7人の花嫁 -115ページ目

7人の花嫁

和みカフェにようこそ

わたしの
拙い
誤字脱字 意味不明
むこくせきでありながら
右寄り

真摯に コメント なりして
いただいている方には
私をもっと見て  
じゃないが
その件について お返事させて
もらっていまして
一年間 某NTT
との確執でスマホオンリーの
ブログ生活

反映されないコメントは
技術不足です

いつも
みてまーす
面白いブログですねー
また訪問しますって

わたし
面白いブログじゃないです

もし  

わたしのメッセージや
コメントが

届かなったら
綱渡りで
ブログやってます

インターネットが認知されないとき
夫婦と数人のスタッフで

20年前 会社を
立ち上げました

ネットで助けられる

傷を受ける

経験

ネットは人類の

パンドラかも

のっけから失礼

クタクタに
ボロ雑巾のように
家に帰って

テレビつけたら

北陸三県
石川は百万石やさかい
一位
じゃ二位
富山か 福井か

って

アホくさい

日本の心の象徴
富士山 静岡か山梨か
どっちも素晴らしい


千葉と埼玉
栃木 茨木 あー群馬


どこがいいかとか


もう
いい加減にして


東京
神奈川は別格

で?
なんなん?
私の思い込みだと
前もっていうが 

関西の人は 他県をええやん
気にしてないと言えば嘘

というが
地元がいっちゃん最高と
プライドをもってる

あえて もちゃもちゃいわん


奈良の人は
どっしり構えて 京都は

古い文化をあたらしいモダンに
変えても
芯は変えへん

大阪では 言うたもん やったもん
勝ち

兵庫は なんてゆーか
奥が深く 神戸と 
丹波では
まるっきり 違う
滋賀だって 天下人の
愛した土地

お国自慢はいいが
北陸三県で
だんとつ
金沢  
金沢ちゅ県ないしね

でも
テレビで富山 福井も

金澤あるから 石川に
負けてるって

もっと

自分の県に誇りを

持ちなさいよ


と いうより

日本人
もっと自分の国の
いいとこ
素晴らしいこと
誇りに思え
日本いいよ
平和ボケ

でも 犯罪だって

なにが インターネット
何がインターナショナル


深夜 オバハンは 吠える

あー
疲れた
今日は眠れますように

風邪で寝不足

機嫌悪い
更年期   ディベートできる
知識を磨け

あー私のことね

渡来人

この言葉 歴史の教科書で知っている

1987 1986 年 ソウルオリンピック前の
ソウルに社員旅行で行った

私は 朝鮮半島に
興味がなく

米軍がよくいくイテェオンとか
勝手に遊びにいった

ソウルはオリンピック前で
建設ラッシュ

田舎者だから
ブランドものの免税店 
とかより

皮製品 コート ジャンパー
靴 翡翠より

日本でもいつか買える

洋楽のレコード

レコード なんと 懐かしい響き
キムチも食べれない

本場なのに

ハイアット泊った
ビールは なぜか ハイネッケン

ドイツ


韓国の 醍醐味は
チマチョゴリをきて
宮廷で写真を撮ったこと

昔 渡来人  といえば  インド
中国
朝鮮半島
日本へ

仏教 文化を 伝えてくれた
国々 いわばエリート

渡来人は 尊敬され

今では ブームはさったのか
さっぱりわからない韓流ぶーむ

在日 ヘイトスピーチ

富山にいると
そういう話題は ほとんどでない
大阪移住を決めた時


次女の担任から
大阪では 副読本で
在日外国人 部落差別の
問題意識に必ず
ぶつかりますから
と 念を押された

はーーーーー
ぐらいにしか思わず
実際 大阪では 困わく

正直 私は あの人 在日外国人 

部落という差別も
口の固い県民性 
ゆえか 話題にも
のぼらない


もしくは 在日外国人のこと 30代まで
考えた事なし

娘たち 二人

結婚という 二文字が
出た瞬間

渡来人は素晴らしい

でも 相手が在日外国人
中国や
 ほかの 私が 普段フェ❓って
思っている国の方と
結婚したいと言ったら
オッケーって
言えるのか

幸せ
 
幸せなら言語 障害 皮膚 目の色
生い立ち  


関係ないよ

もしかしたら

わたしだって
生粋の大和民族ジャパニーズじゃ
ないのか?

大和民族 混血?



知らない事が幸せ

という事もあるが
じっくり テレビ見ない

中途半端な知識だけの
私は 日本とは
大和魂とは

戦後 70年の節目で

いまだにパッシングされるのは
なぜ?

中途半端な年齢の

勝手に 勝手に  

憂う


二三日 咳で
咳き込むたびに
涙が ちょろっとでる
胸は まるでカスバの女ように

砂漠化し
現在咳止めが効いてくれて
おさまった

収まったが
 今度は
 花粉症なみのくしゃみが
すごい

もう今日は 夜九時に
帰ってきて
今頃 ぐっすり
スヤスヤ
オーロラ姫のように
ねているはずが
くしゃみで 眠れない
今から 相撲ダイジェストでも
みようかと 思うが
気力もない
いったい 何回くしゃみしたか
正の字で 記したいくらい

しかも くしゅんとか
くちゅんとか
松島ななこさんみたいな
かわいいくしゃみではなく

猫も 眉をひそめるくしゃみ

マスクを濡らしたり

あの手この手で
模索しているが

一向におさまらない

もしかしたら
もしかしたら
世の中の男が
私のこと
噂してんじゃないの~

って お笑いボーカルコンビを
パクたいくらい
くしゃみのたびに
ミーちゃんの
迷惑そうな顔

このくしゃみを聞いたら
100年の恋も冷めるぐらいの
レベル

あーーーーーー
どうしよう

もう一回
薬をのむべきか
それとも
部屋を暗くして

ずっと鼻をつまむべきか
あーくだらん

実に くだらん
昔まだシマリスが生まれる前に
うちの家族 三人
親友のりえちゃんの
家族三人 
長女は四歳 
りえちゃんの息子は
二歳ぐらい

古びた遊園地のある
ところに 遊びにいった
もう 絶対 乗りたくない
ジェットコースター

浅い池
100円で動く 乗り物

絶対 私たち親四人が悪い
話がはずみ
チビっこ2人 池の
周りで アメンボを見ている

ちゃんと
見ている
と 一番親歴ベテランの
私は
思ってた

ボチャン


りえちゃんの息子は池に
落ちた

りえちゃん 走れない
股関節の問題で
わたしとあと 男二人
同時に
池に辿りついたが
親である りえちゃんの夫は
気が動転して

目で おれ どうしよう

って訴えていた

ええい
この アホ と
思ったか わからないが

私が飛びこんだ
正義感とかそんなもんじゃない
確かに
彼の目は 泳いでた

意識もあったし
すぐ 大学病院にいき
家に戻って
お風呂に二人で入った

男の子産んだことはないが
愛おしい

今では 足が不自由なりえちゃんと
二人ぐらし
福祉の大学を出て
お父さんに似て背が高く

いい青年に育った
りえちゃんと 周りの人が
本当に 大事に育てた

私があの時 池に飛び込んだのは

本当に 救命 とかじゃなく
親心に近い

反対に
りえちゃん うちの娘たち
特に 長女を
我が子のように
接してくれた

あの 二人も 今では成人

ニュースで 介護職員の
給料があがると 言っていた

私の妹も
介護福祉士

私は 自分の面倒も

やっと

よかった  と 思う

自分がどんなに 
がんばっても
できない 物事
 職業があり
適材適所

私は 模索しながら

それでも 毎日 できることを
こつこつ

地味に やる

でも いつか 何かの変化の

予感と希望

その前に
 風邪治さなきゃ

毎年 私は

成人式

と ブログには
書く

だって そう思ってんだからねー