久々に実家に行った。
実家までは電車で30分ほどなのに、行けそうで行けない。
でも、今日はちょっと用事もあったし、思い切って行ってきた。
クーちゃん(ミニチュアダックス)も一緒だ。
クーは電車が落ち着かないのか、お出かけボックスに入れても
キュンキュンないて、気が気ではない。
途中、かごから出して少し抱いてやって
落ち着いてからかごにもどし、なだめながら
ようやく実家に着いた。

父には持病がある。
拡張型心筋症で、難病に指定されている。
ペースメーカーを入れたら良いそうだけれど、
もう75歳になる父には、手術は負担だと思う。
最近は点滴を定期的にしてもらっているらしく、
調子が良いと言っている。
でも、もう無理は利かず、少し動くと辛そうにしている。

父は、若いときは体が資本というような元気な人だった。
言葉よりも体を動かす人だった。
そして、凝り性で、好き嫌いが激しかった。

私は父にとても性格がよく似ていて、反発もした。
自分の考えを譲らず、人に了解なくものごとを決め、
自分が夢中になると我を忘れて一点に集中するところは
本当に父譲りだと思う。
父はいつもそんな私を
「女にしておくには惜しい性格」?と評していた。(笑)

私は自分の好きなように生きたので、心配もかけたと思う。
インドに旅行中、そこで知り合ったインド人と何の報告もせず、
勝手に結婚し、父を驚かせた。がっかりもさせた。
挙句に、2人の子供を連れて離婚した。
その後で、突然インドで暮らすと宣言し、
荷物をまとめて、インドへ移住して、また驚かせた。
その時は日本へは戻らない(一時帰国は別)つもりで行って、
2年半後に、日本へ戻った。

そんなことをしておきながら、
金銭的にはすべてを自分でまかなってきたという自負から
ごく最近まで、私は父の無遠慮で配慮のない言動を心の中で責めていた。
(でも、実際言葉の使い方のまずい父だ)
正面きっては言わなかったけれど、
私の心を分からず、私を傷つける人だと思っていたのだ!

それがある時、本当にある時、
自分の心の中で、一挙に逆転した。

それが父の老い、かもしれない。

時々父が私に電話をかけてくるようになった。
老境の自分の淋しさのせいなのか、
病気で弱った体のせいで、心も脆くなったのか、
今まで、言ったことのないようなことばが父から聞かれた。
自分の病気でいつも不安を抱えているにも関わらず、
私の生活の心配や、十分に援助をしてやれない自分を
不甲斐なく思っている父の言葉に、
私は本当に自分が恥ずかしくなった。。。
本当は私が親孝行しても良い年齢になっているのに・・・。

私は本当に心から、
「もう、いいよ。お父さん。ありがとう。
自分のことは自分で何とかするから」と思った。

そんな父と今日は庭に出た。
父は花や魚、自然が好きで、本当によく手入れをしていた。
人と付き合うのは苦手でも、物言わぬ自然は好きだと言っていた。
でも、今の庭にはもう昔の片鱗はない。

父が全部処分したのだ。
「もう、体が辛くて、世話ができなくなったから」
というのが理由だ。
世話が行き届かず、花が枯れていくのが、
魚が弱っていくのが、見ていられないらしい。
いくつかあった水槽の中の魚も、
鉢植えの花も、全部なくなっていた。

「鉢植えは、みんな鉢から出して庭に投げた」と言っていた。
その庭に投げられた鉢植えの、かにサボテンが花芽をつけていた。

「これ鉢に入れてもって帰ろうかな」と私。
何かが私にそう言わせていた。
かにサボテンはあまり好きな花ではないので、
かにサボテンが欲しかったわけではないのに・・・。

何だろう?
そう、父のこころをその中に見たのかも・・・。

私のベランダで、花が終わるまで眺めていたい、とそう思った。

父がかにサボテンについて何か説明していたのに、
私の中で父の声が遠くなり、
父の顔がぼやけてきて、
一瞬、そう言っていた父をいつの日か思い出すのかもしれない、
という思いが私の中で交錯して、
不覚にも思わず涙が出そうになった。

2ヶ月ほど前、自殺という形で友人の死に遭遇して以来、
私の中で、死とは何か?という問いが渦巻いている・・・。

でも、とにかく、生きている間に・・・、
今、生きている間に・・・。