昨日1月6日に、当選していた浜田省吾のチケットの発券を開始しますという

メールが届いた。

 

11月28日の当選が確認できたときに書いた記事です。

 

人道支援プロジェクトサポートのためのチャリティーコンサートは1月16日

開催なので、すぐにはチケットはもらえなかったのですが、やっと昨日の連絡

でした。

 

早速メールを開いてみると、浜田省吾のチケットサイトマイページにログイン

して、「チケット一覧」から取得してくださいとのことでした。

 

ログインして、確認すると、QRコードが表示され、入場にあたってはこの

QRコードと、

 

有効とする顔写真付き身分証明書をお持ちの上、ご提示ください

 

とありました。

あーっ、やっぱりこうきたかぁ、、、って思いました。

 

最近のライブとかコンサートのチケットは、以前のような紙チケットを発行

するところは少なく、電子チケットが発行され入場することが多くなっている

のですが、その際に本人確認することがありますくらいで、ここまではっきり

と提示が要求されたことはありませんでした。

聞けば、浜田省吾のライブでは、相当厳しいらしいです。

 

で、わたしのケースになるのですが、当然抽選応募の時から、一貫して女性名

で通しているので、このQRコードにもその名前が記載されていて、さらに注意

項を読み進んでいくと、

 

顔写真付き(もうこの顔写真付きという表現には、ほとほと愛想が尽きる、何度

も書かなくていいよーって思う、、、)身分証明書とQRコードで本人確認が取

れたら座席券を発券します、って、やっとそこでかよーって思いました。

確かにQRコードには、座席番号等が書かれていない!

 

で、さらに、進むと、来場者名と購入内容が違う場合、「インフォメーション

センター」まであらかじめご連絡お願いします。

当日の対応は一切できません、と。

 

これは、いかん、絶対に前もって「インフォメーションセンター」に連絡しな

きゃいけないケースだよ、わたしの場合は、って覚悟を決めて、電話しました。

 

こういう時に必要な、努力と気力と体力と説明力には、

いつも絶対に自信がある!

惜しまない!

 

 

「センター」自体が12時からだったので、12時を待って、電話をして、以下の

ように状況を説明。

「トランスジェンダーで、チケットは女性名で応募して当選しているが、顔写真

付きの身分証明書=運転免許証は戸籍名なので、女性名で発行されている健康

保険証とその裏面記載の戸籍名の2段階認証で本人確認としていただけないで

しょうか」

とお話ししたところ、

「ご対応を上のものと確認して、折り返しお電話差し上げます」

とのことで、待ちました、、、、、、、

途中、一度16時過ぎに、内容の再確認の連絡がありましたが、、、、、

 

やっと18時過ぎに、待つことおよそ6時間、、、

「お話しいただいた内容で、本人確認の対応を取らせていただきます。当日お話

を通しておきますので、入場口とは別の窓口に直接お越しください」

とのことでした。

 

やったね、時間はかかったけど、きちんと対応して頂ける、嬉しいことです。

 

まぁ、これもわたしがキチンと戸籍名を変更して、顔写真付き身分証明書の氏名

を変更できてれば、どうってことないことなんですけどね、、、、。

 

それは、わたしの今年の課題です、、、、、、。

「普通」ってなんだろう?

 

よく、「普通にこうしてるよね」とか「これが普通だよね」とか「普通の人は

こうだよね」「普通に結婚して」「普通な幸せ」とか言いますよね。

 

広辞苑では「普通」の意味として、「ひろく一般的であること」「多くに当てはまること」「どこにでも見受けられ、他と特に変わらないこと」などがあげられています。

 

じゃあ、ひろく世間一般の人の持っている「常識」とはどう違うんだろう?
これも広辞苑によると、常識とは「普通、一般の人が持ち、また持っているべき知識。専門知識ではない、一般知識とともに、理解力・判断力・思慮分別などを

含むとあります。


「普通、一般の人が持ち、、、、」って、ここに「普通」ってまた出てくるんです。

 

なんか、わかるような、わからないような、「あたりまえの」とか、「みんなとおんなじような」とかという意味合いなのかなぁ、概念が大きすぎて、曖昧過ぎて

なんかこうじゃないのかなぁ的なしきりでくくられている曖昧模糊な世界観のような感じ、かな。

 

でも、この「普通」って言葉には、縛られたくはありません。

「多くに当てはまって」「他と特に異なる性質を持っていないさま」がいいこと、当たり前、極論すればそれ以外はダメ、みたいな風潮には納得できません。

 

人は、人、百人百様って言いますし、その人なりの個性が大切って言われてるのに、何か飛び出していると、出る釘は打たれるとか、普通にしてなさいとか、、、

 

わたしの若いころ、といっても40代頃(30年くらい前)には、変わった状態ではいられない、変人扱い、隠さなきゃいけないこと、みたいな風潮があって、もちろ

ん、田舎と都会では認められることが違うという地域差みたいなこともあったんでしょうけど、自分自身をずいぶん押さえつけ、押し殺して、生活していたような感じでした。

いまでは考えられないでしょうけど、、、、

 

自分自身の性自認のことだけではなく、だれを好きになるかでも同じ感じです。

 

「恋愛」という言葉が生まれたのは、諸説ありますが、明治時代に出来上がったと言われてます。

その時代時代で、流動的で変わっていく「恋愛」のような感情を、誰にでも同じようにあてはめることは、とてつもなく無理な話です。

 

男の人と女の人が恋愛という感情をもってお互いを好きになる→家族になる→

子供が生まれる→家を持つ→家庭を持つ

 

という、世間一般に言う「普通」の生活の営みしか認められない世界だとしたら

とてつもなく不毛な世界のような気がします。

 

恋愛という感情も、時代と場所によって変化します。

誰が誰を、どんな風に好きになったって、いいじゃないですか。

 

マイノリティだから許されないじゃなくて、マイノリティでも許される、認めら

れる、じゃないなぁ、、、「認める」とか「許す」って言葉は、誰かに「認めて

もらう」とか「許してもらう」という受動的な感じがするので、言葉が違うと

思います、、、、うーん、どういう表現がいいのか、、、、

 

「普通」の人でも、マイノリティでも、誰の目を気にすることなく自然に、ありの

ままに自由な姿で生きていける、そういう世界がいいなぁ、、、

 

 

 

今日は1月5日。

 

12月29日(木)が最後のお仕事の日だったので、わたしにとっては

今日までの10連休が終わってしまう。

 

振り返れば大みそかまでは、何とはなしに忙しい日々を過ごしていた

んだけど、元旦から、なんとなく具合が悪くなって、三が日はごろご

ろとほんとの寝正月を過ごしてしまいました。

 

元旦のブログ記事に、身内のだれからも新年の挨拶もなく、忘れられ

てしまっている存在なのだと、しょげていたのですが、その後の報告

です。

 

なんと、2日の午後につれあいから「明けおめ」の電話がありました。

わたしから、

「なんで昨日じゃなくて2日なの?」

って訊いたら、

「元旦はバタバタしてて忙しかった。みんなで集まってお屠蘇を頂い

て、おせち食べたりしてたから、、」

って言われて、

「その時にわたしにこととか話が出ることはなかったの?」

って訊いたら、

「出たけどね。」

って、なんだよ、それ?連絡してみようかとかの話にならなかった

のか!って、いらっとしてしまいました。

 

わたしから

「いま具合が悪いのよ、風邪気味で」

って言ったら

「そんなことじゃないかと思ってた」

って、

そう思うんだったら、ちょっと電話してみるとかするよねぇ、、、、

2-3週間も連絡しないで、ほったらかしにしないでさ、、、、.

 

まぁ、そんなに気にもしてない様子で、

「体に気を付けて、一人の生活楽しんでね、折角あんなに大騒ぎをして、

出て行ったんだから」

といわれたので、わたしは、追い出されたんだよと思いながらも、

「はい、はい」

とだけ言って、早々に切ってしまった。

 

それから二日後の昨日、今度は娘から「明けおめ」電話があった。

こちらは2日、3日と仕事(老人ホームで介護の仕事をしている)だった

のでって、

「遅くなってごめんね」

とか言いながら近況を話して、孫二人(高2と中三)とかわるがわる話

をさせてもらった。

嬉しかった、2か月ぶりくらいかなぁ、そして孫たちと話せて、、、、

今度、娘、孫二人とわたしでご飯食べようって、約束してしまったよ!

 

わたしは、自分があるのままの姿で残りの人生を過ごしたいという思い

で、家庭を守り抜くことができず、子供たちとのつながりを形骸化させて

しまった。

家族や家庭は、本来安全で幸せな場所であるはずなのに、わたしにとって

は、わたしを認めてもらえない、心穏やかなには過ごせない場所になって

しまっていた。

それはお互い様ということだろうが、今の時点で向こうは向こうで穏やか

でいられるのであれば、それはそれでベターなんだろうなぁ、、、、

 

前に見ていたドラマの中でラジオから流れるこの曲を思い出してしまった。

 

ロンドンを拠点に活躍するシンガーソングライター「リナ サワヤマ」さん

の2020年の発表曲で、↓ は Elton John をフィーチャーしたスペシャル

バージョンです。

 

 

和訳入りはこちらです。

 

 

この「Chosen Family-選ばれた家族」は、カミングアウトしたことで、

自分たちの家族、友人、コミュニティから追放されたり、自分の居場所を

見失った人々が、新たに「選ばれた家族」として血のつながりはなくても

自分たちを受け入れて、安心と愛と安らぎの場所を見出すという、

LGBTQ+コミュニティに長く存在している言葉だそうです。

 

すべの人に「愛」を!「こころ穏やかにいられる場所」を!