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7人の花嫁

和みカフェにようこそ

私の家から あるいて30秒
いや 私のあゆみだと38秒でスーパにいける

いい環境

そこのスーパーは三年前までレトロ感まんさいの
ホテル ちょうど 家のベランダから 桜 雪景色 しかも
ホテルのライトアップ
 
塀に絡まったツタ ミモザ もともと
麻を作る会社だったらしい

戦前からあって あるときは倉庫で
軍事用の飛行機をつくっていたという
話もきいたことがある


和食 イタリアン フレンチ バー
あまり 行く機会は なかったが
夏には そのホテルのホール
結構式場のフロアでビアガーデンがあり

シマリスや わたし 隣に住んでいた
女性 美人 男の子二人のシングルマザー

は 数回 うちのアパートの 大家さんに
御招待してもらって その バイキング形式の
ビアガーデンに招待してもらっていた

小学生だった 子供達

まだ 女性ホルモンがでていた 私達


そのスーパーの話から 飛躍してしまった

いつものごとく

南の ベランダの カーテンを開くと
夏は いかにも洋館という ホテルの裏側

冬は 雪が舞い散って ライトアップされて

よく 死にたい病だった私の 心の癒し

夏は 遠くに 花火大会が見えた

もともと銀行の社宅だったので
ベランダは 広いし 収納スペースたっぷり

いつも 引っ越しばかりの わたしの人生で
かなり ベスト3にはいるぐらい
このアパートにすんでいる

今は そのホテルもなく スーパーや
大手電気店 チェーン展開 王将 コメダコーヒー
靴や 等々ほかにもあったけどしらない

のショッピングゾーンになった

冷蔵庫が 隣にできたとおもえばいいさ
だって便利なんだもん

と 思ったけど
こんな 雪の日は

いつも カーテンを開けて その風光明媚な景色

式の景色を 眺めていた時が なつかしい

便利をとるか 情緒をとるか

あなたはどっち

わたしゃ うーん 両方 

か オール オア ナッッシング

ナッシング ナッシングだって

あのフナッシー 汚れすぎでない?

替えとか クリーニング だせばいいのに


と 今日も ひきこもり

だって雪が コンコンじゃなくて


ゴンゴン ふっているんだもん
雪が降って嬉しいのは
スキーする人と

犬でしょう


今日は ずっと 部屋に
引きこもり

お手洗いに いくだけ
だって 寒いし
前倒しで 成人式で
外は 若者で あふれてる

50歩も 歩いてないかも

昼寝もしてない
ご飯も一人だから
つくらないし 食べんし

デモしっかり飲んだ

トリックも
見たわね

久しぶりに アメブロじっくり
みたら
懐かしい人から いいねが
ついてて すごく嬉しかった

元気だったんだね よかった

そしてずっと 気になってた

ブロガーさん 女性

美女で おもしろくて

いつも人様の コメント欄で
ジョークのセンスがある方

アメブロを 退会されてた
どうやったら できるの?

というか かなり ショック


本気でいつかあえると 思ってた

オリンピックに 三人で
会って お酒も 呑めるって


あきらめきれない
喪失感 で エゴだね

事情が あるからから

なのかもしれないし

相手は 女性だけど
片思いだったのかな

じゃけん 悲しかー


元気で おってえ

わたし 社交家でもないし
言葉 の 地雷踏みまくり


でも 忘れないよ

元気でって 本当は

どういうことが 元気でなんか
わからん

わからん
下世話な話で 申し訳ないですが

いやはや 私 11月生まれの 生粋の
丙午であります

若い方たちは へっ と思うかもしれまへんが

みんな この丙午の女子が 大変癖もんで

男を 夫を 食い殺すとか
伝説なのか 言い伝えなのか

知らないが  みなさん 昭和41年に 子供が産まれないように

調整していたらしく 人数少ない

私は 受精したときから 午年 丙午で
あることを 誇りに思っている

たしかに 波乱万丈の人生で

たぶん 私だけですか?
という 経験もあるけど

神様 仏様が 私に 娘二人を 送ってくれた

実は私 こういっちゃーなんですが

子煩悩でもないし
B型 さそり座 丙午 で

けっこう 大胆で神経質 

意地悪で 浪花節
みたいなー

かわりものの 自分が大好き人間
自分が大好きで 大嫌い

最近 思う

なんで ブログを 更新しているんだろう   って


パソコンの調子悪し スマホは よくわからないし

やめちゃえ やめちゃいなよ
そんな 人気ブロガーでもないし

止めたって だれも 気付かないさ

ハハハ なんて 思うけど

当初の 世のなかの不条理をぶったぎる?

と 勇ましい ブログでも ないし

でも今日 そう

今日2014

1月 私は こう感じた こう思った

こんな人と ネットでつながったという

自己満足の 日記だから


今日 感じたこと



思ったこと   細く長く

続けたいな

と コメントをみて

思った



と 日記には 書いておこう

龍角散

  えっ きもいですか

じゃ 心のタッチで


富山県 福岡町

今は 隣の高岡市と合併したが

もともとは 独立した 町だった

この地は 金沢に近いと言えば 近いが

きれいな地下水 川 野山
で 穏やかで やさしいところである
あの おくりびとでアカデミー賞をとった
監督さんもこの町出身

本題 私が 高校生の時
今もあるが 宣教師館が あった

そこにはカナダ人のマクレン先生と
アメリカ人のベンダ先生ご夫妻が
暮らしており


高校生のちょっと変わったわたしにとって



パラダイスみたいな 
いや 憩いの場であった

日本在住40年以上 戦後間もなく来日

宣教師活動の最終章は お二人にとって
福岡町が 最適であった

昨日30年以上の友達の理恵ちゃんから
メールで マクレン先生
天国に行っちゃったよ

わたしは 本当だと思う

本当に天国があるなら 間違いなく

マクレン先生は 天国に行ったんだと思う

ここんちのリビングや 和室でいったいどのくらい

高校時代過ごしただろうか

常に 外国人が いた

いろんな国の人が ここにいて

わたしはマクレン先生に留学したいことを
告げたのも この家であった

シアトルか バンクーバーがいいでしょう

というのが 先生の 返事
日本人も多いし 割と治安的にも
いいという 先生の
判断

結局私は 留学しないで
白い馬に乗った王子様ではなく

黒いゴキブリみたいな スポーツカーに
のった 王子様の
ところに お嫁にいった

23年前 2月4日
赤子の長女を連れて 夜

吹雪の中  車で 真っ先に
向かったのは
実家でもなく
私の 心の両親といっても

過言ではない 福岡町の
マクレン先生のところだった

そう わたしは 嫁ぎ先を飛び出してきたのだ

もう疲れた 23歳の私は 泣きながら
ただただ

これからどうなるんだろう

と 泣くだけの私を 長女を

ずっと 抱きしめてくれたのは
お二人


嫁ぎ先でも実家でも私たちがいなくなって

大騒ぎ 結局  半年の別居 調停をへて

離婚になったわけであるが

悔やまれるのは その元夫と

一度も離婚の話を させてもらえなかったということ

携帯もないし

各親が どちらも譲らない状態

先生 ありがとう カーネルサンダースに

似た くまみたいな 方

天国でお会いしましょうと

言いたいが

私は どうやら
違う方向に 行きそうなんです


グットバイ  マクレン先生

ありがとうございました