住まいは勿論下宿だった。
最初は大学の学生課が、港に近い千葉市内の寒川の網元が経営するアパート一棟を、丸ごと千葉医大寒川学生寮として借入れてくれたので、そこに入ることができ助かった。
食事も、家主の奥さんや娘さんが食堂で食べさせてくれたので、当時としては恵まれていた。
それでも、「カレーとはかれー物とは知りながら」などと不埒な川柳を詠む寮生もいた。
部屋は6畳の畳部屋に2名で、一間の押入れつき、トイレは外で共用、風呂は銭湯にでかけていた。
2人で居るのでプライバシーは無いに等しい。
私の毎日は、定時の15分まえに教室に入り、前に書いたように最前列に席を占め、教授の講義を一語も書き漏らさないように速記して寮に帰る。
夕食まで、2時間位はとにかく眠る。
夕食後少し休むか銭湯にいくかするが、たまには同級生の部屋に行き議論したり、だべったりすることもある。
9時ころから、その日の講義を速記し自分しか読めない汚い字で書いたノートを清書しながら、自分なりに考えて系統的にまとめる。
この作業が終わると、大体朝の3時か4時となるのでやれやれと布団に入って寝る。
朝は7時に起きて食事をすませてから歩いて大学へ向かう。
自分では分割睡眠法と称して実行していたが、同級で同室のU君にはかなり迷惑をかけたことと今でも気の毒に思っている。