創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(60) - 想いと決意4 

 

 

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 フィンレイの目から涙があふれ、真っ赤に染まった頬の上を音もなく滑り落ちる。メイブは小さく吹き出して涙をこぼしながら笑うと静かに膝をつき、彼の涙を拭うかのように頬にそっと口づけをした。

「私、ミードは、この婚約が正当な方法と二人の合意のもとに成立したことを証明し、これが遂行されるよう助力することをここに宣言します」

「私、フラン——」

「大臣っ?!」

 ミードに続いて響いた声にフィンレイは驚きの声を上げる。メイブの姿に目を奪われて気づいていなかったが、正装に身を包んだフランが祭壇の前で二人を見守っていた。

「婚約は両家の合意の元で交わされるものです。ゆえに、花嫁側と花婿側の両方に立会人が必要となります。陛下は病身にて立ち会うことが難しいため、代理として私どもが務めさせていただくことになりました」

「なるほど、よくわかった。しかし……」

 フィンレイはそう言うと顔を赤らめて口ごもる。フィンレイは自らの出自を知った後もフランを父と呼んでいなかった。フランもまた、フィンレイを息子とは呼ばずバイルン公の嫡子として接し続けており、私的な場面でも一定の距離と節度を保ち続けている。二人の関係はフィンレイが生まれついてすぐに「バイルン公の嫡子と公国の大臣」となっていたため、もはや親子として接することができなくなっていたのだ。

 だが、両者が親子であることは事実であり、フィンレイがフランに対してある種の憧憬を抱いていることも事実だった。表向きに父と呼ぶことはできなかったが、心のなかでは父と呼んで敬愛しているフランに、このような場面を見られるのはなんとも気恥ずかしい。

 一方、フランはこの場に立ち会えることを大いに喜んでいるようで、宣言の言葉を高らかに歌うように諳んじていた。その心中がいかなるものであるかは誰にもうかがうことは出来ないが、その表情はかつてのような傲慢さや欲深さは微塵も感じられない晴れやかなものだった。

「さて、二人の婚約は正式なものとなりましたが、フィンレイが成人するまで後二年の時があります。その間に、婚姻のための準備をする必要があります」

「準備……と言いますと?」

 現実に引き戻されたフィンレイは、わずかに顔を曇らせ不安げな様子を見せる。

「私が今日ここに参りましたのは、それを話すためでもあるのですよ」

 待ってましたと言わんばかりの表情で前に進み出たフランは、胸元から取り出した羊皮紙を広げた。

「では、僭越ながら説明させていただきます。これより、メイブ様にはバイルン公国統治のため、そして、婚姻のための知識を身に着けていただきます。メイブ様はすでにさまざまな学問を修められておりますが、それをより充実させ、実践的にするためのものだとお考えください」

 ミードはメイブにさまざまな知識を与えていたが、社会と隔絶した状態では教えられることにも限りがあった。また、成人となり婚姻を控えた者にとって、最も重要と言える教育を施すのは、やはり女性でなくてはならないだろう。

「つきましては、お住まいを北の塔から本城に移していただきます」

 フランの言葉にメイブは目を丸くすると、戸惑いと喜びが入り混じった表情でフィンレイの方を見る。

「フィンと一緒に暮らせるの?」

「そうだよ。もちろん、部屋は離れているけどね」

 フィンレイはそういうと、ほんのり顔を赤らめてそっと目を伏せた。離れているとはいえ、将来を約束した二人が共に暮らす——そこに特別な意味を感じるのは当然だろう。

「また、メイブ様のご身分についてですが、周囲の反発を招かないためにも貴族の、令嬢としたほうがよいでしょう。そこで、ナハフォルガ家の血筋の方とさせていただこうと愚考しております」

「ナハフォルガ家というと、西方イングラシア大陸の貴族ね? 友好関係ではあるけれど、交流はほとんどないはず。なぜイングラシアの貴族ということに?」

「まさに、交流が少ないからでございます。イングラシアとは海を隔ているため、周辺諸国も交流がありませんし、接触する機会や情報もほとんどありません。ですから、メイブ様のことをイングラシアの貴族だと言っても、疑問を抱くものはそう多くはないでしょう。また、私の妻はナハフォルガ家の血を継いでおります。ですので、この婚姻は政治的に見ても不自然ではございません」

 確かに、フランの妻がその身元を保証するとなれば、メイブの出自を疑う者はいないだろう。大臣がバイルン公国での実権をより強固にするためにせよ、イングラシア大陸との友好関係を深めるためにせよ、政治的な意味のある結婚だとしたらメイブは貴族の娘でなければならないからだ。

 メイブが異なるから来た貴族だとすれば、多少世情に疎くてもそれほど奇妙には思われないだろう。婚前教育のために早い段階でバイルン公国に移り住むのも違和感はない。

「私のことはわかったわ。ミードはどうなるの?」

 メイブにとっての気がかりはミードのことだった。メイブが本城に移るとしたらミードはどこに住むのだろう。まさか、これで「お役御免」となり、どこかに旅立ってしまうのではないか。

「従者という立場で、これからもずっとそばにいますよ。ただ、私は少し目立つので、公的な場には顔を出しません」

 ミードの言葉にメイブはそっと胸をなでおろす。おそらく、これまでに比べると共に過ごせる時間は少なくなってしまうだろうが、いなくなってしまうよりはずっとましだ。

「ミード様のお部屋はメイブ様の部屋の近くにご用意します。それから……」

「部屋が別になるの?」

 メイブは驚きの表情でミードを見る。彼は静かに頷き、小さな子供を諭すような声で言った。

「婚姻を控えた女性は、婚約者と父兄以外の男性との接触は避けなければなりません。ですから、本来ならもっと離れなければならないのですが、それでは不安だろうということで、大臣が取り計らってくれました」

「そう……」

 仕方のないこととはいえ、これまで一緒に暮らしてきたミードと離れるのはあまりにも寂しい。これほどまで環境が変わると思いもしなかった。

「ごめんなさい、説明を続けて」

「では続けさせていただきます。メイブ様には身の回りを世話する侍女を——」

 まだ終わりそうのない大臣の話を聞きながら、メイブは小さくため息をつく。自ら選んだ道とはいえ、当分の間は苦労しそうだ。だが、もう後戻りはできない。前に進むしかないのだ。

 

次→【小説】流浪のマレビト(62) - 婚約1 

 

 

 

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