今朝、9時過ぎに、木曜日までには作成しますと言われていた国民健康

保険証が、出来上がりましたと、市役所から連絡があったので、取りに

行きました。

 

表面氏名はきちんと通称名になっていて、裏面表記として戸籍上の名前

が記載されていた(ここまでは社会保険の健康保険証と同じ対応)の

ですが、問題はそのあとです!

戸籍上の名前が書かれているあとに、通称名を使用して保険証を発行する

理由が書かれていて、なんと(性同一性障がいのため)と書かれていた

のです。

 

この記載に気がついたわたしは、担当者の方に、いまそのような表現は

使わないし、性別違和(わたしの診断書には性別不合となっている)は

障がいじゃありませんし、社会保険の健康保険証には、このような記載は

なかったですし、いったい何のために通称名の使用理由を公けにする

必要があるのか、この記載のままの保険証をいただいて帰ることはできま

せんとはっきり申し上げて、対応をお願いしました。

 

すると、上席に確認しますといって、しばらくしてから、市役所の対応

マニュアルには、そのように記載することになっていますと、マニュアル

を見せられたので、いま厚生労働省でもそのような表現はしませんから

今すぐ対応を変えててくださいと、まるでカスタマーハラスメントじゃ

ないかと自分でも思うくらい、ここでは絶対に引き下がれない、この

表記をなくすか、表現を変えてもらうまで、がんばるって決意して、

もう一度再考をお願いしました。

 

するとまた、しばらくして、今すぐにこの表記をなくす対応はできない

ので(お役所ではマニュアルを変えるのに3~4か月かかるそうで)、

表現を「性別不合のため」として、明日までに作り直しますと言われ

ました。

 

いまの、市役所の対応としては、ベターな結論だと思ったし、これ以上

お願いすると、ほんとうのカスタマーハラスメントになっちゃうといけ

ないので、そこまでの対応にお礼を述べて、明日また取りに来ますと

伝えて引き下がりました。

 

どこの役所でも、まだまだこのような対応なんでしょうか。

今日は朝から、お仕事の残務処理で横浜まで往復した帰りで、市役所に

1時間半、きょうも疲れましたぁ、、、、、。

 

先週金曜日、5月31日はわたしにとって二度目の人生の転換点と

言える日でした。というのは、平成3年(1991年)7月に、それ

まで18年間勤めていた会社を退職して会社を設立して、なんとか

今日までやってきた会社を休業した日でした。

苦しくもあり、楽しくもあり、なんとかつれあいと家族で動かして

きた34年間でした。

この日だけは、つれあいとお疲れさまって言い合って、夜に

お食事してきました。

 

で、加えて金曜日でしたのでお注射してきました。90回目で

した。

 

で、6月3日月曜日は大忙しでした。

休業した会社の手続きで税務署や県税事務所を回って書類を提出。

会社休業に伴う社会保険喪失手続きで、社会保険事務所に出向いて、

国民健康保険に加入するために健康保険喪失確認書を提出。

2時間待って、健康保険喪失通知書なるものをいただいてやっと

手続き完了。

 

その確認書を握りしめて、こんどは市役所へ。

市役所の国民健康保険課で、手続き開始。保健証の名前を通称名

にしてもらうために、通称名の使用申立書を合わせて提出。

その場で、保険証をもらえるのかと思ったら、通称名での作成は

時間がかかりますって言われて、また今週金曜日にお注射をする

時に必要なので木曜日までに作成を依頼して、出来上がり次第の

連絡をお願いして、取りに行くことにしました。

 

どこのお役所も時間がかかって、大変でした。

忙しい一日でしたけど、予定していたことはなんとかこなせた

ので、夕方ほっと溜息をついた一日の終わりでした。

 

 

今日5月27日は、ZARDの坂井泉水さんの17回目の

命日です。

 

皆さんご存じの通り、療養中の慶應義塾大学病院にて

2007年5月27日午後3時10分に亡くなられました。

40歳でした。

 

去年は東京六本木の鳥居坂にあるBeingに4年ぶりに

設置された献花台に献花に行ってきたんですが、今年

はわたしの個人的なごたごたで、六本木までお出かけする

気力がなくて、ファンクラブWEZARDの特設サイトから

WEB献花しました。

 

 

お花と一緒に、

「泉水さん、大好きです。あなたの素敵な歌声はいまも

この胸に響いてます。ありがとう」

というメッセージを添えました。

 

今週は、泉水さんの歌声に包まれて、泉水さんを偲び

たいと思います。