吉田さんは翌日自分の診察日でもないのに、午後7時すぎ、丁度夕飯が終わるころに、「こんばんわぁー」と大声で待合室に上がり、「悟さんいますかー」とよびに来た。
「さあー、ダンスのレッスンをしましょう」と無理やり腕をつかんで「スロースロー、クイック クイック」と始めてしまった。
弱気の私は強く拒むこともできず、言われるままに、ステップを真似して踏む事しかできなかった。
それからは、雨の日も、台風の日も、毎日毎日同じ位の時間にきてはダンスのレッスンを続けさせられた。
一週間位になった時、「蓄音機あるでしょう。持ってきましょう。レコード板を持ってきましたから。」と吉田さんが言い出した。
現代の若者は知らない人が多いと思うが、当時、レコードを聴くには、電動のレコーダーは田舎では未だなかった。
手でハンドルをグルグル回してゼンマイを巻き、レコード板を回転盤に乗せ、ゼンマイのスイッチを開き、回り出したレコード板の上に、音の再生装置の針を置くと音楽が流れ出すという仕組みであった。
大きな火鉢位あり、一人では持てないほどの重さだった。
いよいよ音楽に合わせたレッスンが始まったのだ。