
親切に話を聞かせて下さった運転士さん、ありがとうございました。
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