「思いつくままの記」
暑い夏ですね。これは残暑ではなく本暑ですよ。
これだけの暑さが続くと終戦の日がまざまざと思い出されます。
昭和20年8月15日
私は江田島海軍兵学校の千代田艦橋前に整列し正午からの玉音放送を聴きました。
その年の4月に入校し、厳しい訓練に明けくれて国を護るため海軍士官として基礎教育を受けていたのです。
その放送は雑音ばかりで何を言われているのか全く不明でした。
教官や1号生徒(3年生=最上級生)が嗚咽しているのを見て不思議に思っていましたが、その後の説明で敗戦を知ったのでした。
心も体も脱力して放心状態となり一番先に感じたことはこれでつらい生活から解放されるな、という感覚的なものでした。
残念ながらまだ幼稚な私はそれ位しか思い浮かばなかったのです。
負けて悔しかったけれど、悲しくて涙を流すことはありませんでした。
それほど、心も体も疲労困憊する4ヶ月半でした。
しかし、この生活が私を別の人間に変えてくれました。ここで学んだことは私の人生のバックボーンとなり、現在も頑張っていられる原動力となっています。
兵学校でのあの辛く苦しい生活に耐えられたのだからこれ位の苦労は何ともないと自分に言い聞かせては、辛さに耐えるワザを身につけてきたのです。
「鉄は熱いうちに打て」と言います。
高熱で真っ赤になった鉄はグニャグニャして柔らかくその時に叩いて形を作らないと冷えてしまってはいくら叩いても形を変えることは出来ないという意味です。
人も若いうちにしっかり人としての基本を覚えさせないと年をとってからは変えることはできないという例えで若いときには「苦労は買ってでもせよ」ということわざもあります。
若いうち心身を鍛えることは、その人の生涯に大きな効果をもたらすと信じています。
私、満16歳になったばかりの忘れられない暑い夏の1日のことでした。
