一般?に「揃目開催」はオペレーションの転換点とか言われ、それまでの10年間の起用性と離脱し、新しい方向性を示唆し、それ以降の10年を支配すると言われる。それが突然、第0回が無いとういう当然の現実だけを理由として、換言されてしまう。そんな俗な事はどうでもいい話なのだが...
今年、「揃目開催」は既催の「第55回愛知杯」を初め10番組で、春季クラシックに関連するものが「報知杯弥生賞」「京都新聞杯」と「秋華賞」「E女王杯」に関わる時もある「北海道新聞杯クィーンS」、「菊花賞」に関わる「神戸新聞杯」、そして「春天」の「阪神大賞典」と「日経賞」に至る。「愛知杯」が今年の「揃目開催」を施行したかった理由付は自己解決しているだろうか?幕を引いた前年1着馬の残り香を句読点の3着馬に配置したのはなぜなのか?「第66回安田記念」は幕引役であるモーリスを2着に残し、「第73回皐月賞」を1着したロゴタイプを起用し、翌年の新しい船出は、それを2着に残すのである。
1年の時間的経過を待てば、そのキャリアは変質するのか?そんな訳はない。1着したキャリアは、翌年、前年1着馬(ディフェンディング)というキャリアで、その後の1年の戦歴を刻んで来た馬である。これを○粗戦だと、ダブー要因だけで片付けることは出来ない。
昨年が、ダート重賞濫発期とシンクロしていたり、3歳(混合)GIの新設に呼応したりと数多くの「揃目開催」戦が存在したが、今年は、それに比すれば少ない。
(参考引用)記憶に実在する過去の主な著書内のセンテンス
◇ゾロ目開催は以後10年間のスタートである(2006)。その前年が「閉幕戦」である。
◇10年をサイクルとするオペレーションは所謂ゾロ目開催回を迎える毎に新たな地平に向かう。したがって、その直前にあたる前年は3歳戦古馬戦の別なくもう次年度には持ち込むことのできないキャリアなのだ(2007)。
