フィレンツェのドゥオモ前にある洗礼堂
が、残り2つの門については
観光客がほぼゼロ
美術史的にはけっこう残りの2つも面白いのに・・・
ということで今回は
南側門
を特集します



洗礼堂ができたのはローマ時代。
もともとはローマ神話の戦いの神マルスを祭った神殿だったそうです。
満月がかかった洗礼堂
その後キリスト教の普及によりキリスト教の施設になりました。
1200年代、毛織物業で栄えたフィレンツェ。
繁栄を象徴するように大聖堂の建設を着工します。
そしてその一貫で洗礼堂の門も新設されることになりました。
それを手がけたのがアンドレア・ピサーノ。
ゴシックを代表する彫刻家です。
こちらがその門。
1336年にこのレリーフをデザインしました。
当時としては一番立派な門。
ドゥオモから見て正面に位置する東側の門に取り付けられたのです。
続く・・・


前回の記事ではこの東側の門がミケランジェロによって
天国への門
と命名されたことをお伝えしました。
近年、日本の企業の援助によって修復され、いつもたくさんの人だかりです。
が、残り2つの門については
観光客がほぼゼロ

美術史的にはけっこう残りの2つも面白いのに・・・

ということで今回は
南側門
を特集します




洗礼堂ができたのはローマ時代。
もともとはローマ神話の戦いの神マルスを祭った神殿だったそうです。
満月がかかった洗礼堂

その後キリスト教の普及によりキリスト教の施設になりました。
1200年代、毛織物業で栄えたフィレンツェ。
繁栄を象徴するように大聖堂の建設を着工します。
そしてその一貫で洗礼堂の門も新設されることになりました。
それを手がけたのがアンドレア・ピサーノ。
ゴシックを代表する彫刻家です。
こちらがその門。
1336年にこのレリーフをデザインしました。
当時としては一番立派な門。
ドゥオモから見て正面に位置する東側の門に取り付けられたのです。
続く・・・


