ミステリー史上初の伝説級トリックを見破れますか?

『逆転美人』

藤崎翔

(2022年)日本

 

 

 

帯に「伝説級トリックを見破れますか?」

「紙の本でしかできない驚きの仕掛け」

とあって、

Kindle(電子書籍)で探してみたが

確かに紙でしか出版されてない。

紙の本でしかできないトリックと言うと

いくつか心当たりがあるので

「アレ」かなと思いつつ読んでみました。

 

あらすじ

「教え子の母を狙ったわいせつ教師逃走

美人シングルマザーを狙った凶行」

このような見出しが週刊誌や

スポーツ新聞に掲載されたので

事件のことをご存じの方も多いと思います。

その「美人シングルマザー」がこの私、

仮名で「香織」と名乗らせていただきます。

 

世間の人々の好奇心の標的にされ

SNSの誹謗中傷も数知れず、

憶測で適当な記事も書かれて

私たちは心に深い傷を負ってしまい

精神的に限界を迎えています。

それで今回、

四葉社さまから手記のオファーを頂き

世間の誤解を解きたい一心で

オファーを受けることにいたしました。

長くなると思いますが

あの忌まわしい事件にいたるまでの

ありのままの過去をお伝えしたいと思います。

 

私が生まれた佐藤家(仮名)は

父と母と私の3人暮らしで

両親とも正規雇用の職に就けず、

お金にまったく縁が無い生活でした。

母は美しくてスナックの

ホステスをしていた頃もありましたが

父は転職を繰り返し、

うまい儲け話に簡単に乗って失敗し

ずっと貧しい暮らしでした。

 

私が世間でいうところの「美人」で

どうやら他人とは違うと自覚したのは

小学校低学年で3度も誘拐されかけたからです。

3度目の誘拐未遂の後で

母に厳しく言われたことを思い出します。

「香織は美人なの。私も苦労したけど

香織はもっと苦労する」

「美人は得なんて言われるけど

誰もわかっていない。

本当は損ばっかりなんだから」と。

 

私は「可愛いね」「美人だね」と

言われた時の正解のリアクションがわかりません。

肯定しても否定しても嫌みに聞こえてしまい

周りとうまくコミュニケーションがとれず

小学四年になっても仲の良い友達が

3人ほどしかいませんでした。

 

その頃、毎週のように

私のブルマが無くなる事件があって

担任に相談したらクラス中に知れ渡ってしまい、

その犯人が二組のD先生だと発覚し

D先生はクビになりましたが、

新しくやって来た二組の女先生が

ヒステリックで不評だったため

なぜか私が悪いことにされてしまったのです。

「なんでD先生のことチクったの?」

「あんたが我慢すればよかったのに」

私はショックで何も言い返せませんでした。

 

小学五年生になって

前の四年二組の生徒が何人か同じクラスになり

私はあからさまな嫌がらせを受けました。

「あんたのせいで去年大変だったんだからね」

それでも仲のよいAちゃんは

私の味方をしてかばってくれました。

あのことが起きるまでは……。

 

ある日Aちゃんに挨拶したら無視されて

おかしいなと思っていたら

こんな噂が流れてきました。

AちゃんがE君に告白したら

E君が私の方が好きだからと

Aちゃんをフったらしいのです。

それ以来Aちゃんは率先して

私をいじめるようになり

先生に何度もいじめ被害を訴えたけど

私にも原因があるとか言われて

取り合ってくれませんでした。

 

私は不登校ぎみになってしまい

学校のプリントを男子が

届けに来てくれるようになりました。

その中にE君もいたのです。

E君は男子グループの中のリーダー格で

アニメキャラの絵を描いて笑わせてくれたり

クラスの人気者で

E君と両想いになればAちゃんにも

仕返しできるのでは――なんて考えていました。

 

ある夜、母がお風呂場で悲鳴を上げたので

父に聞いたら窓の外にのぞき魔がいたらしく

あわてて逃げていったらしいのです。

当時はすぐ警察に通報という感覚はなく

お風呂の時間は父が監視することになりました。

それから一週間後、

私の入浴中に父の声がしたので

急いで駆けつけてみたら

父がのぞき魔の顔を殴っているところでした。

それがE君だったのです。

父に「知っている子か」と聞かれたけど

学校に通報したらE君が大変なことになるし

ブルマの時もややこしくなったため

「知らない」と答えました。

E君は父にボコボコに殴られて

泣きながら帰っていきました。

 

それからはもうE君も私に味方してくれなくなり

E君の命令か他の男子も私を無視し、

相変わらず女子はいじめを繰り返し、

小学六年生は完全に不登校になってしまいました。

そして三学期には学区外へ引っ越すことになり

私のことを知らない中学で新しくスタートできる。

――そう思っていましたが

そこでも新たな不幸が私を待っていたのです。

 

読者のみなさん、

これが美人として生まれてきた一人の少女の

小学校卒業までの思い出です。

これでも美人は得だと思いますか?

 


 

「佐藤香織(仮名)」の書いた自伝

『逆転美人』

美人であるがゆえに何度も

犯罪やいじめの被害にあって

不幸ばかりだったというもので、

小学校・中学校のいじめ、

高校での初恋と失恋、

コンビニでアルバイトしたり

昼から夜へと転換しどん底も味わったが

結婚して娘を産んで一時の幸せも得たのに

また不幸が続いて苦しんでいる現在までを

200ページ以上にわたって書き綴ったもの。

 

この本が出版されたことで

事件が大きく進展することになった。

それはこの本自体に

ある「仕掛け」がほどこされていたためだ。

果たして読者のあなたは

この「仕掛け」を見抜けますか?

 

作品解説

『神様の裏の顔』で

横溝正史ミステリ大賞を受賞して

作家デビューした元お笑い芸人

藤崎翔の14作目の長編ミステリー。

 

本書は「佐藤香織(仮名)」が執筆して

出版された手記というスタイルで書かれており

「紙の本でしかできない仕掛け」を

トリックに使われていることが特徴。

 

物語前半の香織の手記は

いじめや苦労話がメインなので

読むのが辛くなってくるかもしれないが、

後半に待つどんでん返しからの

作者の計算され尽くした仕掛けには

きっと誰もが驚嘆するだろう。

 

感想

うわ~これは面白い!

なるほどそうきたかと感心した。

これ見抜いた人っているの?

正解者は素直にすごいと思う。

話題になるのも納得だし

話のネタになる

トリック本としておすすめできます。

 

でも正直言って

「伝説級トリック」は大袈裟かな。

肝心のメイントリックに前例があるし

脳トレなどのパズル系クイズで

これとよく似た既視感があった。

でもたとえ思いついても

これを成立させるための状況が難しすぎる。

それも200ページ以上にわたって

よく書き上げたと思うし

作者の労力には脱帽です。

そのトリックに必然性があるのも良かった。

 

★★☆☆☆ 犯人の意外性

☆☆☆☆ 犯行トリック

★★☆☆☆ 物語の面白さ

★★★★★ 伏線の巧妙さ

★★★☆☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 -

泣ける度 -

 

評価(10点満点)

 7.5点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分でわかるネタバレ

<事件概要>

日付:2022年8月22日~10月

場所:B県

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【死因:凶器】

増谷幸二 ---●門田修也森中優子 ---口封じ【絞殺:不明】

 

森中俊宏 ---●門田修也森中優子 ---保険金詐欺、口封じ【焼死:火事】

宮城規夫 ---●門田修也森中優子 ---保険金詐欺、障害の除去【転落死:自動車】

 

<結末>

実は『逆転美人』を書いたのは

作中の「香織」こと森中優子ではなく

車椅子の娘の亜希だった。

 

そもそも手記の内容は嘘だらけで

殺人犯である母・優子と

その恋人・門田を逮捕させるために

自宅に監禁されて1人では動けない亜希が

母たちの監視をすり抜けて

読者に向けた隠しメッセージを

小説に仕込むためのものであった。

 

そのメッセージを解読した読者が

警察に通報して母と門田は逮捕。

亜希と弟の健太は無事に保護される。

そして『逆転美人』は

亜希が事件の経緯を説明した

長い追記を加筆して

こうして増刷されることになった。

 

紙の本しかできないどんでん返し

234ページにわたる香織の手記が終わると

237ページから始まる「追記」で

『逆転美人』の作者は

母親の「香織」ではなく、

車椅子に乗った16歳の娘の

亜希が書いていたことが明らかになる。

 

なぜ亜希が母親のふりをして

このような手記を書いたのか?

それは亜希が、

母親・森中優子と

その恋人・門田修也が共謀して

増谷教諭を殺害した犯人と知ってしまい、

自宅に監禁・監視されて

車椅子生活のために逃げることも

外部に連絡することもできないため、

外部に連絡する手段として

暗号を仕掛けたこの手記を書いたのだ。

 

その方法は分置式の暗号で

開いた本を人間に見立てて、

「最終ページから本文の両肩の文字だけを読む」こと。

最終ページ右上の一文字は「こ」

その前のページ左上は「の」

その前のページ右上は「手」

その前のページ左上は「記」というふうに

頭文字の飛ばし読みで

隠しメッセージを繋げて読むと、

この手記は嘘だらけです。本当は十六歳の娘である私が書きました。私の母、本名森中優子は、私の父と、祖父と、M教諭こと増谷幸二先生を恋人のKさんこと門田と共謀して殺しました。

――と犯人の告発に続き、

警察に通報して証拠品のカセットテープを

取りに来てほしいという頼みが書いてあった。

これを解読した読者が警察に通報して

母と門田は逮捕された。

 

このトリックが

「なぜ紙の本でしかできない」のかと言うと

電子書籍ではフォントの大きさで

ページ数と改行が変化してしまうからです。

例えばkindleでは

総ページ数は決まっていますが

フォントを大きくすると

1ページがいくつも分割されて

文字の配置も伸びるから

右上と左上の文字もずれてしまう。

 

だからといってKindleの人は

「フォントサイズ7で読んでください」とか

指定するのもあやしまれる。

読者全員に当てはまるものでなければ

トリックにならないから

決まった大きさで印刷された

紙の本でないとこれはできないのです。

 

ちなみに追記にも

同じ要領で

隠しメッセージが仕掛けてあります。

 

伏線解説(★は巧妙なもの)

【時代考証のズレ】

亜希は手記に違和感を持ってもらうために

時代考証のズレをいつくか仕掛けていた。

その前提として「香織」が

1983年秋生まれ(P.19)という

情報が重要になってくる。

 ↓

【深田恭子】

中学校入学直後に男子生徒から

「最近出てきた深田恭子に似てる」(P.50)と言われる。

  • 中学入学時は96年の春だが、深田恭子は96年の秋に芸能デビューしているため時代が合っていないパート1。

 ↓

【佐々木希】

「香織」が繁華街のスカウトに

「最近出てきた佐々木希に似てる」(P.158)と言われる。

  • 佐々木希は2006年デビューなのでそれだと「香織」は23歳でなければならないが、高校中退後のバイトを辞めてまだ未成年の時だった。時代が合っていないパート2。

 ↓

【「さんま御殿」と「学校へ行こう!」】

1996年である中学一年入学時に

「さんま御殿見た?」

「学校へ行こう!は」と

同級生に話しかけられる。(P.50-51)

  • 「さんま御殿」と「学校へ行こう!」は97年放送の番組なので1年早い。時代が合っていないパート3。

 ↓

【「踊る大捜査線」】

F君とのテレビの話題で

「ロングバケーション」「白線流し」

「踊る大捜査線」を

よく見ているという話が出る。(P.55)

  • F君と付き合ったのも1996年のことで、96年のドラマ「白線流し」「ロングバケーション」と一緒に97年の「踊る大捜査線」が混ざっている。時代が合っていないパート4。

 ↓

【たけのこニョッキ】

「まだ二十世紀だった当時」(P.108)

警察官との合コンで

たけのこニョッキゲームをする。(P.114)

  • 「たけのこニョッキ」の名称は「ネプリーグ」深夜時代のワンコーナーが発祥なので2003年。「まだ二十世紀」ということは1999年以前なのでこのゲームが流行る前にやっていることになる。時代が合っていないパート5。

 

【虫が大嫌い】

亜希は比喩表現で違和感を与え

それと同時に語り手の正体を推測させている。

まずは書き手の「香織」は

「虫が大の苦手」(P.36)という情報が提示されていた。

 ↓

【アブラムシの比喩】

男子に守ってもらっていたことを

「アブラムシが甘露を出してアリを呼び

テントウムシを追い払う」(P.53)と表現。

  • 虫が嫌いと言うわりに昆虫の生態に詳しいパート1。

 ↓

【メスの方が身体が大きい虫】

J工業から逃げて帰る時に

「カマキリやバッタやクモのように

人間も女の方が体が大きくて強かったら」と嘆く。(P.147)

  • 虫が嫌いと言うわりに昆虫の生態に詳しいパート2。

 ↓

【死体やフンを食べる虫】

キャバクラの先輩たちを

「見た目は美しいのに

フンや死体を食べるオサムシや

センチコガネ」に例える。(P.164)

  • 虫が嫌いと言うわりに昆虫の生態に詳しいパート3。

 ↓

【違和感の正体】

娘が生まれて国語教師の夫が

読み聞かせをしてくれたり、

ファーブル昆虫記を読んで

娘は「香織」より知的に育った。

国語教師だけあって、娘の絵本選びはずっと夫が担当してくれたこと。読み聞かせもすすんでしてくれたこと。夫のおかげで、娘は幼い頃から、動植物の図鑑やファーブル昆虫記などにも親しみ、私の幼少期よりずっと知的好奇心が育まれていたこと。私は昆虫が大の苦手なので見る気もしませんでしたが、夫と娘が二人で昆虫図鑑に夢中になっているのは微笑ましくもありました。(P.194)

  • 語り手は「虫が大の苦手」と言いつつ虫の比喩表現が多いのは、昆虫好きの娘が本当の語り手だったとわからせるための伏線。
  • 「香織」は高校中退で、しかも世間の話題にも疎いため、そもそも文章を書くほどの知識や語彙力をどの期間に得たのか不明。大人になって勉強したとも書いていないため、本当に語り手が「香織」なのかを疑ってみることも必要となる。

 

【ポータブルカセットプレーヤー】

キャバクラ嬢の「香織」にKさんが

病室で音楽を聴きたい母のために

ポータブルカセットプレーヤーを

プレゼントしてくれる。(P.165)

後で再登場したKさんの説明でも

ポータブルカセットプレーヤーのこと

触れている。(P.206)

 ↓

追記では最初の方で父から

カセットプレーヤーの録音の仕方を

教わる場面がある。(P.247)

  • 犯人を逮捕する重要アイテム。このカセットプレーヤーに門田と母の自白を録音して証拠品として使った。

 

【藤なんとか翔さん】

中学生の娘が

藤なんとか翔さんという作家に

原稿の書き方をレクチャーしてもらった。(P.207)

  • 亜希は藤なんとか翔さんからレクチャーしてもらった際に1ページあたり何文字×何行という完成した形を意識して書くという話を聞いて、この本の「SOSトリック」を発案した。
  • 語り手の正体が亜希だと推理させる伏線でもある。

 

★⑭【過去を遡り両肩を見る】

「香織」は手記の最後に

「つらい過去をさかのぼる時は両肩を見よう」

「本当の意味を理解してください」

と書いて締めている。

「しかし、私は決めたのです。

つらい過去の記憶をさかのぼる時は、両肩を見ようと――。

(中略)この角張った肩こそが、今の私が生きている証であり、子供たちへの愛が具現化した形でもあるのです。その両肩の角を、右肩、左肩、右肩……と見ていって、ここからつらい過去をさかのぼれば、私の人生の真理が、そしてこれからやるべきことが見えてくるはずなのです。

どうか、私がこの手記を出した本当の意味を、ご理解いただければと思います」(P.234)

  • これが亜希が手記に仕込んだSOSトリックの隠しメッセージで、最終ページからさかのぼって、偶数ページ右上、奇数ページ左上の一文字だけを順番に繋げて読んでいくと、亜希が伝えたかった本当の意味がわかる仕掛けになっている。

 

欠点や疑問など

  • このネタは短編かせめて100ページ以内でやるべきで、この仕掛けを「登場人物」がするためには長ければ長いほど説得力がなくなって嘘っぽくなってしまう。

  • 騒動の渦中にある一般人に手記を出版してみませんか設定はさすがに無理がある。せいぜいロングインタビュー程度。渦中の美人が有名な小説家ならあり得るかもしれない。でもって実は前から娘がゴーストライターで、バレたくないから仕方なく娘に頼んだ……ならわりと納得できる。
  • 娘が急に心変わりしたかのように協力的になったら普通はあやしく思う。
  • 伊藤先生との初体験の場面(P.79)を、母親の前で生々しく書ける娘が理解不能。キスしたり服を脱がすとかエッチシーンは書いてほしくないと思う。
  • 最近の謎トレブームのせいでこの手の縦読み・飛ばし読みクイズは目新しさが無くなってしまって驚きがない。
  • 前半の手記がつまらない、というかイライラする。美人だから損をしたとか不幸になったというが、「香織」さんは性格に問題があるだけ。友達を作ろうとせず、誤解されても説明しようとしないから自業自得に見えて共感できなかった。
  • 祖父の自動車事故の、ブレーキオイルのタンクに穴を開けてだんだんブレーキが効かなくなるという仕掛けは、ブレーキオイルが少なくなると警告灯が点くため馬鹿でもなければそのまま乗らない。そもそも直前でブレーキかけて亜希を乗せているのでそこから数分で急に効かなくなるのは不自然。
  • 増谷のマンションの合鍵を調達って……どうやって?簡単に言うけど向こうはかなり警戒してる。AVや睡眠薬だって触ったり減ったら気づくしそこまでアホ谷とは思えなかった。
  • カレンダーやWikipediaを調べたり専門の職業や薬の知識が必要な伏線はあまり好まれません。

  • ページ数を指定して「ここにちゃんとこう書いてました」という答え合わせがくどい。「地獄の門を叩くようなってどういうことだよって思いませんでしたか?」「守ってくれる側の分母ってどういうことだよって思いませんでしたか?」と煽られると、まるで気づかなかった自分が馬鹿にされているような気持ちになります。
  • 原稿の書き方をレクチャーしてもらった「藤なんとか翔さん」の特別授業。3度登場するがずっと「藤なんとか翔さん」呼びは失礼。追記だけでも検索して正しい名前を書くべき。これだけ複雑なプロットを仕上げた亜希の几帳面な性格と一致していない。
  • 「香織」の手記の最後の「私」だけ「わたし」にすればより違和感を与えて娘からのメッセージっぽさが増したのでは?
  • 増谷先生を性犯罪者に仕立てたのは遺族に許してもらったでは済まない。それこそ「香織」以上に誹謗中傷があったはずで、命が懸かっているとはいえ亜希も自分から進んで書いた共犯者。許せるはずがない。
  • 追記での母と門田へのメッセージ。「堀の外に出てこないでください」とか「永遠にさようなら」と性格の悪いところが出てしまっている。二度と会いたくないならそれはそれでいいけど言い方があるし、本編のSOSは必然性があってもこちらはわざわざ隠しメッセージで書く必然性がない。門田は許せなくても、母親は大切にしてあげてよ……。
  • その追記の隠しメッセージは「この物語はフィクションです。最後までお読みくださってありがとうございます。藤なんとか翔」みたいなメタっぽく笑わせるオチでよかったと思う。
  • このトリックを引き合いに出す際、別の作品のネタバレまでくらってしまい、なんかもう素直に読めなくなってしまった……。透きとおったなんとかってやつ。

 

裏旋探偵の推理

最初に書いたのですが

紙の本でしかできないトリックと聞いて

「アレ」じゃないかなと思ったのは4つ。

①電子書籍で文字がズレてしまうから特定の文字を読ませたい。

②紙を破る(切る)ことで物語が変化する。

③浮きだし加工した紙を混ぜて黒く塗りつぶすと文字が現れる。

④飛び出す絵本的な紙を曲げて絵や文字を読ませる。

 

正解は①でした。

前に『十角館の殺人』をkindleで再読した時

ページをめくった直後の「あの一行」が

電子書籍だとズレて少しもったいない

という話をしたと思います。

だから追記に入ったところで

やっぱりかとは思ったものの

どこの文字をどう読めばいいかわからず

結局解読できませんでした。

語り手も娘だと思ってなかったし。

……完敗です。

 

しかも伏線マニアの俺が

昆虫の伏線や

時代考証のズレは気づけなかった。

というか前半が退屈で

少し斜め読みしてしまったのだ。

後で思うとわざと斜め読みさせるために

退屈な描写にしていたのかと思うと震える。
 

そういえば追記の最初、

「本名が森中優子だということは、

すでに多くの方が

ご存じだと思いますが(P.239)」の一文で

優子が逮捕されて

実名報道された犯人であることが

わかってしまったのは良いのか悪いのか。

 

しかもこの構成だと

主人公が無事に助かって

追記を書いている結末もわかってしまう。

増谷が殺されてしまうこともわかるし、

どんなに亜希が危険な目にあっても

ハラハラしなかったのは俺だけ?

 

個人的に1番高く評価したいのが

最終ページから文字を遡っていく構成。

横書きの日本語は

「左から右へ読む」ものです。

(今目にしている文章も左から右ですね)

そのため最終ページから遡るということは

自然に「左から右へ読む」流れを作るため

日本語の文章として読みやすいし

これは理に適っているといえます。

 

しかも最終ページから

仕掛けが始まるということは

すべてを計算しないとできない。

⑯冒頭で「二百ページ以上にわたって(P.6)」

とあるから亜希は最初から200ページ超えで

物語を組み立てていることになる。

前から読んでいく場合は

途中で都合のいいように調整できるが

後ろからだとそれは不可能です。

だから作者の力量の高さも知ることができる。

……本当にお疲れ様なのらね。

 

あとKさんの「K」を拾うときに

すぐ近くにKさんが登場しているのに

あえて「KICK THE CAN CREW先輩」の

「K」を使っているのは面白かったです。

 

増谷先生の手紙を「手書き」にしたのも上手い。

パソコンで出力したものだと

パソコンに下書きが残っているから

当然警察が調べて真実がわかってしまう。

門田が下書きを削除しようにも

パソコンのロックは突破できないでしょうし

もしもデジタルで書いたのなら

そこにツッコミ入れてやろうと思ったのに

アナログだったとは……やるねぇ先生。

 

なにかの機会に今度は

電子書籍でしかできないトリックも

見てみたいものです。

そっちは3つほど

「アレ」かなと思うものがありまして――。

 

好事家のためのトリックノートトリック分類表

 

7-B、言語「暗号トリック」分置式、挿入法

●一般方式(規則型)――別の意味がある文字や語句を通信文の中に挿入し決まった法則で解読するもの

【本文の右肩・左肩】

本文の最後に「つらい過去をさかのぼるときは両肩を見る」と書き、最終ページから本文の両肩にあたる偶数ページ右上、奇数ページ左上、偶数ページ右上……とさかのぼって頭文字だけを拾っていくと別のメッセージが現れる。

 

9-A、その他「特殊トリック」

●サバイバルトリック(SOSトリック)

【手記】

自宅で監視されて動けない人物が助けを求めるために、出版した手記の中に暗号のメッセージを仕込む。

 

 

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