これは自分がプロレス引退すると決まってから
ほぼ自暴自棄になって書いた2014年10月15日の日記
原点回帰録117である。
日曜日にプロレス引退される遠藤美月選手の事を
綴った内容です。以下本編~
LLPWでは身近な先輩に遠藤美月選手がいた。
遠藤さんは"気を使いすぎる"先輩だった。私が"私がやります、いいですよ"と言ってもやってしまうのだ。
ハッキリ言って私はどうしたらいいのか困ってしまうのだ。…とても尊敬しているけど、
本来の性格なのかもしれないけど。
よくお世話になった。遠藤さんは一人カラオケが好きなので、私は「一人で行くのなら私も連れていってください」と巡業先で同期の青野敬子と3人でカラオケに行ったりした。
東川口のLLPW道場兼寮では新鮮なイカを使いイカの塩辛を作ってくれたりして意外と料理上手な1面を見せてくれた。
LLPWでは6人ダッグのベルトがあった。ある時遠藤さん青野天野でそのベルトを奪取したのだ。
"これは3人で技をみがかなくてはいけない!"とLLPWの道場で3人で練習した。
ところがこの3人、いくら練習をしても息が合わないのだ。こんな事ってあるのかな?という位に。
何度やっても成功確率は50%。"でも、何回かは成功したから多分大丈夫だね"と強引に練習を切り上げ、次の試合に臨んだ。
結果、成功するはずもなく…でも勝ったと思う。とても不思議なチームだった。
~本編終わり
何か、つい最近書いた気がしたんだけど…もう9年前かよっ(爆)
あんまり覚えてないから書いておいて良かったよ~!
ネットで調べたらこーゆーの出てきた。写真ないから。
もう必死だったのだけは覚えてる。
練習もメッチャやってたからすごく動けた。
JWPに所属していた頃から
「言葉はいらない、プロレスで見せろ」的な事は
感覚で叩き込まれていたから、すごく練習してたから
スタミナはすごくあったから…スタミナがあっただけか?
だから色んなプロレスはフリーの時に
学ばせてもらったかな。
第一試合目だろうがメインイベントだろうが
お客さんには関係ない。売店やってると
お客さんが「第一試合目のアンタが一番面白かったよ!」
なんて言ってくれる事もあった。そんな日は
よく売店の物が売れた。ほんと水モノだよね。
あ、フリー時代の思い出話しになっちゃった。
フリーになってから、すぐにLLPWさんにお願いして
試合にレギュラーで出させて戴いていたのだけど
(この話しは、また今度)
この時LLさんの社長は風間ルミ選手で
こんな自分を大きな心で見ていてくださった。
こんなのがいて、LLさんメッチャ大変だったろうなと思う。
自分で自分をシバキ倒したい(汗)
結局この6人タッグ選手権も自分の不義理で
終わりを迎えてしまった事を反省しています。
wiki先生には「仲間割れで返上」となっているが。
ホントは自分がGAEAに入団するタイミングで
「え?どーゆー事?!」ってなっちゃったの。
風間選手に泣いて謝ったのは何となく覚えているけど
遠藤さんに正式に謝ったかのかは全く覚えていないんだけど(ヲイッ)
っつー話しでした。とりあえず。