その当時、私の祖父は70歳過ぎていたが、まだまだ元気で外来患者は勿論往診も人力車ででかけ、
その車力のための住居も敷地内にありいつでも診療に応じられる体制をととのえていた。
しかし、膝のリュウマチに悩まされてはいたが、生活の面倒をみる人が居なかった。
彼は妻(つまり私の祖母)に先立たれていたのだ。
そこで私の亡母の母(つまり私には母方の祖母)がきて炊事洗濯等生活面で支えていた。
彼女は、幼くして母親と死別しその顔も知らずに育った私を哀れと思い、娘の代わりに慈愛を目いっぱい注いで育ててくれていた。
今思えば私の一番の恩人である。
「そうだ、おばあちゃまに頼んでみよう」
新座敷にむかって駆け出した。