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7人の花嫁

和みカフェにようこそ

来週 また雪だって

いいよ
降って くだはれ

人間 わがままで 寒けりゃ
夏こい

暑いと 冬こいって

人間ほど
傲慢な 生物おらんやろ

地球には



国会中継ばっかり

見てると 野次は多いわ
午後からは 寝てる議員は
ちらほら

今日は 安美錦

そして タレント性の高い
豊ちゃんも
黒星


国会中継って
あまりにも
水掛け論が多くて

あくびが出る

相撲中継は

第四次わたしの相撲ブームが
きてるので
いつのまにか
拳を
握りしめてる


明日は 五時に仕事が

終わるから ダッシュで
家に帰らなきゃ


昔 カナダ人宣教師
マックレーン先生も
相撲中継を
かぶりつきで

みていた
相撲には

礼節があると


続きを見なければ


去年の今頃 
派遣から 市の
総合病院の
調理補助の仕事に
つけた


総合病院は
左半身火傷
肺炎  

その他 ブログで
ちょっと言えないって


入院 だけじゃない
火傷や その他いろいろ


健康診断も受けた

病歴も
病院側は
把握していた

毎日 普通の患者さんは
入れない
場所を通って 
集中治療室


はい 嫌ほど 入ってます

医局
病棟に

食事を
運ぶ

配膳
 
病状に
応じて

同じ
料理でも
大きく違う


ここで
自分が しにかかったことを
ご破算にしようと
務めた


ダメだった
格部署に 
食事を配膳 もりつけ
下ごしらえ

まで
耐えられる

でも
何度も この病院に
運び込まれ

死を直面した私

仕事するたびに

昔の
アホなことから

病院に
お世話になったこと
もう 大丈夫

私は 強くなった


ダメだった

院長のオッケーが出たが
そして派遣とはいえ
就職できたが


トラウマで
極度に鬱状態

市役所の 福祉課の方や

いつも行っている

何カ所の病院の先生も
応援してくれたが

ダメだった
怖いし
毎日悪夢の連続


派遣に言う前に
辛いことも
入院 手術  を
管理栄養士に
伝え

もう少し

がんばって見て

との
言葉

このままだと

生きて退院

死んでさよなら の
病院

このままだと 自分は自死する

主治医に
打ち明けた
翌日

申し訳ないけど

と クビになった

弱い私

患者さんは
必死

ここに
気持ちが揺れてる

私 アレルギー制限

術後の 病院食で
ショック状態に
なったら



クビになってよかった
耐えられる心では

なかった

あれから 一年

自分を 責めない


ただ 病院で
働くのは

無理ってことが
わかった


一年    経つと

私には昔ばなし

生きてるって

辛くて

そして


ありがたいこと


今日は いらないものは捨てて

台所 お手洗い 等
掃除をして

風呂みはいり
こざっぱり

金策の用事で
運転して
隣の市まで
出かけた

春は ドカーーンと
お金が かかる   頭痛い

そこへ 新幹線がビューンって

新幹線だって
苦節50年 

おしっ なんかわからんが
元気が出た

笑って 笑って 
キャンディ
キャンディ

と 子供時代の
歌を歌いながら
家路へ

カラスが鳴くからかーえーろー
酒乱のおじいさんがいました
複雑な説明だけど 
父親の
いとこのお父さん
婿養子だけど
いつも おとなしい

そこの家は
私より三歳上の
息子と 事情があって
子供と今は 暮らせない
子供たち数人を 無認可で

預かっていて わたしも
母が 小学生の時
大きい手術をしたので
預けられました
妹は 母方の祖父母
私は 親戚? 
おじいさん 毎日 色紙
スケッチブックに
水彩画を書いていて  

さみしくて お母さんに
会いたい
七歳ごろ おじいさんの

絵をずっと見たり
広告の裏紙の白いとこで

落書きしたり
でも
相撲が終わって ご飯のころから
くもゆきがおかしくなって

包丁もって暴れ
いつも
他の子達 と
斜め向かいのご近所に

避難


なんで それを 思い出した

昨日 のみすぎまして

ただいま 脱水状態に

のんだら 楽しくて
哀しくなる
お酒なのだ

はい 御陽気に

会社で 若い時
ほとんど 飲めなくて

でも その場を 盛り上げようと

宴会部長って 
これも 自分を
偽って 生きていた
時代の
なごり

おじいさん 

水彩画  酒

水飲んで

酔いさまさなきゃ