アルコール依存への扉

大学を卒業し、社会人になった。


その頃はアパレル会社で働き、毎日疲れて

金曜日の夜に学生時代の友達と

飲みに行く、クラブに行く

朝まで飲んで、そのまま仕事といった感じが2年。


ファッションが大好きで、卒業間近で水商売はヤバいから、と、アパレル会社でバイトを始めて、そのまま就職。



だんだんOLの友達と遊んでいるとなんで私は寝ずに仕事してるんだろ。

私も土日休みの仕事がいい!

そう思いOLに転職。



そこからだ。

当時、いろんな人と合コン三昧。

その中で出会った人が芸能系の人で

芸能人がやってる会員制の店や芸能人が来る店に連れてってくれるようになった。



田舎者の私は超浮かれていた。

何者かになったような勘違いをしていた。

言うなれば、港区女子ってやつだったのかもしれない



当然どっぷりハマり、シャンパン飲んで🥂朝までどんちゃん騒ぎ。

そのままその人のタワマンにみんなで雪崩込み、またどんちゃん騒ぎ。



そのうち金曜日の夜は会社終わりに化粧を直し、着替え、月曜日の朝まで飲み続けたりするようになった。

その人は今考えれば、どうしようもない人だったが

未熟な私には凄くカッコ良く見えた。



かろうじて、会社に行ったけれど、気持ち悪くてトイレでゲーゲー吐くことはもはや普通だった。

酷い時は部長に酒臭いから帰って大丈夫だよと優しく言われた事もあった。

会社の上司はみんな優しくて、怒られることはなかったけど、ノリがいいからと良く飲みには誘われたし

二日酔いで休むのも何故か、室長が許してくれた

レベル。

今考えると贔屓されていたと思う。



とにかく都心で飲む事が多かったので、

ついに引っ越しまでした。

東京で家賃が1番高いんじゃないかと言われる地区に



馬鹿だった。

20代のOLの給料で払えるわけない。

そこでまた。週3で夜のクラブ(お姉様がいる方)で、働き始め、2足のワラジ。

休みは会員制の店で飲み狂う。

寝る時間など、殆どない。



どんどんそんな環境で、飲み過ぎて会社に行けない事が増えて。

遂には、逃げるように辞めてしまった。

最低だ。



今考えれば、20代半ば。

もうアルコール依存だったんだと思う。

この頃には二日酔いが酷くなっていた。



そして、馬鹿な私は最悪な選択をしてしまう。

夜の仕事一本にしてしまったのだ。



イベントサークル

キャバクラの体入をしてからというもの



どこか両親に申し訳ないなんて気持ちはすっかり消えて、すっかり味をしめ、大学に通いながら、たまに気楽に働けるキャバをバイトをしていた。



2000年前後は、イベントサークルブームで

学生がクラブを貸し切って、イベントをうつ。

その後は、飲み会🍺でどんちゃん騒ぎ。

というのが当時流行っていた。



事件になったSというサークルもその一つだ。



うちの学校にはサークルとかはあまり無くて




同じ大学の先輩のツテでK大学のパーティーへ行ったのをきっかけに、イッキに世界が広がった。




私はギャルだったので笑

Sではなく、ギャル、ギャル男が所属するサークルに出入りする様になった。




まず、大学生といえば、新歓コンパ


みんなが都会的に見えたし


女の子も男の子もかっこよくみえた。


新歓コンパでは慣れないお酒をサークルのスタッフがコールをふってどんどん飲まされる。


ある日の新歓の飲み会では日本酒の一升瓶の回し飲みがあった。



2次会で階段のあるクラブへ移動



階段を降りている最中に、視界の右上からパアッと

白い光が視界を遮った



途端に、きゃあ!!という悲鳴で


視界が真っ白からカラーになった


私が意識を失って、階段を落ちて、将棋倒しになったのだ。



その後、記憶が戻ったのはクラブのトイレの中


朝5時。


それ以来、私は今でも日本酒を避けている。




それでも、毎夜毎夜、飲み会やクラブに出かけて行っては飲んで踊り、飲んで騒いだ。



毎日最高に楽しかった。



それでもまだ、この頃は何処かで、朝5時の始発で帰らなきゃ。



なんとなく朝5時の始発で帰るルールがあった。



家に帰ると寝て学校に行けないから


一限の出席の為に学校近くの漫喫で寝て、学校に行くこともあった。



この頃は二日酔いも無く、まだ、若さに守られていた



アルコール依存に続く扉をノックしたくらいのところだっただろうか…。






初!キャバクラ体入

そんなこんなで不安を抱えながら…



六本木に降り立った、私と長谷川京子さん似のみきちゃん。



みきちゃんはこっち、こっちと

スタスタ六本木の交差点を渡る。



六本木なんて、はじめての私はオロオロしながら着いていく。



当時はきっと何もかもが緩くて、キャバクラも朝5時までやってるお店も多かったですね。



ギャルギャルしい私でも大丈夫なのかなっと思ったけれど、そのなかなか如何わしいキャバクラはギャルっぽい子も歓迎でした💦



免許証を出し、親バレしないかな…💦

とオロオロしながら、履歴書?みたいな紙に書き込む。



すると他の女の子を連れてきてた、スカウトの男の子が話しかけてきた。



ねえねえ、番号交換しようよ!

俺、前さアイドルやってたよ、知らない?


え?!と思ったが。



どこかで見たことのある

でも…かつてリアルでは会った事もない様なイケメンで。



あ、はい。。と今考えると意味がわからないが

番号を交換した。



じゃあまた、連絡するよ。


と彼は帰って行った。



今じゃ、考えられない事である。



店長に呼ばれて、


店服に着替えろと言われ、

なんだか短いペラペラのドレスを渡された




更衣室がなく、トイレに…と言ったら



ここで着替えろ‼️と言われた。





やっぱり

こういうとこなんだ〜😭😭😭💦

助けて〜💦



と思ったけど、隣を見ると体育の着替えのように

さっさと見えないように着替えるみきちゃん


あたふたと私も同じように着替えた。




今考えると、こんな店、本当にありえない💦

2000年前後はあったのかなあ。。。



仕事は適当にお客さんと喋るだけ。

本当に普通のギャル女子大生でトークとか全然だめ。



でもお客さんは女子大生だからかみんな優しかった




はい、おつかれさん😊


封筒には体入時給3500円の時間分、引く10%分の

お給料が入ってた。



当時、コンビニでしか働いた事ない私は



ええ?!こんなに貰えんの?!

ダラダラ、喋ってただけなのに?!


とみきちゃんに言った。




ねー普通のバイトとかバカバカしくて出来ないよ〜


欲しいものいっぱいあるしさ!


たまに一緒に行こうよ!


連絡すればその日に入れるしさ!


でも、あの店長キモいよね〜!!



とみきちゃんはしかめっ面した後に笑った。




後日、雑誌を見ていたら、声をかけてきたスカウトの男の子が載っていた。



地元にいる時はこんな事なかった。



すごいな、東京。


お金もちょっとお酒飲んで、喋ればこんなに貰える。



東京という場所での新しい、刺激に




もう既に、新幹線のホームで泣いて泣いて別れた

地元の彼氏の事など、薄れてきていた。。