創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
===========================
「……ガウェインという村をご存じですか?」
そう、確かそんな名前だった。ここよりずっと東、その険しさから「剣の峰」と呼ばれる山の向こう、対岸が霞んで見えないほど大きな湖の近くにあった。
「もちろんですとも。私の祖先がかつて暮らしていた村であり、我らがガウェイン公国のルーツでもあります。かつてのガウェインは東方民族の侵略により滅ぼされてしまいましたが、西方に逃げ延びたガウェインの民が築き上げたのが現在のガウェイン公国でございます」
「なんと……あの村の生き残りが……」
メブミードは天を仰ぐと安堵の息を漏らす。人間は弱く、奪い合い殺し合う残酷な生き物だ。しかし同時に、愛し合い支え合い、逆境から立ち上がる強さも備えている。おそらく、彼らの歩みは決して楽なものではなかっただろう。だが、あの穏やかで慎ましい人たちは、かつての——いや、それ以上の繁栄を手に入れたのだ。
「あなたがいう“マレビト”とは少し違いますが、確かに私はサンザシの下に立つ者です。そして、私はかつてあなた方の祖先と共にありました」
「稀人様。私どもは今、バイルン公と我が国の第二公女ギネヴィの婚姻を結ぶための道中にございます。どうか両国の強い結びつきと今後の繁栄のために祝福をお授けください」
なるほど、あの街で話題になっている“若い妻”とは、あの輿の中にいる公女のことなのだ。
輿の中からは気配を殺そうとでもしているかのような空気が漂っている。衣擦れの音すら立てずに過ごしている公女はこの婚姻に強い不安を感じているのだろう。貴族や王族同士ではよくあることだが、彼女はおそらく夫となるバイルン公のことをほとんど知らないのだ。
「これも何かのご縁です。喜んでお引き受けいたしましょう」
「ありがとうございます。どうぞこちらへ」
エドゥアルドの先導で公女が乗る輿に向かう。若い兵士や侍従たちが慌てて跪こうとするのをメブミードは手で制止した。彼は人間のことを弱くて愚かな存在だと思ってはいたが、人間がもつ豊かな発想力や人間の手によって生み出された文化や芸術を愛し、人間が時に見せる精神的な強さや気高さに尊敬の念すら抱いている。ゆえに、人間と自分の間に上下などはないと考えていた。
「エドゥアルド様。公女様に私のことを話すときは旅のドルイドとお話しください。余計な不安を与えたくありません」
「かしこまりました」
精霊と人間の関係は複雑だ。精霊は人間よりもはるかに寿命が長く、外見的に老いることもない。それゆえ、人間よりも神に近い存在として崇め奉られることもあるが、同時に忌み嫌われることもある。美しい姿をしていればしているほど、羨望と嫉妬が入り混じった目を向けられ“人の姿をした化け物”と呼ばれ、時に迫害を受け、時に恐怖の対象になるのだ。
「ギネヴィ様。旅のドルイド様が祝福を与えてくださいます。開けてもよろしいでしょうか?」
「よいぞ」
エドゥアルドの問いかけにしばし沈黙した後、公女は威厳を込めた声で言った。しかし、その声の高さや響きはまだ幼く——。
「……あなたがガウェイン公国第二公女ギネヴィ様ですか?」
「そうだ」
声から予想した通り、公女は年端も行かない少女だった。おそらくまだ十か十一かといったくらいだろう。初潮を迎えた女児は基本的に成人と考えられており、若くして結婚、出産を迎えることもあった。さまざまな疫病や戦乱などで成人までに命を落とす子供が多いため、貴族や王族は特に若い女性を求める傾向がある。しかしこれはあまりにも——。
====================
Amazon Kindleにて電子書籍発行中☆
作品の紹介動画は「涼天ユウキ Studio EisenMond」または「作品紹介」をご覧ください。
雑文・エッセイ・自助
小説
■□■永流堂奇譚合冊版■□■
合冊版 永流堂奇譚 其の壱 (第一話~第三話+書き下ろし作品)
合冊版 永流堂奇譚 其の弐 (第四話~第六話+書き下ろし作品)
合冊版 永流堂奇譚 其の参 (第七話~第九話+書き下ろし作品)
永流堂奇譚 第一部 分冊版
ENGLISH E-BOOKS
Start to live by resignation(Self-Help)
What the hell is that anxiety?(Self-Help)