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7人の花嫁

和みカフェにようこそ

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私の携帯 この子とは
相性が悪い と 思ってた

今日から この携帯に
名前をつけようと思いま~す

えーと 
日本には物に神が宿るという

携帯の神よ
我に ご加護を

ルンルン
ニュースで 京都大阪兵庫

んで 富山 大雨 土砂災害 警報だって

 
私 ヤフーで調べたら

大文字焼きというより
五山送り火って書いてあった

保ェーしかも今日 だって
雨ねぇ 楽しみにというか
この送り火って 言葉に
ぐっと きた
 
明日は 私の祖父の えーと
ほれ ど忘れ 最近多い

命日 だった やっと 思い出した

朝から暑くて 母親と タクシーで
病院に向かった あの朝

まだ息があるのに
母と私が 号泣して
一旦 病室から 祖母や 伯父に
部屋を出された 
最期まで耳は聞こえるんだから
そんなに泣くなと
私にとって
おじぃちゃんがすべて
両親よりも誰よりも
恥ずかしい話しだが
泣きすぎて
お通夜はでたけど
葬儀と斎場は 高熱で
出れなかった
親戚 親 も 本当にこの子は

泣きすぎ しかも葬儀にも
出れない私に 呆れてた
送り火か  もう 30年近く経つのに

祖父も 伯父も
高岡銅器の職人
いつも 仕事場で
遊んでいた私
母がよく実家に帰るから

よく 恵比寿さん 大黒さん 
ねまり牛のおじいさん
とかの いろんな工芸品が
祖父から 実家に
送られてきたけど
私は 銅器って 重いし 
これ 夫婦喧嘩の
凶器に なるじゃんって
思ったり  

仏具もよう作ってたなー
工芸品じゃ 生活できないもん

この県ほど 仏壇にお金かける
のは なんでやろか
だいたい 遺骨の一部を
お西 お東 とかいって
京都 本願寺に もってくもんね

私は いいや 戒名も
いらない お葬式もいい
でも 黒田官兵衛の本によると
彼は キリシタンのお葬式を
したあと 息子長政が
仏式の 葬儀もしたって

もしかしたら お葬式って
残されたもののために
あるのかも

あぁ お昼寝しようと
思ったけど

ミーちゃんと 遊んでたら
眠くなくなったわ
今日の夜 晴れますように
五山送り火を いろんな思いで

待っている人が たくさんいる
らしい
今年の春まで
娘のアパートから
山がみえて
よーくみたら ハゲてる
山が    なわけなくて

なんか 木が伐採されている

車で 市内を ぐるぐる
私の嫌いな 片側4   とか  5車線

の 大きい道路だけじゃない
小路とか 毛細血管みたいに
あって  風情がある   のねー
観光なんて できなかったけど
買い物 で 京都市内ぐるぐる

有名なお寺とか 観光スポット

には 行かない でも 京都 盆地

って 改めて思った 
山が 火で 文字か
テレビでしかみたことないな
大阪に 住んでいた時
京都 兵庫より
奈良 生駒山 平城京に
よく行ったけど

もしかしたら 京都の大文字焼きって
お盆の 今の時期なんかね

来年は みたい  

と ブログに書いておこうっと

そうか 京都競馬場
阪神競馬場にも
行ける

でも 最近 あいかわらず馬は
好きだけど

競馬のけのじも
考えない
しょせん ギャンブラーでは
ないということね


尻切れとんぼ の
さっきのブログ

平和に感謝と 日本に生まれて

よかった  瑞穂の国

日出づる国

まだまだだぁね
と 思ったのは 

今日も 仕事で
また 新たな気づきが
あったってこと

年をとると 
世の中 所詮 そんなもんと
思う  諦めみたいな

でも 若い子 自分の子供ぐらいの
年の子に もっと 肩の力ぬけばいいのに

って

あー  もう 毎日
勉強っていうか 自分の
未熟さに
うーんとうなる


補足

娘 シマリスは
 たしか 美容学校という

ところに いったはずだが

なんかね 技術的には
アイラインのひきかたも
おおおって感じ

でもなんかね 変


あなた まだまだだねと
心の中で思う

なんかね 品がないんだけど

たかが化粧 されど化粧

えっ
 化粧しない人 発言権無し?

へへへ

平和だね
今日は 遅番の仕事だった
目覚めはすこぶるよかったが
昼からは雨 雨 雨

外国に 恋こがれ 
ほんきで 中学生から
何年間  国際結婚する気
だった私

米国 欧州 東南アジア 
絶対 運命の人は 外国人

って
結婚したのは
日本人
くくくぅ 
笑ってしまう
あんなにも異国の文化に

憧れていたのに
30半ばにして 
日本に恋い焦がれ

戦争のせの字もわかってないのに
この日 いつ頃か

涙する
うさんくさいが 
年齢を 重ねるごとに
日本を 感じ 知りたいと

思う