これは2014年の記事。1994年JWP女子プロレスに入門した



THEおのぼりさんの様子。当時はホントいなかっぺだったな。



今は都会にかぶれてしまったな~。そうでもないよ、とか言われそうだが。



~以下本編










入寮一、二週間後か、第二便がやってくる。


久住智子、本谷香名子、小林智美(大阪大会の会場でオーディションを受け合格していた)である。


あと一人は事情でかなり遅れ5月に入寮するという。宮口知子(輝優優)である。


歯医者で遅れるという事だけど…何で?遅すぎない!?


第二便が来た頃か、部屋わりが変わった。3階の1DKで倉垣と二人部屋になった。


千葉県鎌ヶ谷市出身の倉垣には休みの日に東京案内をしてもらった。


初めて行ったのは原宿でクレープ。


メチャクチャ人がいっぱいいてビックリした。


「この人達何しに来てるの?」と思わず倉垣に聞く。


そして山手線。これは時刻表をノートにうつさないと。


倉垣が「そんなのすぐ来るから書かなくても大丈夫だよ。」と言ったものの、急いでいる時とか困るじゃん!とノートにかきはじめる私。


しっかしすごい本数だな。先頭車両から最後尾車両まで見えない位長いのにのに…こんなに人数が乗るの?


8時台位になると、やっと理解してかくのを止めた。


倉垣が「ほらね」と一言。


私も「ホントだね」


東京では地下鉄の本数もすごい。最初は「そんなに穴掘ったら崩れない?おかしいよ」と理解できなかった。



静岡県とスケールの違いに「スゲーな、何がなんだか…」としか言い様がなかった。



~本編終わり



静岡県清水市の山の中で人混みになる事は毎年、村の出張所の倉庫で行われる



納涼大会の時位か。あとは清水駅の方へ下山した時とか?


に、してもあんなに人はいない。電車のラッシュアワーにしても



せいぜい列車は3両で1時間に4.5本なのだ。普段は1時間に2本とか。



地下鉄が網の目の様にある事も信じられなかった。「恐い」とさえも思った。



目に写る物、何もかもが新鮮であり脅威であった。



ネットもないし噂も聞かないし、自分はマッサラだったの。



全く東京に憧れはなかったし。プロレスやるから上京しただけの話し。



プロレスやってなかったら何やってたんだろう?



銀行員とかデスクワークとか、絶対無理!



話し前後するけど自分が行ってた高校は清水商業。就職率は



ほぼ100%を誇っていた為、自分の事は相当問題になったみたい。



だけど今では元日本代表GK川口能活君と並べられちゃってるみたい。



噂で同級生に聞いた域なんだけど...嬉しいけど、ベクトルが違いすぎて



並べるの違くない?恥ずかしい。ちなみに同じクラスだったの。

川口君のサイン。卒業間近、英会話の授業中にもらったの。


サッカー部なんて赤点ばっかりだったのに、川口君は頭良かった。


だから隣の席でテスト交換するのが恥ずかしくて(もちろん自分バカ)


あ、それでね原宿に行った時、全女の「ぬまっち」さんがいたの。



自分は女子プロレスにうとくて全然わかんなかったんだけど



倉垣、大興奮して話し掛けてた。「JWPに入門した倉垣と言います!」



みたいな。自分は少し離れて見物してたと思う。