最近引っ越したばかりの家のすぐ脇に土手があるのですが、ずっと緑一色でお花でもあればいいいのになあと思っていました。
とそのうちに、何やらオレンジ色の花が咲き出したのです。
どことなく彼岸花みたいなその花を見ていたら、只今日本はお彼岸の最中なのだということに気がつきました。
アメリカにいるとお彼岸だなんて、誰か日本人の友人か実家の母にでもに言われない限り忘れていたりします。しかし今回はその花を見て自分で気がついたのです。
これは亡き祖母の心が温まる不思議な夢の話です。
私の母方の祖母は2010年の、よりによって私の誕生日に亡くなりました。
当時私はハワイに住んでいたので、祖母に会うのは年に1度くらいでした。
私がずっと男の子の孫が続いた後に生まれた女の子だったので、とっても可愛がってくれました。
いつも私が会いに来るのを楽しみにしていて、会いに行くと美味しいものをたくさん作ってくれました。
日本からアメリカに戻る時は、『また会いに来てよ。おばあちゃん待ってるから。』と涙目でいつまでも私の手を握っていたのを思い出します。
2010年8月のある日、仕事から帰ってくると実家の母から電話がありました。
祖母がずっと具合が悪くて、今にも死にそうだ、もう長くは持たないと。医者が会いたい人がいたら今のうちに集めた方がいいと言ったそうなのです。
祖母には生きているうちにどうしても会いたいと思い、急遽飛行機の手配をし帰国しました。
小さかった息子と母と3人で祖母の家に行くと、介護ベッドの上に腰掛けている祖母がいました。
交代で泊まり込みをしている伯父や叔母たちがいて、みんなが私が帰ってきたのを喜んでくれました。
母が、『昨日までは寝たきりで話もほとんどできず、先生に言われたようにいよいよ病院へ連れて行こうと思っていた矢先に、だんだん良くなってきたんだよ。』
と、驚いた様子で話していました。
祖母は私に、『遠くから会いに来てくれてありがとなあ。こんな体でなんにも世話できなくてごめんなあ。』と言いました。
実家に滞在し、そこから車で10分の祖母の家に毎日通い、今まで祖母が私にしてくれたように今度は私が祖母のお世話をしました。
いよいよアメリカへ帰る日の朝、私は祖母のベッドの脇に座ってしばらく言葉が出てきませんでした。祖母も言葉がありません。
二人ともこれが最後の別れだと分かっていたからです。
今まで可愛がってくれてありがとうとか色々感謝を述べたかったのですが、いかにもお別れだという言葉をどうしても言うことができませんでした。
出てきた言葉は、『またね。』でした。
祖母も『うん、またなあ。』
それ以上の言葉は涙が溢れそうで言えず、泣き顔の私を最後に見たまま祖母に逝ってほしくなかったのです。
無理して笑顔を作って泣き顔を隠すのが大変でした。また絶対に会えるよね、会えるはずと自分自身に諭すように祖母の家を後にアメリカへと戻って行きました。
その後1ヶ月ちょっと経ってから、母から祖母が亡くなったことを聞きました。
それから3年ほど経ったある夜、私は不思議な夢を見ました。
辺りは夜で暗く静まり返っていますが、キラキラと満天の星空がとても綺麗でした。
私は祖母の家の中にいて、外の様子を伺っていました。
玄関の戸が開けっ放しになっていて、母がそわそわと誰かを待っている感じでした。
夢の中で、これはただの夢ではない波動域なのだと感じました。
毎回不思議な夢を見るときは、映像だけではなくて明らかに違う独特な波動が感じられるのです。
しばらくして、母が私を呼びに来ました。
『おばあちゃん、来たよ!』
外に出た私が見たものは、満天の星空からす〜っと一筋の光とともに降りてきた祖母の姿でした。
ベージュ色のカーディガンとスボンを身につけ、黒髪をお団子にまとめた祖母が立っていました。
スポットライトが当たっているように祖母の体が明るく見えました。
私は祖母に駆け寄り、『あ〜、おばあちゃん、会いたかったんだよ!』と泣きながら抱きしめました。
祖母も嬉しそうにニコニコしながら私と抱き合っていました。
私は嬉しくて嬉しくて『やっぱりまた会えた!会えた〜!』天にも昇るような気持ちで、、、、、気がついたら朝を迎えていました。
妙にリアルな夢だったので、実家の母に電話して伝えました。
そしたら母が、『あら、今、こっちはお彼岸なんだよ。』と。
私は祖母が死ぬ前に『さようなら』じゃなくて『またね』と言って本当に良かったと思いました。
夢かもしれませんが、とてもリアルにまた会えたのですから。抱きしめた時の服の生地の感触もはっきりわかりましたし。
私はたまに身内がお知らせで夢に出てくることがあるのですが、お彼岸に出てきたのは母方の祖母のみならず、父方の祖父母もありました。
この祖父母が生きているうちは犬猿の仲というくらい仲が悪かったのですが、二人でおはぎを仲良く食べている夢を見たことがあり、
はっとしてカレンダーを見てみたらお彼岸だったということがありました。
お彼岸に思うこと、『大切な人たちはいつでも私たちとつながっている』。
土手のオレンジの花がそよそよと風に揺れるのを見ながら、亡くなった家族を思うのでありました。
(終)
