朝6時半頃に息子が起きた音で目が覚めました![うーん](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/069.png)
![電球](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/673.png)
![ハッ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/104.png)
![うーん](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/069.png)
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![ハッ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/104.png)
『あっ、出掛けるのかな』と直感。
トイレを済ませて又部屋のドアを閉める音がしたまま、何の音も
しない
『矢張り、ただのトイレでまた寝たのかな![えー?](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/070.png)
』と
![耳](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/103.gif)
![えー?](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/070.png)
![はてなマーク](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/635.png)
台所に下りて行くと、スーツを着て鞄を提げて出掛ける息子の姿を
見た。『あぁやっぱり仕事か?仕事の面接に行ったんだ』と玄関の
靴を見て安堵した。
つい、様子を聞きたくなったり、
意見を言いたくなってしまうのを物凄く我慢していたのです。
息子を信じようとしたが、矢張り不安の方が大きかった。
例え居候の様な暮らし方であれ、同居していて息子の扶養になっ
ている私は死活問題に発展してしまう不安を抱えていたのです。
何より!言わない我慢が出来ました😃
この件意外にも我慢が勝負の事が2つ有るのです。
兎角、我慢できず、言い方次第だ
と思ってこちら(私)から言った
![上差し](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/527.png)
りメールをしてしまう事が多いのをぐぐぐ~~~~っと我慢中🙊
2週間近く部屋に籠っている息子と二人、
黙~~~って生活しているのって鬱陶しいものですわよ![ぼけー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/060.png)
![ぼけー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/060.png)
早く独り立ちして欲しいものだ。
同時に問題のハムスターも居なくなるから助かる。
ハムスターに悪気はないし、逆にペットを飼うという事が嫌いな私
だと言い続けて来ているのにさっ![イラッ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/073.png)
![イラッ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/073.png)
此処に印刷の関係で無駄な行を入れますごめんなさい(≧▽≦)
私の寝室から前の道まで見通せていたのが、一昨日
こうして全面壁に覆われて完全に目隠し状態になりました。
黒いメッシュの幌が掛かったり足場が組まれているので、それらが
外され板にモルタル塗りが完成すればもう少し明るくなるでしょう。
森英恵さんのデザインが好きなわけではなく、長さや軽さや目隠し
の具合でメルカリからそれらしいものを見つけ突っ張り棒を通して
この様に使っています。やや長いのですが、縫うのも面倒なので
そのままにしてあります。
今日で全体の壁に板が張られた様なので、中での音もやや静か
になりましたし、街灯の電気や人の目も気にならなくなりました。
92歳でフジコ•ヘミングさんが亡くなった。
やなせたかしさんは69歳の時に
「アンパンマン」がヒットしたようです。
フジコ・ヘミングさんの「ラ・カンパネラ」は一躍脚光を浴びたが
それは彼女が60歳代だと記憶している。25年前と言う事になる
のだろうか?まだ私は駆け出しの先生だった頃である。
良く調べると当時67歳だったと言う解説だった。
1932年12月5日生まれ、今年4月21日92歳膵臓癌で死去。
1999年2月11日のNHKドキュメンタリー番組で取り上げられた
時が日本に衝撃を与えた時である。
二人は本当に遅咲きである。
そして私は今68歳![お母さん](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/318.png)
もうこの先の
![お母さん](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/318.png)
![左差し](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/524.png)
希望なんて持てないで鬱状態に陥っていると思っている![ショボーン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png)
![ショボーン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png)
「60代なんてまだこれからよ
」とよく言われるが、
![チョキ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/117.png)
誰でも努力をすれば何とかなるという事も無い老後である。
そして1955年前後の生まれの人は有名人が多い年代でもある。
当然明石家さんまさんや桑田佳祐さん等を始め今も現役の第一
線でご活躍されている方も多いが、流行に流される職業でもある。
人間、殊に日本人は最長で10年で飽きるんですって。
「一発屋」なんて言葉もありますし、凄くインパクトの強い活躍を
した人は(グループやディオなど)は大概5年で、
本人も飽きが来たり限界を感じるようですね。因みに
山口百恵さんの芸能活動は7年間でしたってGoogle検索。
歌い手でもある私は『還暦前までが勝負![下差し](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/526.png)
』だと思っていたの
![下差し](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/526.png)
![気づき](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/675.png)
は、その後は『まぁあの歳でよく頑張っているわよね~~~』という
憐れみを交えた同情が聞こえて来る気がしたからだ。
此処にも印刷の関係で無駄な行を入れますごめんなさい(≧▽≦)
演歌歌手の秋元順子さんも60代でごてごての艶歌をヒットさせた
が、クラッシック音楽界ではもうその歳て歌う人は(その当時である
が)安西愛子さんくらいかもしれない。7年前に100歳で死去。
何時も比べられる
恩師松田トシ先生は70歳で歌い納めをしたと聞いている。
2011年12月7日に96歳で亡くなられています。
このお二人は、本来活躍される時代が戦争でオペラ歌手としての
ステージが無かったことで長年歌い続けられたと松田トシ先生は
仰っていました。佐藤しのぶさん等若い頃に全力でステージ
を踏んできた人は心身共に無理が祟ってしまって短命になると
言われている。力士と同じでしょうね。
鮫島有美子さんはその点今も現役のようですが、彼女はベルカント唱法ではなくドイツリートだから身体に合っているのかも知れませ
ん。高音を目立たせるベルカント唱法は日本人に身体には無理が
有るのです。ですから歌や歌い方と上手くお付き合いできていれ
ば100歳でも歌えますが、プロの運動選手と同じくオペラ歌手や
大スターの寿命はとても短いのです。
私は脊柱管狭窄症の手術を受けた事や第一!
脊柱管狭窄症を発症した時点から高音が出なくなった。
とは言え、伴奏のジャズピアニストの外谷東さんからの強い推しが
有り、先日7年振りのリサイタル講座を開催し、新しい自分や
更なる表現が素晴らしくなった外谷さんを発見できた。
歌を教え始めて35年。
流石にもう一から丁寧に教える体力は無いと気付いた。
よく松田トシ先生は90歳過ぎまであんなに大変な指導をなさって
いたと今更ながら感心してしまう。
私の今後に何か明るい兆しが本当にあるのだろうか?
と疑心暗鬼である。
今から全く新しい分野の仕事に挑戦するのは、今はその気が起こ
らない
そういう時は無理に何かをしようとしても上手くはいかな
![ブー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/115.png)
いものだと、ひたすら耐えることにしているのです。
下を向いて嵐の去るのを待ち、
嵐の運んで来た何かを探し当てるのも一つの手かもしれない。
私の大きな夢は有名な雑誌にこのブログが連載されることである。
良いじゃないか?大きすぎる夢でも、夢を見るのは自由である。