大した話ではないけど、1時間前に起きた出来事の話をする。

お風呂入って髪を乾かしたあとに、しーんっと静まり返った部屋でやけに赤ちゃんの泣き声がギャーギャー聞こえることに気がついた。
え?何?外?どこ?それとも猫?って思いながら思わずベランダの窓を開けてみたけど一切聞こえない。
全く静かなの。
で、確認終わってまた窓を閉め切った部屋にいると聞こえてきて。

なんだったんだろ。
こんな経験初めてだな。
なんでもないといいけど。

気にしないで過ごしたらいつの間にか聞こえなくなってたんだけどね。

23時の不思議な体験でした。
眠れないな。
というか、当たり前だ。
何も予定がないからという理由付けで、日中の虚しさを感じたくないが為に日中は日を浴びることをやめて寝続けてる。

直さなきゃと思うものの、根本から思ってないから直す気が真っ当にないからこうして怠惰な日々を続けてく。

何やってんだか。

もう起きてよう。
今日は歯医者だ。

ここでカミングアウトしようかな。
ブログのテイスト少し変わるけど。
ある意味整形に近いことをすることを決めた。
長年悩んでいたことに向き合う。
終わってからカミングアウトしようかな、やっぱり。
でもかなり数年後だな、打ち明けるとしたら。
勇気が出たら突然言い出すかもしれない。
いまは...いいや。

書きたいことがあっていま書いてるはずなのに、いざ書こうとすると消えてく。
何が書きたかったんだっけな。


なんかふと、また恋がしたくなったの。
でも私は恋ができる状態にない、実際。
焦らなくてもいつかまたできるよね。
目につくところ、みんな恋してる。
当たり前のように彼氏がいるという状況に出くわす(SNS上でね)。
というか、私がいま恋がしたいと強く思ってるせいで普段は気にしなかったことが気になってるだけなんだろうけどね。笑える。

もぅ!私を愛してくれる人なんていないんだ!!ふん!!って思う時期を乗り越えつつある。
いつか恋ができたら今度はちゃんと1番に愛してくれる人がいいね。
いままで2番手だったから。
私って見る目ない!とか思ってたけど違うんだよね。同じ周波数で出会ってるからその時の自分の発するもので引き寄せあってただけだから、ダメな人と出会ったなら自分もまたそうなんだ。

まず、私は誰かに愛してもらうという"〜してもらうという"考えを捨てなきゃいけないな。
見返り求めず愛するということが出来て、ずっとできていない自分を愛するということを一番にできないといけないなっていままでの恋愛の中で経験で気づけたよ。

気づけたからこれからは気づいたことを元に、私は変えていきたい。

やっと感謝するような気持ちがでてきた。
いままでの相手と思い出に。

コノヤロー!
ふざけんな!!って思いが強かったけど、違う。

時が過ぎ落ち着いて冷静に考えられるようになった時、時間があったからこそ経験に変えて辛かったことも楽しかったことも思い出に変えられるように出来たんだ。

ありがとう。

嫌いな駅が増えていったんだけど、これもまた気にならない日が来ればいいと思う。
無職になってからというものの、特に予定がないから生活リズムが狂っていて深夜活動して日が昇る時間に寝るっていう本当にクズな生活をしているよ。

どこかで直さないととは思うものの、日中は悪いことを考えてしまうからそれに逃げるかのように現実から目を逸らすかのように寝てしまう。

クズとはこのことだと思う。

夜は夜で暗いから死にたい気持ちでいっぱいになって側から見たら"廃人"のようにどんよりした姿で横たわっている。
だったら早く寝て起きれば良いって言われたとしたらごもっともでぐうの音もでない。
寝ても覚めてもさ、頭の中は死ぬことでいっぱいなの。
どう死のうかってばっかり。

原因は2つあるんだけどね。

1つの原因に対しては、これは本当にどうにかしなきゃいけない。
やっと気づいた。直さなきゃいけないなと。
これがいちばんの要因にあってこれをどうにかしない限りは自分の首を締め付けたままだろう。
対策を考えなければいけない。

解決次第ここに記すかもしれない。
分からないけど。

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話は変わって。
特殊な家庭環境で普通の家族とは違っていた。
みんな其々にいろんな環境があるとは思うけど。
だからなのか私は愛された記憶がないんだよね。
きっと親なりに愛してはくれてたと思うんだけど。
写真を見る限りではちゃんと愛されていたと思われる。
だけど、私が求めているときに”愛は与えられなかった”という記憶の方が強くて脳裏にいまでも焼き付いて離れないのは精神的虐待と身体的虐待をされたこと。
親からしたら何言ってるの?こっちだって大変だったんだから!って言うんだ
子どもなりに”私なんか生まれてこなければよかったんだ”なんて思い始めてそんな思い、いまでもある。厄介だよな。
自己肯定ができないの。
しないんでしょ?自分に自信持って!
とか何も知らない奴らが言ってくる。
私の何を知って軽々しく言ってくるのかな。

大人になったいまでは、少しは愛されてたんだなと思えるようになったんだけどね。
ただ心から親に対する感謝ができない。
産んでくれてありがとう!なんて思えない。
寧ろなぜ産んだんだと恨む方が強い。
ここまでしてもらって当然言える口なんて無いんだけどさ。

嬉しい楽しい生きてて良かった!なんて記憶よりも辛い記憶の方が強くて。

この歳で親孝行みんなしてるのに、情けない。
口で言うばっかりで行動が伴わないのも。
ごめんね。


孫も見せられないどころか恋人すらいない。
7月に書いていた人とはもう既にお別れしていて、辛い期間を超えいまに至るんだけどね。
辛かったけど離れてよかったと思える。
一緒になったとしても絶対に幸せになんてなれないから。
待っているのは絶望だけ。

気持ち悪いことを言うが、消し忘れていた地図にマークした相手の家の表札を、立派な家に住んでることを目にしてショックはしなかったけどちゃんと父親しておくれって思いながら地図マークから消した。供養したわ。
南無🙏

と言いつつも、いや、なんでもない。
















死ぬ前に一度足を運んでみたいなと思うところができた。
そこに行くまでは死ねないな。
そこに行ったらもしかしたら気持ちが変わるかもしれないから。
 

そんなことを徒然に思っていた。

書いてて後で読み返すと本当にまとまりのない文章、思うがままに綴るだけ殴り書きのような文ですみません。

いつかちゃんと起承転結のように綴れたらいいのにな。


また今日も何かを考え耽けるんだろう。
そして死にたい気持ちと闘いながら生きるんだろう。

日本にいますぐにでもこうやって死にたいと願う人の命が無駄にならないように、臓器を提供したいと申し出た人が認められて自殺が認められたらいいのにって思うよ。