最後に自分が引退するに至った怪我の経緯なんだけど。



多分、その5年位前から左手が震え出したの。特に水仕事してる時だったな。



昔は午前中は訪問介護、午後からトレーニングしてたんだけど、介護の時



利用者さんちで食器洗ったりする場面では何度か手が震えて食器を割った事がある。



あと陰洗ボトル持つと震えちゃって、よくこぼした。最初はそんなにひどくなかったんだよ。



3年位経ってから"あれ?これってもしや震えてるのかい?"って気がついたのかな。



で、それがあまりにも顕著になってきて、いよいよこれはヤバいかも、となって



まず自分で考えた。これ、アル中だわ…と。でも左手だけ?



セルフでアル中テストはよくやってたんだけどな。両手を伸ばして静止させるやつ。



そーゆーので震えは確認できなかったんだけどね…。ま、アル中にも色んな形が



あるのだろう、と思い、とりあえず町医者へ行ったの。「左手だけ震えるというのは



アル中ではありません、震えは年をとってくるとよくある事ですので…



震えを抑えるお薬処方しますね」で終わっちゃいそうだったの。え?それって



根本的な治療になってないじゃん!?震えるってのは何か大きな原因があるワケでしょ!?



アル中って言われれば酒辞めようって思ってたのに。(この時だったら辞めれたのにホント)



全く納得いかないって顔してたら「でも、そういう職業(プロレス)されているのなら



困りますよね。もしでしたら大きな病院に紹介状書きますよ?」もちろん戴いた。



総合病院の脳神経外科では、ひと通り指の動き、歩き方、目の見え方の検査を行い



頭部のMRIを撮った。すると、生命維持を司る脳幹の一部、中脳という場所に



裂けた様なキズ?がある事が分かった。外側からの衝撃でこうなったという事も分かった。



こちらとしては?医者側も「何これ?」という反応だった。



「詳しく調べたいので造影剤を入れてMRIを撮らせてください」との事。



確かこの時点で尾崎さんからはプロレス辞めろと言われ、詳しい事が分かるまでは



プロレスの試合は膝の怪我で欠場する、という事になった。



この時、自分は全く辞める気なんてサラッサラなかった。



病院では日を改めてMRIを撮るも、特変なかった様で、先生余計に悩んじゃって



何か大学病院のエライ先生達と会合の時にこの事を話し合ってみるから



そしたらまた来てくれ、みたいになったの。また日を改めて話しを聞きに行った。



自分のMRI画像を見た先生方は「この人は歩いて病院に来たのですか?」と信じられないという口調で言ったらしい。



こんなのは半身麻痺とか死んでるとかいった画像らしいのだ。先生、悩んだ結果



「震えは脳神経内科だからそちらに行ってみてください」と、となりの部署を紹介された。



え!?先生、投げた!?…う~ん…とりあえず行ってみるか。っつっても廊下挟んで隣りだけど。



やっべ、話し長げーな(^^;前半後半に分けます。

1995年JWP中国遠征にて、万里の長城だね。


二日酔いで具合が悪くて上までのぼらなかった事を後悔してる。