創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ

蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。

 

前→【小説】流浪のマレビト(16) - 帰還6

 

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 メブミードにはかつて居住していた祠ではなく、ギネヴィの私室の隣の部屋を居住用に与えられた。元は侍女の部屋として使われていたが、痘瘡が流行の兆しを見せたころに当人が郷里に帰ってしまったため、現在は空室になっている。

 ギネヴィの私室とは直接行き来できる構造にはなっていなかったが、呼び鈴が繋がっているため必要があればギネヴィはいつでもメブミードを呼び出せるようになっていた。話し相手が必要な時や侍女だけでは難しい用があるときに鳴らされることもあったが、使われることはほとんどなかった。メブミードはギネヴィが目を覚ましているときはほとんどずっと彼女の側を離れなかったからである。

 メブミードが戻る前、数日間高熱にうなされていたバイルン公であったが、メブミードの帰還後に熱が下がり体調は回復傾向を見せた。全身の発疹はまだ残っていたため隔離生活は続いていたが、明るい兆しが見えてきたことで城内に安堵の空気が広る――この頃からギネヴィの体に出産の兆候が表れ、新しい命の誕生とともに苦しい時代は過ぎ去るだろうと誰もが考えた。

  ロイド伯やフラン伯、キーラン伯は相変わらず互いを牽制しあっているようだったが、バイルン公の容態が安定したことと出産の日が近づいたこともあり、休戦状態となったようだった。彼らは、世継ぎがいないままバイルン公がこの世を去った場合、誰が後継者となるべきかで対立しているのであって、バイルン公の座を奪うことを企てているわけでも、彼の世継ぎが後継者となることに反対しているわけでもなかった。彼らにとってバイルン公は唯一無二の君主であり、バイルン公がその忠義を受けるにふさわしい人物である限り、彼らはバイルン公の臣下であった。

 当初、三人の伯爵は突然現れたメブミードのことを怪しんでいたが、事態が良い方向に進み始めると「祈祷の効果が表れた」「来訪者が幸運を運んできた」などと言い、友好的な様子を見せ始めた。ただ、それはあくまで客人に対して敵意がないことを示す程度のものであり、親しみといったものとは無縁なものだった。なかでも、ロイド伯の警戒心は強く、言葉や態度は穏やかに見えてもどこか緊張感のある空気が漂っていた。

 メブミードは彼らのそのような態度や言葉を全く気にも留めず、安産と病の治癒を願って祈りを捧げ、旅先で見た風景や風変わりな動物の話をギネヴィに披露し、来るべき日に備えて庭の片隅に小さな産屋を建てるのを手伝うなど、心と時間を可能な限りギネヴィのために捧げつくした。その甲斐もあってか、ギネヴィは食事と睡眠をとれるようになり、万全とはいえないものの少しずつ元気を取り戻し、ときには明るい笑顔を浮かべることもあった。

 だが、穏やかな日々はそう長くは続かない。一度はあきらめたかのように見えた病魔が再びバイルン公を蝕み始めた。高熱で意識を失い、何度もけいれん発作を繰り返すバイルン公と、彼の死に怯えすすり泣くギネヴィを見つめながら、メブミードは己の無力さにただ打ちのめされた。彼が人間に与える “祝福”は、死の恐怖や苦痛を和らげることはできても死そのものを退けることはできない。

また、彼が捧げる祈りは三人の伯爵が言うような治癒能力や奇跡を呼び起こす効果があるわけでもなく、人間の祈りよりもほんの少し髪に届きやすいという程度だった。彼は人間ではなかったが決して神などではなく、わずかばかりの異能と人間とは性質が異なる体を持っていることをのぞけば、ほとんど人間と同じであった。

 バイルン公が高熱で生死の境をさまよい始めて三日目、ギネヴィの体にも異変が起きた。睡眠をとるため寝室に向かう途中で破水してしまったのだ。ギネヴィはすぐさま産屋に運ばれ、彼女のために取り上げ婦が呼ばれた――が、取り上げ婦の夫が痘瘡にかかっていたことから、ギネヴィの出産に立ち会うことは困難と判断された。

 結局、出産経験のある侍女が数人がギネヴィを介助することとなり、それに直接かかわることができないメブミードは、すべてが無事終わるよう、ただ祈ることしかできなかった。

 

 

 

次→【小説】流浪のマレビト(18) - 祈りと願い

 

 

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