困ったな。

どんどん好きになってゆく。

あの人のことばかり考えている。

会えない日が続いて会いたい、会いたいと思っていると、

ついに夢にまで出てきた。

 

不思議な夢だった。

夢なのに、まったく時間が飛ばないし、

破綻がどこにもない。

普通にあの人が訪ねてきて、数時間一緒に過ごして、

一緒にどこかへ出かける。

すべてのものに色や音やにおいや手触りがちゃんとあって、

何もかも、今でも鮮明に覚えている。

夢を見たというよりは、普通に一日一緒に過ごしたようだった。

 

変な話だけれど、好きな人がいい感じで夢に出てきたのは初めてだ。

好きになりかけた人と将来分かれる正夢を見たり、

元カレが何かのお告げをするために出てきたり

変な夢はいろいろあるのだけれど。

 

うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき 小野小町

 

そうですね。夢でだけでも会えると嬉しいです。

昔の日本人は、こちらが思っているから夢に見るだけではなく、

相手が自分のことを思って夢に出て来てくれることもあると思っていました。

だから、余計に嬉しかったのでしょうね。

それに、その考え方はまんざら嘘ではないのではないでしょうか。

昔の人は「魂が憧れ出ずる」ことがあると思っていましたが、それは今でいう幽体離脱?

あるいは念を飛ばすこと?

夢の中でハイヤーセルフ同士が会うこともあるようです。

スピリチュアル系の人にとってはアルアルのお話では。

 

明日もあの人には会えないので、今晩は夢で逢いたいです。

いくら好きでも、いくら好かれていても、今は踏み出せない事情があるので・・・・

 

 

 

 

私はどんどん痩せていく

頬がこけ

顎がとがり

鎖骨や肩甲骨の後ろに手が入るようになり

あばら骨が出ている

目が落ちくぼんで目と眉毛がくっつき始めている

でも、誰も何も言わない

触れてはいけない話だと思うのだろうか

それとも気づいていないのだろうか

あるいは、気づいていたとしても、まったくどうでもいいことなのか

今日も言われることは「お人形みたいね」「きれいね」

 

人形じゃないよ、心があるよ

きれいじゃないよ、ボロボロだよ

こんな痩せこけてフラフラなのが良いわけないじゃないか

 

ああ、誰かに気づいてほしい

大人なら他人に幸せにしてもらったり心配してもらったりすることを望んではいけないことは知っているけれど

だれかが、それダメだよ、食べろよっていってくれるまで

たとえ死んでもいいから痩せ続けたい、と思ってしまう

甘えたい

子供のころに甘えられなかった分、

今になって甘えたい思いが噴出している

 

 

Hat man sein warum? des Lebens, so verträgt man sich fast mit jedem wie? (オリジナル)

(英訳)He who has a why to live for can bear almost any how.

Friedrich Nietzsche

「なぜ生きるかという理由があれば、どんなことにでも耐えられる」

 

『偶像の黄昏』の中のニーチェの言葉だ。すごくシンプルで当たり前のことだ。

何かに人生をかけているとき、人は輝く。

夢のため、恋のため、神のため、信念や信仰のため、大義のため、社会の役に立つため。

それを生きがいだと信じ、自分の才能を信じ、自分が役に立っていると信じ、愛する人を幸せにしていると信じて。

でも、その信じていることが運命に裏切られることもある。

人は人生の目的を見失い、自分の存在意義を疑い、絶望する。

「なぜ生きるか」が失われた状態だ。

 

初めから、そんなものを持たずになんとなく生きている人もいる。

ただだらだらと。そういう人はたいてい愚痴っぽくて疲れやすい。

 

どっちもあまり望ましい状態ではない。

たとえまた挫折するかもしれないとわかっていても、

生き生きと存在したければ、また「なんのため」を持つべきだ。

命を懸けられるものを見つけるべきだ。

自分の存在理由、生きる意味なんてものは、自分で作らない限り無い。

探すものでも見つけるものでもない。

 

自分でこれに命を懸けるんだと決めるしかないんだ。

このブログ、「なんのため」を見つけるためのブログにしようかな・・・・。

 

あなたは何のために生きていますか?

ぜひコメントください!!