5月28日、

第90回日本ダービーで

2番人気のスキルヴィング号が

レース直後に

急性心不全で死亡するという

あまりにもショッキングな出来事が起きた。

 

スキルヴィングは

2番の白い帽子。

鞍上はルメール騎手です。

 

 

道中はとくにおかしな気配はない。

3コーナーから4コーナーで6番手に上がり

とても順調だったのに

直線で失速。

手応えに違和感を感じたルメールは

早々に追うのをやめている。

 

そして最後尾でゴールし、

ルメール騎手が降りた直後に

ふらついてもんどり打って倒れ

スキルヴィング号はそのまま動かなくなった。

 

 

 

次のTwitter動画は

【閲覧注意】

倒れる瞬間の動画です。

 

 

ただならぬ様子に観客席から

心配の声が聞こえる。

俺はすぐに心不全だとわかった。

……見たことがあるからです。

 

Tサンダーの悪夢

俺が地方競馬場で厩務員をやっていた時代、

もう23年くらい前のことだ。

Tサンダー(仮名)という

3歳馬を担当することになり、

その馬は見事な栗毛で馬体も良くて

新馬戦を見事1着でデビュー。

その後も順調に勝ちを重ねていったが

重賞レースの直後に屈腱炎を発症し、

調教師にお前には任せられないと言われ

Tサンダーの担当を外されることになった。

 

屈腱炎は「エビ」と呼ばれ

競走馬にとっては致命的な病気の一つ。

腱が腫れた状態で走るのだから

まともに走れるわけがない。

 

足をぶつける馬は「当てこ」という

足の内側にゴム製プロテクターをつけて

調教するのだが

そのゴムの締め付け方が難しくて

きつすぎたら腱を傷つけてしまうし

ゆるすぎたらずれて中に砂が入って

こすれて傷がついてしまう。

俺はこの「当てこ」を付けるのが怖くて

毎回気をつけながら付けたのだが

この時はとうとうやってしまった……と感じた。

(当時は自分がエビにしたんだと

責任を感じていたが

実際は脚への負担がかかりすぎて

パンクした可能性もある)

 

TサンダーはベテランのIさんが担当し

その後もレースでは上位に入り

なかなかの好成績を納める。

が――そう。

あれは2003年5月31日のことだった。

 

前走を1着で飾り

今回も1番人気に推されたTサンダー。

同じ厩舎からもう1頭

Wキングスという馬が出場していて

こちらを俺が引き、

TサンダーはIさんとTくんの2人が引いた。

 

レースが始まって

ゲートからゴールへ戻る時

競馬場がざわめいた。

なんだろう?と思って

2コーナーのあたりを見たら

栗毛の馬体が倒れている。

その横にジョッキーのK騎手がいるので

じゃああれはTサンダー!?

 

レースが終わって

自分の馬を受け取った時

騎乗していたF騎手に聞く。

「Tサンダーはどうなったんです?」

「ありゃあ死んどるわ」

「え?」

「心臓やっとる」

 

俺は自分の馬のクールダウンがあったので

その後のTサンダーはわからないが、

引き馬に行った2人が

「はみ」と「メンコ」と「手綱」だけを

持って帰って来た時

「これが競馬なんだ」と

一瞬ですべてが終わる儚さを経験した。

 

Tサンダーは

心臓に疾患があったわけじゃない。

少なくとも2年間見てきて

そんな気配は1度もなかった。

調教も問題無く

カイ食いも良くて

調子も悪くなく見えた。

あまりにも突然の出来事に

みんな言葉がでなかった。

 

今回のスキルヴィング号の死で

「調子が悪かったのに無理させたのが悪い!」

そう言って厩舎や騎手を叩かないでほしい。

心不全は予測不可能だ。

 

 

「無事にゴールする」

本当に当たり前じゃないんですよね。

「無事是名馬」とはよくいったものです。

 

厩務員を辞める転機となった話

自分にとって

馬で1番悲しい経験をしたのは

「3歳馬B(仮名)」

とくに優れた成績は残していないが

その最期が悲しすぎた。

 

同じ2003年の7月のこと。

ここまで16戦走って2勝だった。

あの日、

雨の高速馬場で

「B」はゲートから出る時

躓くような感じでスタートした。

ゴール後に馬を引き取りに待っていると

1頭だけ遅れて脚を引きずりながら

帰ってきたのが「B」だった。

 

「蹄骨(ていこつ)骨折」

蹄の骨が折れてまともに歩けず

調教師は「明後日出す」と言った。

「B」は馬房でもずっと片足を上げたままで

悲しそうな表情に見えた。

すごく胸が痛い。

 

あまり餌を与えるなと言われたが

少しだけ餌はかけてやった。

というのも予後不良の馬は

「殺してからじゃないと

引きとってもらえない」から

馬運車で殺してから運ばないといけないらしい。

 

引き渡し当日、

ずっと片足で立っていたので

脚はパンパンになっていた。

俺が馬を引いて馬運車に入るとき

獣医さんが

「注射を打ったらすぐ出なさい。

10秒で倒れるけぇ」

……え?

 

獣医さんが(筋弛緩剤?)を

馬の首筋に注射した。

すぐ外に出て馬運車を見つめる。

獣医さんが出て

本当に10秒たった時だ。

ガタンッ!と大きな音が響いた。

そして馬運車が左右に大きく揺れる。

その時に死んだのか

それから徐々に息をひきとったのだろうか。

目の前で馬の死を見た俺は

その日はショックすぎて

ずっと「B」のことを思い出していたし

今でもあの時の大きな音が忘れられない。

 

つらい。

つらすぎる。

無事にゴールできなかった時、

味わうダメージが大きすぎる。

この経験があって

厩務員を辞めようと決意したし

もう生き物と関わる仕事も

やりたくないと思った。

 

 

最近はウマ娘ブームで

競馬をライトなレースゲーム感覚で

見ている人も増えたように思う。

だからといって

それを悪いとは思わないし

逆に競走馬は過酷だなんだと

感情移入しすぎるなとか

競馬ファンが言い過ぎるのも違う。

動物の虐待だとか人間のエゴだとか

お互いを煽るようなのもやめてほしい。

 

華やかな舞台の裏にある過酷さを見た俺は

一生懸命に走る馬たちの生命の輝きを

どうか見逃さないでほしいと思う。

あなたが応援している馬が

いつも無事に帰ってこられるとは限らないのだから。

 

 

最後に――。

いろいろ辛い思いもしたけど

馬がめっちゃ好きなことは変わってない。

頬をすりすりすると懐いてくる感じ、

つぶらな瞳の可愛さ。

本当に従順で賢くて、

でもちょっと臆病で……

とっても優しい生き物なんだよなぁ。