往生際 63 44
また今日もじめじめしてますな
気持ちがじめじめするのは男のほうがありがちか
「もう逢いたくありません、ていうか逢いません、さよなら」
とか言われてじめじめイタ電したり、手紙書いたり、歌読んだり?して
後世に残っちゃったりしてるのがちらりほらり
まぁ結婚前に「もう会いません」て2回も言われながらめでたくゴールインした
やつもいたから謝りたおすのも大事だな、尻に敷かれるんだろな
六十三 今はただ思い絶えなむとばかりをひとづてならでいふよしもがな
左京大夫道雅
もうあなたに絶対逢えないってことになっちゃった今だけど、もうあきらめるよってことだけでも
人づてじゃなくてじかに会って、直接自分の口で言うチャンスがあればいいのになぁ、そしたらあと一回
だけとか言っちゃうな、とほほ
これはほんとは噂が立って親父とかに邪魔されてあきらめたとかって話らしく
悲恋の歌の代表格だそうで、ばちあたり訳ですんません
往生際が悪い感じなんだよな、印象が。まいっか
もひとつ
四十四 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
中納言朝忠
もし逢って一回?やっちゃったりしてなければ、こんなにまで、冷たいおまえのことや
情けない自分のつらさを恨んだりすることはなかったよ、もうだめか?グスン
こりゃだめだったんだろな、最初のそれが。一回かな?何回もしちゃった後のほうがつらそーだな
この歌もまだほんとはやってない解釈とかもあるのだけれど、やっただろ、そんで、もういらんっていわれたっぽいと聞こえるのですが皆さんどうでしょう?音としては美しいかんじなのだけれどもね
とりあえず、情けなーいかんじが後世に残ってお気の毒。でもちっと気持ちがわからなくもないな
未練たらたらの手紙とかはお気をつけあれ
待ちぼうけ、恨み節 97 21
場末のBAR稼業、人を待つのが仕事だったりする
昨日は人来んかった でも来るかなーと思ってたお客さんちらほら
こねーかなーと思ってたお客さん、駅までの散歩で捕まえちった、感謝
待つかんじを2発
九十七 来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
権中納言定家
どんだけ待っても来ないあなたを待ってるぼくは、まるで松帆の浦(ここでは淡路島の北端、まぁ海っぺりってこと)の夕凪の浜で焼く藻塩みたいにじりじりと、体が恋焦がれているんだな、しいさみ
百人一首の撰者自身が選び入れた歌で、まぁフィクションで、つれない男を待つ女の立場からってことらしいのですが、男の立場からでも一緒かな この時代は待つのは女だったけど、今はちがうし
海藻を焼いて煮詰めて作る塩が藻塩だそうで、凪いでる浜で焼け焦げてる海藻みたいにじりじり
僕の身体もじりじり、待つのはつらいさね、まあ焦げるな。
も一句
もちっと深刻
二十一 今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
素性法師
あんたがすぐ行くって言うからずっと待ってたのにちーっとも来ないから
待ってもいない、九月の明け方の月待ってたみたいになっちゃったじゃない、この嘘つき!
これは諸説あって、一晩待って月が出た説と、何ヶ月も待って九月の月になっちゃった説らしいのですが
今風に考えると一晩のほうがしっくりきそうかな 今時の女の子、何ヶ月も待ちそうにないし、待たせたら
これじゃすまなそうだし それはそれで面白そうな物語になるかな。
今日は雨の水曜日、じっくり人待つことになりそー。
24時間戦えますか? 19
十九 難波潟短き蘆(あし)のふしの間も逢わでこの世を過ぐしてよとや
伊勢
難波の海に生えている蘆の短い節と節の間ぐらいのほんの短い時間でさえも
好きなあなたと逢わずにせずに、この世を過ごして果てよというの?できないわ、つらいわ、すぐして!
要はずっと一緒にいて、ずっとしてたいってとこでしょうか
前にも書いたけれども、逢う、にはするという意味があって、好きで惚れてる女にこんなこと言われると
腰の辺りがぞこぞくして、赤マムシドリンク(今どき?)でも飲んで、飛んでいきそーだけれど
まっ、どれぐらい、し続けてられるかは、個人差がありましょうが
そりゃそうと、強壮にいいといわれる蛇の、交尾ってご存知でしょうか?
蛇の♂には、ヘミペニスなる一対の、つまり2本のしかも鉤状のかえしのついた ナニがついてて
一度挿入すると♀がはなしてくれるまで抜けないんだそうで
時にソレは24時間にも及ぶときがあると、で2本あるばっかりに、一回に2匹とできちゃう
嘘かまことか、それらがしめ縄の様にからまって、やり続けてることがあったりするのだそうで
(幼少のころ2本からまってるシマヘビ目撃したことがあるが、あれがそうかな?)
なにはともあれ男は絶倫けっこうだけれど、かるーい気持ちでいたしちゃた女の子に
こんな歌みたいなこと言われたらご注意あれ、巳年とかチェックしたほうが。
君のためなら死ねる 50
五十 君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思いけるかな
藤原義孝
あなたと逢えてやれるのなら、無くしても惜しくないと思っていたこの命だったのですが
一回逢えて思いを遂げた今となっては、これから毎日でも、いろんなこと何回もしたいので、
いつまでも長生きしていたいなー、なんて思っちゃう今日この頃です、僕
誰かとできるなら死んでもいいとか思ったことはないですな、これは漫画だ。
「早乙女 愛!この岩清水健太郎、君のためなら死ねる!」みたいなやつだよね
作中にはないが(ありえないけど)もし岩清水君、愛ちゃんと相思相愛になったら長生きするだろうな
まっ、どちらかというと、この岩清水じゃなくて、1、2の三四郎の岩清水君ぽいな、死ねるリストつくったりして
またすぐ誰かにおんなじこといいそう わかりずらいなー すんません
順番 1
一 秋の田のかりほの庵のとまをあらみわがころもでは露にぬれつつ
天智天皇
秋のたんぼの脇にある仮小屋の屋根は、苫がてきとーに葺いてあって目が粗いので私の袖は、夜露に濡れっぱなしだよ、あっはっは
百人一首は実はいっぱいあって、一般的なのは、藤原定家撰といわれている
小倉百人一首というやつで、それには順番があったりします。
この句はその第一句。だからカルタも解説本も、必ずこの句からはじまって順番どうり進むのだけれど、ここでは無視です。思いつくままなので。
なんかその順番にはある規則性があって、研究者にもちょっと不自然で
なんかの暗号になってるんじゃねーか、と研究してる人がいるとかいないとか言う話を聞いたことがあるので、面白そうだから、誰か知ってたら教えてください。
それはさておき、この句は天智天皇となっていますが、じつは原歌が万葉集にあってどうやら「読み人知らず」な歌らしいのですが、なんでそんな時間に仮小屋に行って夜露に袖ぬらすようなことしてんの、あんた何してたの?てなことのほうが興味深く、美しく言い訳して、ごまかしてんじゃねーの?と愚推するものである。アオ○ンか
お手数かけます 95
九十五 おほけなくうき世の民におほうかなわがたつソマに墨染めの袖
前大僧正慈円
身分不相応に憂き世の皆さんにえらそーにしてるのよ
わがたつそま(比叡山だそうで)に住み始めてこんなえらそうな墨染めの袖身に着けて
パコソン苦手でこんな大それたことしてて恥ぢかしいけど控えめにがんばるわ、という意味
だったりする
■エロいというから 43
四十三 逢い見ての後の心にくらぶれば昔は物を思わざりけり
権中納言敦忠
あなたに逢って一回?(何回も)あんなことやらこんなことしちゃった後の
この一緒にいない時の悶々にくらべれば
逢う前の、あーでもあるか、こーでもないかと夢想してたことなんぞ、なーんも考えてないのとおんなじだったぜ、あいてー、やりてー!
てなかんじ
逢い見るってのは男女が契りを交わすって意味だそうで
これは誰しも実体験がありそうね、あったな。
■逢坂の関 10
ひとつよしなに
十 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関
蝉丸
これがあの、あっち行く人も、こっち行く人もここで別れたり、知ってる人も知らない人もここで出逢うという逢坂の関であるか、
ふーん、ブログみたい
と、初書き込みの感想です
百人一首、カルタで覚えても意味わからん
旅してるとき、行き詰まったとき、あいつとやりてー時、
ふと、本になったそれをぺらぺらめくっているとそのシチュエーションに
ぴったりの一首があったりする
昔も今も考えることは一緒
美しい言葉で、破廉恥な欲望むき出しで、叙情的な趣たっぷりで、読み物として楽しめる現代誤訳?を紹介してみたいです
えらい先生にはしかられそーだけど。