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過去に傷を持つ5人の女たちの”起業”(ブログ終了)
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過去に傷を持つ5人の女たち。
ある時、個々のひらめき5色がやがて10色となり50色となり、それらが融合しはじめた。
どうする?叶えていくには起業しかない!
・・・と始まるおもしろおかしいすったもんだ劇。
もう笑うしかない。
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おそらくこのブログは、「YOU」こと私だけが、続けるしかなくなっちゃいました

新しく自分のブログを立ち上げよっかなーとも思いましたけど、
めんどくさいので、このままで・・・でへ
ブログのタイトルだけは、昔使ってたものに変更~
「necoのなわばり」です
blogがまだなかったその昔、手打ちで作った自分のホームページに、
日記のCGIを導入して・・・
こういったブログのようなものを、日々、ツラツラと書いてたっけ
あーなつかしぃー

知らない人からのお返事やコメントもらって・・・
いやー、あの頃のオフ会で知り合って、今も友達でいる人もたくさん
facebookは、イマイチつまんない。
名前を出してないから、フリーに書けることってあるじゃない?
問題になるようなことは書きませんが、
自分のニュートラルの位置で 書けますもんね
あの人が見てるから、あの人寄りに書かなくったって、いーもんネ
エヘヘ

[riezo]
うっしっし~!以前我々が応募した「フジサンケイグループ女性企業家支援プロジェクト」の
一時審査通過通知と、事業計画書の書類が届いた!!やった~!!このプロジェクトに入賞できれば、
企業支援金として賞金とフジサンケイグループのバックアップが得られる。
私たちの夢がまた一歩近づいてきた手ごたえを感じた一日でした。
mamやrumiの案に対しても同様の書類が届いたみたいだし。
我々のこのインテリジェンスを集結すれば、どんな事でも出来そうなそんな気すらしてくる。
そう、私はかなりのポジティブシンキング。常に前へ前へと考えてしまう傾向にある。
考えるより先に行動。石橋は叩かずそのまま突っ走って渡る。故、後悔する事も多々…
アメリカでのスノーボードキャンプの通訳の仕事も始めはそうだった…毎日毎日日本に帰りたかった。
我々ハイカスケードスノーボードキャンプ(以後ハイカと略)スタッフを乗せたノースウエスト機は無事
サンフランシスコに到着し、その後USエアーに乗り換え我々の最終目的地であるオレゴン州ポートランド
に向かった。
ポートランド空港で荷物をピックアップし、迎えに来てくれた現地アメリカンスタッフのバンに乗り込み
我々の職場となる、マウントフット山に向かった。
マウントフット山はかなり標高の高い山で日本の富士山ぐらいあるという。そこの万年雪のある斜面に
ハーフパイプを掘り、一夏パイプの練習に励むのだ。
ハイカに来る客はキャンパーと呼ばれ、オリンピックを目指すプロから、プロを目指すアマ
その他ハーフパイプにチャレンジしたい人達が、アメリカ全土はもちろん日本やヨーロッパから
集まってくる。私の仕事は、ハーフパイプの指導をするアメリカ人コーチ付の通訳だ。
キャンプが始まるのは1週間後から。それまでの間に我々はアメリカ人スタッフと共同でキャンパーを
迎え入れるための準備をした。
準備も本当に多岐にわたる。パイプディガーと呼ばれる言わばパイプ掘り職人は何も無い平坦な
雪面にパイプドラゴンという重機でパイプをまず掘り、その後トンボと塩でパイプ内をシェイプして行く。
ハウスモニターはキャンパーの住居のクリーニングやスケートボード用のランページ設営。
そして我々通訳は他のスタッフの手伝いもしつつ、アメリカ人の弁護士に呼ばれた。
弁護士によりキャンプ運営についての注意を色々聞かされた。
例えば、ハイタッチ(アメリカ人がよくやる手と手を合わせてパチン!てやるヤツ)あれは極力するな
とか、なぜかと言うともしそれをした為に腕でも折れたら慰謝料がたんまり発生するからだ。
さすが訴訟大国アメリカ!他にも気軽に肩を叩くのも相手を見て考えてからしろ!とか。これはセクハラ
の可能性を秘めているからだetc…フレンドシップアメリカでこんなレクチャーを受けるなんて本当に驚き!
それはなんでも行き過ぎじゃあないの???とは思ったのだが、聞けばこのキャンプ、アメリカの中では
由緒正しきスノーボードキャンプ。時としてキャンパーキッズの中には思わぬVIPが存在するのだ。
数年前は、ホームアローンの主役を演じていたマコーレーカルキン君や、ハリソン・フォードの息子等も
参加したと聞く。凄い…凄すぎる。
そして、その晩私が通訳を担当するアメリカ人コーチと逢うことになった。
ドキドキしながら、キャンプ内の休憩室で待っているとボスが一人の大柄なブロンドの女性を連れてきた。
「あ、あ、あ~レスリー・オルソンだぁ!!」彼女は当時バートンのAクラスライダーで、ジュニアの大会で
USチャンピオンにもなった事がある超一流のライダーだ。彼女にはタイガーウッズと同じ事務所の
エージェントが付いてる程。
「へ、へろ~!!ま、ま、まいね~む いずぅ~…」顔が引きつってうまく話せない。
彼女みたいな大物付きの通訳だなんて…
私には荷が重過ぎる…
つづく
[riezo]
最近少しばたばたしてりて、ブログお休みがちでした。すいません。
事業の方もなんとなくアウトラインみたいなものも出来つつあるし、また今日別件で
韓国料理店プロデュースのお話も舞い込んできて、結構順調かなという感じ?
来月にはソウルに、店の経営者たちと同行させてもらえる事になったし。
大いに私の韓通ぶりを発揮させて頂こうじゃあないかと…。
(お待ちかねの人が居ることを期待しつつ…)さてさて、今回のお話ではriezoがアメリカへ発ちますぞ。
弟が買って来たSNOW STYLEで夏季スノーボードキャンプスタッフ募集の記事を見つけた私は
翌日早速募集記事を出していた会社に電話をした。
私が目指すのは通訳。だって長野オリンピックのメダリストの通訳まで務めたこのキャリア。
活かさにゃ損損。で、先方に電話を入れると履歴書をまず送れとのこと。
すぐさま送り、それから待つこと2週間。東京にあるハイカスケードスノーボードキャンプを
運営している会社の担当者から電話が来て、東京まで面接に来いとのこと。
翌週私は私が担当したオリンピック特集の記事が掲載されている雑誌と、たまたまTVに移り込んでいた
オリンピックのLIVE映像(私のあほ面が世界に配信されていたのだ…恐ろしや)を携え東京へ。
元々度胸もある私。みやげも功を奏し面接もかなり良い感じで進み、なんとほぼ即決状態。
名古屋に戻り、アメリカの担当者との電話でのインタビューを2度ほどこなし、通訳の座を射止めた。
が!ここまでは良かったが…実は当時の私はスノーボードなんて週末ボーダーだったし、
ハーフパイプだってほとんどビギナークラス。
技の名前だってボードのハウトゥ本読んだだけの曖昧な知識しかない。
そう、英語はしゃべれても肝心要のスノーボードの事がよくわかっていなかった。
(…これが後に仇となり、かなり泣きをみるのだが)
なんだかんだで、出発当日どきどきわくわくしながら成田空港に向かった。
6月末日。今日から3ヶ月間のアメリカ、スノーボード三昧の日々が始まる。
どきどきしながら早目に空港で待っていた。面接をしてくれた担当者が現れ、あれこれ談笑していたら、
徐々に、スタッフが集まりだした。そのメンバーたるや!!
コーチ陣は皆一流のプロばかり。スノーボードビギナーの私でさえ知ってる顔、顔、顔。
散々この冬愛読してきたスノーボード雑誌を華麗なジャンプで飾ってきた面子。…す、すごい。こ、怖い。
オリンピックで果敢に1080°の大技に挑戦した渡辺伸一プロを始め、女の子ライダー憧れの
バートン山越知子プロ、初心者向きのハウトゥ本で大いにお世話になった増田由紀子プロ(後に私のルームメイトになり、今では大大親友)続々現れるではないか!!すごい。私はこんな人達と仕事するの?
そんな中異彩を放っていた奴が居た。頭丸坊主でしかも足元はゲタ。。ゲタ?成田空港で?
目つきは悪いしパッと見、暴力団の構成員と言っても過言ではない風貌。かろうじてヤクザと違うのかな?
と思われるのは右手にボードが入っていると思しきキャリーバッグを持っていること…
こんな人と仕事をするなんてまさかぁ~?きっとあれはサーフボードよ、彼は足元ゲタだし、バリかどこか
にサーフトリップに行くに違いない・・・でもサロモンってサーフブランドもやってたっけ…????
そんな中担当者にほぼ全員集まったと思われるスタッフを紹介される事になった。
次から次へ憧れだったライダー達が私の名前を覚えてくれる。「これからよろしくね」って言ってくれる。
感激極まりない。嬉しくて、泣き出したい気分だった。
そんな中あの坊主がガニマタでゲタをカンラカンラ響かせながらやって来た。うそ?あいつも?
「あ、紹介しとくね、彼は大西 泰三君。ハウスモニター(キャンパーをお世話するスタッフ)だよ」
ひぇ~こんなおかしな人まで一緒???
どうなるの私のアメリカ生活?果たして無事日本に帰ってこれるかな?
「じゃ、そろそろ行こうか!!」 そう私は、完全にびびってしまっていた。憧れのライダー達と握手できた
だけでもう満足だった。今から飛行機に搭乗すると言うのに、私は名古屋に帰る事ばかり考えていた。
このゲートをくぐったら、私のアメリカ生活が始まる。ノースウエスト航空サンフランシスコ行き。
もう後には戻れなかった…
4につづく
[riezo]
長野オリンピック、ハーフパイプ競技での通訳の仕事が終わり、名古屋に帰ってきた
私の頭の中はスノーボード一色になってしまった。寝ても覚めても思い浮かぶのは雪山。
名古屋の天気は1ミリも気にならないのに、毎日岐阜や長野のゲレンデの降雪量ばかりが気になる日々…
「ああ、山に行きたい!パフパフのパウダーを思いっきり滑りたい!
…私もハーフパイプとやらに挑戦してみたい!!あわよくば大会なんぞにも出場してみたい!!」
私のスノーボード熱は高まるばかり…。当時私には付き合っていた男性がいて、
元々スノーボードを始めるきっかけも彼に誘われて始めたのだ。そんな訳で彼ともよく一緒に山には
行ったのだが、所詮彼もただのリーマンボーダー。行けるとしても週末や連休だけ。
それにチョロチョロゲレンデ滑って、小さなギャップ見つけてピョコジャンして、いっぱしのボーダー気取り。
インディ出来たって威張っても、地面すれすれ瞬きしてたら着地してる…
はっきり言ってイケテナイ…
そう、私の目は肥えてしまっていた。だって仕方ないじゃない。
目の前でプロ中のプロの演技見ちゃった訳だし。
ましてやオリンピックで世界一の技を、これでもかこれでもか~と言わんばかりに、
この目に焼き付けて来てしまったのだから。
私は、それ以来今までの愛読書がJJからSNOW STYLEやSNOW BOARDINGに変わり、
レンタルビデオもハリウッド映画からTBシリーズや日本のプロのビデオに変わった。
そして、運命とも言うべき、弟(私にはあと妹もいるのだが、兄弟全員ボーダーである)が買ってきた
3月号のSNOW STYLEをぺらぺらめくっていたら、とある募集記事に目が釘付けに!!
「ハイカスケード・スノーボードキャンプ通訳・ハウスモニター募集。
3ヶ月間アメリカ・オレゴン州で開催される、夏季スノーボードキャンプで働いてみませんか?」
こ、こ、これだ~~~!!これに行くしかな~~~~いっ!!!!!
途中から、打ち合わせる相手は、次男:圭介に代わっていた。
WEBはほぼ完成に近づき、商品をサイトにアップする作業は、圭介がすることになった。
しかし、どうやってアップするかが問題だった。
そういったシステムも組めたが、予算のこともあり、手動でお店側がアップをしていくということになった。
圭介:「どうやって更新するのか、それを教えてもらえませんか」
私:「わかりました。一度2時間ほどお時間とれる日時を教えてください」
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アップするシステムは予算的に組んでない。
こちらでアップするには、更新作業の料金がかかる。
自分たちでできないか・・・そういった声は多い。
その場合、私は、そのページだけお客様でもアップができるように作成するんです。
お客様に使用してもらうアプリケーションは「ホームページビルダー」
価格も安いし、初心者でもわかりやすい。
ということで、「ホームページビルダー講習会」も度々行なっていたんです。
「では○月○日○時に」
「わかりました。」
私は時間内にできるだけ要点をつかんでもらうため、真剣に説明をしました。
しかし、圭介は、悪ふざけしてる子供のように、「なんでこれはできないのぉ~」
と、半ば私をからかってる風で、思うように進まない。
「なんでこの人は、こんなにふざけているのだろう・・・売り上げを伸ばすためには大事な作業なのに・・・」
とやきもきしながら、子供にたしなめるように説明を続けました。
あぁ、前回講習をしたある専門学校の先生方は、とても飲み込みが早く、
2時間のところ1時間半でほとんどを習得したというのに・・・。
そうそう、書き忘れていたわ。
この間、メンバー初顔合わせが、やっと実現したのよ!
つまり、jagoちゃんと初めて会ったってことなんだけどね。
jagoちゃんは、rie と you の昔からのお友達で、
すっごい美人でゴルフが上手いって聞いてたから、
会えるのを楽しみにしてたんだ。
いつものお気に入りの豚しゃぶ屋さんで、
rieとyouとmamと私rumi の4人でしゃぶしゃぶしてたら
jagoちゃんが駆けつけてくれるという連絡が入ったわけよ。
まもなくjagoちゃん登場!
前情報に違わず、カッコイイ、素敵な人!
ゆっくりお話したかったけれど、締め切りに追われていた私は
そそくさと退席。
次回会える日を楽しみにしている今日、このごろです。
長~いお付き合いになると思うので、よろしく!