22回目のG1競走「高松宮記念」なのか? | リゲイン総合研究所~競馬番組「表」なんて実在しない~

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◆片岡勁太は実在しない「番組表」という虚像を読み解こうとするが我々は「競馬番組」の実体を解き析かす点で全く別物である。日本中央競馬会は、その名の下で施行される競馬番組の中で「何が勝っても構わないレース」の存在を許諾する事は皆無である。

 当該「高松宮記念」というG1競走は、御大片岡氏が半知半解に疑義を称えるように、従前はそもそも、夏季の「中京テンハロン」施行で、グレード制導入の「第14回」開催時からG2競走で、この時点で施行された「金鯱賞」は創設は少し古かったが、まだ芝18のG3戦であったかし、その歴史は「博多S」を名乗る代替開催まで存在したのでステイタスなど無かった。詳説は避けるが、これが開催回数を継承したままスプリントG1に昇格した事で、変化した「金鯱賞」の運命が存在する。
 では、なぜ従前の「中京大賞典」から賜杯を機に開催回数をリセットし名乗り出した「高松宮杯」を2年だけ踏襲し、3年目に「記念」化したのか?時に、(高松宮)宣仁親王からの賜杯が途切れた事を理由にするムキもあるが、そこには十分な説得力は無い。
 「中京競馬にG1競走を」という声に対応したものは大義として疑う余地は無いし、開催回数の継承は賜杯の歴史を持つ事を排除しない為の方策という事もあろう。しかし、それは「高松宮」を名乗ることで十分、事足りるとも言える。競走名を最終的に「記念」としたのであれば、そこが開催回数のリセットの時機でもあった訳だが、史を重くみる主催者の意思が反映したものであろう。
 それは、つまりG1「高松宮記念」として今年で、22回目という意味も持たせる事になる訳で、「競走名の変更」を経験していない老舗の番組には不可能なもので、それらと区別しなければならない案件でもある。テンハロンのG2競走として、12年施行した上で2年の猶予を持ってスプリントG1「高松宮記念」として2008年以来の.裏揃目開催を迎える訳だ。2008年の1着起用はファイングレイン。別に馬名と経路だけで1着想定馬を選定している訳では無いが、昨年、◎を打ったファインニードルは、たまたま5.5倍に応じた勝ち方をしただけで、偶然に、その経路が「シルクロ-ドS」を1枠01番で1着しただけの符号の話である。
 その経路は今年で言うところの単勝1番人気想定馬で「シルクロードS」を1枠で1着したダノンスマッシュに通ずるものになる。ならば、これが◎なのか?では、なぜに10番勝負は(外)ミスターメロディしたのか?など突っ込みが入ることになろうが、いつも言うように、10番勝負やPOGなどのエントリーと実予想とは全く異なる手順で行っている。
 まぁ、そもそも「シルクロードS」で当研が1枠01番ナインテイルズに◎を打ったのは、ファイングレイン「淀短」→「シルク」→「宮記念」を想定したもので、現物で1着した同枠の1枠02番ダノンスマッシュは、間接的には、その経路で「宮記念」に臨むことになるというコジつけも成立する事になる。だが、そんなコジは、結果として人気の4歳馬が1着起用された時に援用すればいい事だ。それは、クロノジェネシスで惜敗した北村友一のG1初勝利というメデタイ記録でもあるし、同騎手が今年記録するであろうJRA通算700勝にも彩を添えるものになる。まずは、枠番配当の明日を待つことになる。