本を読んでいるばかりではやはり飽きてしまうので、体を動かしたくなる。
その当時も子供たちの一番人気は野球で、まだプロ野球はなかった。
全国中等野球大会は大正時代からはじまっていて、各都道府県ごとの予選から夏の甲子園での全国大会まで大人から子供まで夢中になって地元からの出場校を応援するのは昔も今も変わらない
なかでも和歌山の海草の島投手がピカ一で大人気であった。彼の懸河のと例えられたドロップはあまりにも有名であり憧れの的であった。
自分でもあの球を投げられるようになりたいと、自分なりの工夫を凝らしたのである。
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