これは2014年の記事。1994年JWP女子プロレスのオーディションに合格し
練習日、道場へ行くとまず道場の掃除を黙々とする。
時間になったら練習の開始。お昼過ぎ先輩方がデビルさんの車「マークII」でいらっしゃる(デビルさん関西さん尾崎さんキューティーさんプラムさん)
いらっしゃるとまず中華屋で出前を取られる。
食べ終わると私達が食器を片付けるのだが、当時残ったラーメンなどは道場外のトイレに流していた(捨てる場所がないしそういう決まりだった)
私達にとって、食べ残しでも"出前"というのは魅力的であった。
トイレに流すふりをし、トイレに入り一人一人替わりばんこに食べ残しのラーメンを食べていた。
丁度久住の番の時、尾崎さんがトイレにやって来た。「ヤバイ」と思ったが久住に伝えるすべもなく尾崎さんはトイレのドアを開けた。
尾崎さんはトイレに人の雰囲気を感じ、すぐに「あ、入っていたの、ごめん!」と中を詳しく見ずにトイレから出た。
が、久住は「見られた!ヤバイ!」と感じたらしく、口いっぱいにラーメンを含み「すみませんでした!」とトイレから出た。
尾崎さんは「え?ごめん、いいよ。」とまだ気付いていなかったが、久住も気付かず「すみませんでした!」と追随する。凍りつく私達。
尾崎さんは更に「?」となるも一瞬で状況を理解した様で爆笑し出した。
私達もこれが久住というのがおかしくてしょうがなかったのと、「怒られなくてよかった」という安堵感が渦巻き変な感じであった。
「あいつらもお腹がすいているのか」と先輩方は私達を哀れに思ったのか、それからは私達にも出前をとってくれた(寮でちゃんと飯食ってきてるのに)
これも嬉しかったが、ばつが悪いというか変な感じであった。
久住はなぜか尾崎さん関係でやらかした。
(2021年追加、これはプロレスデビューしてからの話しだね)
尾崎さんがタッグマッチでお尻を強打しエプロンに帰ってきてお尻を押さえていると
セコンドに付いていた久住がお尻にコールドスプレーをバーっとかけたという。
尾崎さんは「恥ずかしいからすぐに"もういい!"って手で払ったよ、もう恥ずかしいったらありゃしない。」と言っていた。
セコンドは痛い所にコールドスプレーをかけると教わってはいたけど、お尻は…ね。
巡業中、バスの中。
~本編終わり
出前がね、すっごく美味しそうに見えたんだよ。
出前なんて自分でとった事なんて一度もなかったしね。
でね、尾崎さんは、その時「黙っててやるから」って言ったから
皆でホッと胸を撫で下ろしたんだけど、
あまりの面白さに皆に言わずにいられなかったんじゃない?
すぐにバレてた。ま、だから出前ウチらにもとってくれたんだけど...
久住がね口の中ラーメンいっぱいにして焦って顔を真っ赤にして
「すいませんでした!」ってトイレから出てきた場面、鮮明に思い出すんだけど。
これは他の同期も覚えてるはず。"やっちまったー"って思ったもん。
前回の長与さんの記事、永島からクレームあり。
「ウチらはクラッシュ世代の終わりの方だったよ」って。
確かに。うちらの世代でクラッシュが猛烈に好きって人は限られていたかも。
JWPでは宮口くらいだったかな?倉垣は関西さんが好きだったし
(伊藤薫選手のファンでもあった)
でもさ、永島そんな事言うけどGAEAの同期生とカラオケやると
絶対クラッシュの歌入れるんだよね。自分全然知らなかったんだけど
何回も歌ってるから何曲か歌える様になっちゃったよ。
そして永島「全日本女子プロレス中継は土曜日放送だったよ(千葉県松戸)」と。
すいませんねウチ静岡県清水市の山奥だもんで
都会より遅いだに、放送。
山間だもんで電波も悪くってね。外にアンテナがあったんだけど
台風の時なんてアンテナぐるぐる回っちゃってさTV画面が砂嵐になっちゃうだよ。
そんな時は父親がびしょ濡れになりながら外のアンテナ固定しに行って
父親「この位置でいいだかー?」家族「いーよー!」なんてね。
そんなドリフみたいなブラウン管時代でした。
何の話し、してたんだ?