今日12/27の産経朝刊(大阪版)6面、加地伸行さんの古典個展「礼を学ばざれば立つなし」より。


***************

…(前略)…多くの政治家はさしあたりのことにしか関心がなく、その根本というか、基盤というか、そういうものに対して思いをいたしていないように見受ける。最近のその最たるものは、習近平・中国副主席をめぐる無礼な問題である。
報道によれば、小沢一郎民主党幹事長らが、ごり押しして陛下の接見予定表に習某を割り込ませたのみならず、天皇は内閣のいうことを聞けといわんばかりの不敬発言をした。すなわち天皇の国事行為は日本国憲法に従い、内閣の助言と承認とに基づくのだとうそぶいた。

ここに小沢某の決定的誤りがある。((決定的誤りがある。…決定的誤りがある…ある…ぁ…))

天皇についてなるほど憲法はいろいろと記している。しかしそれは、法的なことにすぎない。

われわれ日本人は法にあるからといって天皇を戴いているわけではない。わが国の長い歴史的経緯の中で、一貫して皇室を国の中心的存在として認めてきた。そのことを追認して法的表現にしただけのことなのである。すなわち皇室に対して国民が敬愛し、尊崇してきた事実があればこそ、それを法が追認しているのである。法があって皇室が存在するのではない。

だから、法(つまり内閣)が陛下に指図するのは本末転倒なのである。そのことを鳩山由紀夫内閣・与党は分かっていない。((分かっていない…分かっていない…分かってぃ…))

当然、天皇は一般国民と異なる性格を有する。その典型は、天皇の行為が〈無〉すなわち〈私が無い〉ことである。われわれ一般人は〈有〉すなわち〈私有〉の世界に生きてあさましい競争をしている。

陛下が外国の要人と接見されるとき、相手が大国であろうと小国であろうと、区別・差別をされないのは、〈無私〉だからである。この〈無私〉―〈無〉が天皇・皇室の本質なのである。キングごときとは異なる。

そういう根本、日本国の基盤が分かっていないのが鳩山内閣・与党である。それが無礼な態度となって表れたことがあった。
すなわち鳩山内閣が成立し皇居で閣僚の認証式が行われたときのテレビ中継で分かった。

室外から室内に入り、陛下の前に進むとき、意外と((意外と…意外と…意外と…))菅直人・副総理は正しく摺足でお美事であったが、原口一博・総務相はずかずかと大またで大きく手を振って進み、モーニングの裾が翻っていた。鳩山首相に至っては、陛下と対面し敬礼したあと、陛下がまだ玉顔を元の位置に戻されない前に、もう右手の認証書受け取りに顔を向けていた。非礼、無礼極まりない。なにがいい育ちか。((なにがいい育ちか…なにがいい育ちか…なにがいい育ちか!!!))

『論語』季氏篇に曰く、「礼を学ばざれば、以て〔人間として世に〕立つなし」と。


(())内、繰り返しは私のチャチャです(;^_^A
***************

結局、殆どを引用してしまいましたが…

文章の端々に加地さんの憤りが見えるようです。